話もはずみ、お菓子も半分ほどなくなった頃。
小狼がカタリと席を立った。
「おや、李君。どうかしたかね」
「いえ、特にそういうわけではないのですが・・・。少し、庭を散歩してきても良いでしょうか」
「・・・構わないよ。広いので気をつけて行ってらっしゃい」
「ありがとうございます」
ぺこりと真嬉に会釈をして、小狼は歩き出した。
「小狼君っ」
その後をさくらがタッと追った。
「あの、えっと、つまらなかった・・・?」
小声で小狼にさくらが話しかける。テーブルから5歩ほどしか離れていない。
「そういうわけじゃない。ただ・・・家族団らんを邪魔するわけにはいかないよ。少ししたら戻るから」
それだけ小狼も小声でさくらに返してぽんと肩をたたいて、
トントンっとテラスの階段を下りて庭へと降りていった。
その後ろ姿をさくらは見つめていた。そして、そんなふたりを知世は見ていた。
ここは家族団らんの場所。自分がいたら話しにくい話もあるのではないだろうか。
そういう配慮から、小狼は席を外したのだった。ましてや、小狼は香港から来たため日本の家族事情に口は出せないと。
さくらは小狼の背中を見つめてから、ぽすんっと自分の席へと戻った。
自分がこの旅行に誘ったりしなければ、こんな気を遣わせなくてもよかったのに・・・と思いながら。
小狼が行ってしまってからのさくらは、どことなくぼけっとしていた。
会話を聞いていない時があったり、ぼーっと向かいの席を通り越して庭を見ていた。
そんな様子のさくらを見かねて、知世が一言助け船を出した。
「さくらちゃん、あちらにとっても素敵な向日葵畑があるんですよ」
「え、あ、本当?」
「ええ。庭師の方が特別綺麗に咲いたと得意そうでしたわ。
私は先ほど見てきたところなので、さくらちゃん、
ご覧になってきてはいかがですか?気分転換にもなりますわ」
「え・・・」
わたしひとりで?
という言葉が表情で見て取れる。
「李君もいらっしゃるかもしれませんわ。ね」
知世がさくらに耳打ちした。
そう、さくらが庭へと行けるように、小狼を探しに行けるようにと知世は切り出したのだ。
「・・・うん。そうだね。わたしも向日葵、見てみたいし・・・」
「ついでに李君を捜してきて下さいな。
夏の日が暮れるのは遅いですから、夕食の時間に遅れてしまうといけませんから」
「うん。ありがとう、知世ちゃん」
ぱあっとさくらの顔が明るくなった。
その様子にくすりと真嬉も笑った。わしのひ孫は素直な子だ、と思いながら。
「さくらちゃん、向日葵畑はあっちの方向じゃよ。気をつけて行っておいで」
「あ、はいっ。行ってきます!」
パタパタとさくらはテラスを後にして、広い庭へと繰り出していった。
知世と真嬉はにこにこしながらさくらを見送った。
「さくらちゃんは李君が大好きなんだねぇ」
「ええ、おじい様。さくらちゃんの笑顔のもとは李君ですから」
この会話を聞いて、桃矢がむすっとしたのは言うまでもない。
雪兎も藤隆もにこにこと笑って聞いていた。
「うわぁ・・・!本当にすごく綺麗な向日葵畑・・・!」
向日葵畑まで来たさくらが背の高い向日葵を見て言った。
ここが家の敷地内なんだろうか、というほど広々とした花畑だ。
真ん中に道が出来ていて、向日葵のトンネルのような気分を味わうことが出来る。
庭師が自慢するのもわかる。
「おや、君・・・」
突然話しかけられて、さくらが歩みを止めた。
身なりからして向日葵畑を手がけた庭師だろうと一目でわかった。
「ああ、今日から来てるひ孫のお嬢さんだね」
「あ、こんにちは。あの、向日葵畑がとっても素敵だって聞いて・・・」
「そうかい?ありがとう。今年は綺麗に咲いたんだよ・・・」
「とっても素敵です。こんなにたくさんの向日葵、見たことないです!」
「ありがとう。そうだ、コレを差し上げましょう」
庭師は手に持っていた向日葵3本をさくらに差し出した。
「え、え、いいんですか?」
「どうぞどうぞ。この子たちはね、育ちが遅くて、
この背の高い向日葵たちに囲まれちゃってあまり太陽の光をあびられなかったんですよ。
だから少し小さいでしょう。お部屋の花瓶にいけて、たっぷり陽を浴びせてあげてくださいな。
それに、私みたいなおじさんが持つより、かわいいお嬢さんが持った方が似合うしね」
「・・・ありがとうございます」
すっとさくらが向日葵を受け取った。
黄色の花びらをたくさんつけて、とても太陽の光を浴びられなかった向日葵には見えない。
ぎゅうっとさくらが向日葵を抱きしめる。
少しギザギザした茎が肌に違和感を感じさせるが、それすら自然の感覚で嬉しくなった。
「あ、あの。男の子、見ませんでしたか?」
「ん?男の子?・・・ここには来てないけど・・・歩いてるのは見かけたよ。あっちの方向だったかな」
すっと庭師が指を指した。
「ありがとうございます。行ってみます」
「広いから気をつけて」
「はい!向日葵、本当にありがとうございましたっ」
「いいよ。お嬢さんには向日葵みたいな笑顔の方が似合うしね」
向日葵を抱えながら、さくらは教えてもらった方向へ少し速めに歩き出した。
小狼君・・・。
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