そのころ、小狼は木々の連なる林の入り口にいた。
さわさわと風が緑の葉を揺らして音を立てる。
ここが別荘の敷地内だとはとても思えない。一般常識の“別荘”とは格が違うようだ。

「ふう」

一息ついて、小狼は木の根もとに腰を下ろした。
日陰と日向。ただこれだけなのに、こうも温度差があるのかと思う。
青い空を見上げて、そのまぶしさに思わず目を閉じた。




「あ・・・」

さくらがきょろきょろと辺りを見回しながら進んでいると、木陰に小狼の姿を見つけた。
驚かせちゃおうかな、と心でつぶやいて、そっと近づく。


カサ。
木々の葉が擦れ合う音、緑の芝生が風に舞った落ち葉と擦れ合う音、蝉が鳴く声。
目を閉じて自然の音に耳を澄ましていると、ふと不自然な音がした。
そして、やさしい気配。

「・・・小狼君?」

天使の声に小狼がふっと目を開けた。

「・・・さくら・・・」

青空と白い雲、反射する光が眩しく、目の前にいるさくらの笑顔をぼかした。
その光景に、小狼は目を奪われた。天使は存在するのではないかと・・・。

「ごめんなさい、眠ってた?」
「・・・いや、大丈夫だ。・・・その花は?」
「ん?これ?さっき向日葵畑で庭師さんにもらったの。 背が低くて光が浴びれない子なんだって。お部屋に飾ってってくれたんだ。かわいいでしょ」
「・・・そうだな」

白いワンピースに黄色い花がよく映えている。
麦わら帽子でもかぶっていれば、ドラマや絵画に出てきそうなお嬢様だ。

「お隣、いい?」
「ああ」

すとんとさくらが小狼の隣に腰を下ろす。
スカートが汚れるかも、という心配は座ってから気がついたらしく、まぁいいか、と小声でつぶやいた。

「ごめんね」
「え?」
「わたしが誘ったせいで・・・余計な気をつかわせちゃって・・・。 楽しくないよねっ、知らない人ばっかりで・・・」
「そんなことない。誘ってくれて嬉しかったし・・・わかってて来たんだ」
「・・・でも・・・」
「さくらの曾祖父に会える機会なんて滅多にないだろう?」
「うん・・・」
「おまえが気にする事じゃない。家族団らんを邪魔したくなかっただけだから」
「邪魔じゃないよっ。わたしっ・・・わたし・・・」

さくらが言葉を詰まらせてうつむいた。
なんと言えばいいのかわからない。家族じゃないけれど、大切な人。家族とは違う“好き”。
こつんと小狼の肩に寄りかかる。

「家族じゃないけど・・・小狼君はわたしの大事な人だもん・・・」
「・・・ありがとう。・・・いつか、香港にも招待するよ」
「えっ」

小狼の言葉にさくらがぱっと離れて小狼を振り返った。

「は、母上に、クロウカードの新しい主だって紹介もしたいし・・・な」
「・・・うんっ」

自分から言い出したくせに、照れくさくて小狼はそっぽを向いた。
“クロウカードの新しい主”としての紹介が先か、“恋人”としての紹介が先か、迷うところだ。
姉4人にからかわれるのは必須だろうな、と小狼は頭の中で思い描いた。

「さてと。そろそろ戻ろうか。あれ?そういえば、おまえ、どうしてここに?」
「え、あ、えーと・・・向日葵畑が素敵だって知世ちゃんが・・・言ってくれて・・・それで・・・えと・・・」
「?」

何をこんなにしどろもどろになっているのだろうと小狼は首をかしげた。

「しゃ、小狼君がいないと・・・なんか・・・嫌だったから・・・その・・・探しに来たのっ」

そう言って、ぱっとさくらは立ち上がった。
さあっと吹いた風に白いスカートが翻る。

「行こうっ、知世ちゃんたち、待ってるかも!」
「あ、ああ」