二日間、別荘でゆるやかに過ごした。
真嬉は歳を疑うほど元気で、さくらや小狼とテニスをしたりもした。
知世は優雅にパラソルの下で縫い物をしながら、ビデオをセットしてそんなさくらたちを撮影していた。
桃矢と雪兎は木陰で読書をし、藤隆や園美はこんなところでも仕事をしていた。


そして、三日目の夜。
知世に呼ばれて小狼とさくらは知世の部屋に赴いた。

「さぁ、これを着てくださいませ」

とずいっとふたりぶんの浴衣を差し出した。

「ほえ?浴衣?」
「祭りでもあるのか?」

さくらと小狼は訳がわからず、顔を見合わせた。
知世はすでに浴衣に着替えている。

「いいえ。今日は満月ですわ」
「ま、満月と浴衣って関係あるの・・・?」
「ええ。毎年恒例なんですの。満月の夜に浴衣を着て、蛍を見に行くんですわ」
「蛍?」
「林の中に川があるんです。そこは蛍がいてとても綺麗なんですよ」
「この別荘には川まであるのか・・・」
「ここ一体は雨宮グループの土地ですから。 この別荘もかなりの大きさなんですわ。川が通っているのは偶然ですが・・・」
「敷地内で蛍が見れちゃうなんてすごいね!」
「ええ。ですから、こちらに着替えてくださいな。李君はお一人で着られますか?」
「ああ。前に一度着たし・・・」
「さくらちゃんの着付けは、私がお手伝いしますね。では、30分後に下で」
「わかった」

知世にいいくるめられて、二人も浴衣に着替えることになった。
都会では見ることの出来ない自然の蛍が見れるのだから、良い体験になるだろう。
しかし、浴衣を着るというのがいつもの 特別なときには特別な衣装を、という考えなのか、それとも日本の風流のためなのか、それは定かではない。


30分後、玄関ホールに知世・さくら・小狼の三人が集まった。
知世は藍色に桔梗の柄が大人っぽくシックな浴衣、さくらは濃い青にトンボと桜の柄の入った浴衣を着ている。 どちらもほのかに秋を感じさせる。女性の浴衣に比べると、 男性の浴衣はなんとシンプルなことか、と思わずにはいられない。

「さくらちゃん、李君、お先に行ってて下さいな」
「え?」

知世から出た台詞に驚く。3人一緒に、ということで集まったのではないのだろうか。
にっこりと微笑んで、知世は続けた。

「私はおじい様とお約束があるので、先に行っていて下さいな。 道は一本道ですし、迷うことはありませんわ。私もおじい様との用が終わり次第向かいますので」
「そ、そうなんだ。それじゃぁ、仕方ないね」
「すみません」
「行こう、小狼君。知世ちゃん、また後でね」
「はい。また後で」

微笑みを崩さず知世は手を振った。
知世の小さな心配りなのは言うまでもない。
藤隆と園美は仕事のため参加せず、桃矢と雪兎は昨夜行ってきてしまったとのことでパス、残は子供3人と真嬉のみ。
真嬉と知世のさくらと小狼をふたりきりにしよう、との作戦だった。 ずっとつきあってくれた小狼へのお礼も兼ねての真嬉の配慮だった。

「さくらちゃんたちは行ったかね?」
「ええ、おじい様」
「知世ちゃんは本当にさくらちゃんのことを良く見ているんだね」
「さくらちゃんのことですから」
「ははは。わしらも一杯お茶をしてから出かけようか」
「そうですわね」

すいっと真嬉がサロンに消えたとき、知世ははたと思い出した。

「・・・懐中電灯をお渡しするのを忘れてしまいましたわ。・・・大丈夫ですわね、さくらちゃんと李君なら」

くすくすと笑って知世も真嬉に続いた。
さくらと小狼が“魔法が使える”ということを知っての余裕だ。