『 青空と向日葵と蛍 』



まぶしい太陽と絵の具で描いたように綺麗な青い空。
白い入道雲が浮かび、背の高い向日葵が所々で太陽を見つめている。


世間の学生は“夏休み”である。
高級別荘の建ち並ぶ避暑地の一本道を一台の乗用車が走り抜ける。


「ここの道、まっすぐで着くってさ」
「そうですか。ありがとう、桃矢君」

運転席には藤隆、助手席には地図がプリントアウトされた一枚の紙を持って桃矢がいた。

「さくらさん、月城君、李君、三人掛けで疲れてませんか?」
「だいじょうぶだよ、お父さん」
「すみません、家族団らんにお邪魔しちゃって・・・」
「いいんですよ、月城君。お手紙にも是非って書いてありましたからね」

後部座席には、さくらを中心に雪兎と小狼が座っていた。
細身な3人とはいえ、やはり大人3人はツライ部分もある。

「ねぇ、お父さん。本当にひいおじいさんに会えるの?」
「そうですよ。おじいさんのほうから、是非とお招きしていただいたんですし」
「う〜。楽しみだなぁっ。いっつも素敵なお洋服くれるから、お礼ちゃんとしなくっちゃ!」
「そうだね。知世さんも来られればよかったけど・・・」
「知世ちゃんもお母さんと別荘に行く予定があるんだって」
「そうですか」

今回はさくらの曾祖父、雨宮真嬉の一通の手紙から始まった。
夏の間、別荘に避暑に行くので、さくらや桃矢もよければ来て欲しい、とのことだった。
さくらや桃矢の友達も是非・・・と添えて。
この誘いの手紙を受けて、木之本一家+雪兎・小狼は雨宮家所有の別荘に向かっているところだった。

「しかし、おれが大道寺の代わりでいいのか?」

小狼がさくらに問う。

「え、もちろんだよ!小狼君と一緒で嬉しいもん」

その嬉しそうなさくらの声に対して、桃矢が小声で「けっ」と言った。
さくらと小狼の仲は家族公認だが、桃矢が快く思っていないのは出会いの時から変わっていない。
そんな桃矢を「さくらちゃんをいじめちゃダメだよ」となだめるのが雪兎の役目だった。

「さぁ、見えてきましたよ」

藤隆が言った。

「でかっ。あれ、マジで別荘かよ」
「うわー、おっきいー!」
「すごいね!」

前方に現れた豪邸。それが雨宮家の別荘だった。
軽く知世の家ほどはある。これが別荘なのであれば、家はどれほど大きいのか・・・と思わずにはいられない。 さすが、雨宮コーポレーションの会長である。


案内された場所に車を止め、一同は荷物を持って中央の道を歩き始めた。
そこに

「さくらちゃーーん!」

聞き覚えのあるソプラノボイスが響いた。

「えっ、と、知世ちゃん!?」

前方からパタパタと駆けてくるのは間違いなくさくらの親友、大道寺知世だった。

「お待ちしておりましたわ、さくらちゃん」
「どうしてここに知世ちゃんが!?」
「だ、大道寺・・・」

さくらと小狼が知世がいたことに唖然としていた。
不思議ではない。知世の母、大道寺園美はさくらの母である木之本撫子のいとこである。
つまり、撫子と園美にとっては祖父、さくらと知世にとっては曾祖父になるのが雨宮真嬉なのだから。

「別荘に行くって・・・」
「ええ、ですから、別荘ですわ」
「不思議じゃないわ、さくらちゃん。私と撫子はいとこですもの」
「園美君!」
「ごきげんよう、木之本先生っ」

知世の後ろからすらっとした園美が現れた。
知世と親子と言って通じる人が何人いるだろうかというほど、雰囲気の違うふたりだ。
ぷいっといつものように藤隆にそっぽを向けて挨拶した。

「そっか・・・そうだよね・・・。お母さんと知世ちゃんのお母さん、 いとこだもんね。知世ちゃんもおじいさんにお呼ばれしてきたの?」
「ええ、さくらちゃんもいらっしゃいますし、是非と」
「それなら言ってくれれば良かったのに〜」
「驚かせたかったのもありますが・・・」

ちらりと意味ありげな視線を小狼に送った。
この別荘行きの話を持ちかけたとき、知世は
“すみません、 私も母と別荘に行く予定なので・・・。代わりに李君をお誘いしてはいかがですか”
と返事をしたのである。

「いえ、何でもありませんわ。さぁ!おじい様がお待ちですわ」
「う、うん」
「さくらちゃんと桃矢君が来るっていうから、おじい様、今日を楽しみにしてたのよ。ね、知世」
「ええ、とっても」
「ほ、ほえぇ・・・」

そうして、知世と園美を先頭に、屋敷へと向かっていった。



大きな正面の扉を開けて入ると、中もまさに豪邸のお屋敷といった具合だった。
すらりとのびた白い階段。高い天井。キラキラと輝くシャンデリア。床は大理石のようだ。

「うわぁ・・・!すごい・・・」
「まさに豪邸だな・・・」

さくらと小狼が感嘆の声をもらした。雪兎と桃矢は天井をぐるりと見上げている。

「おじい様!みなさん到着なさいましたわ」

園美が大きな声で呼びかけた。

「おお、そうかい。ありがとう、園美さん」

そう、優しい声が届いて、さくらの曾祖父である雨宮真嬉が二階の廊下に姿を現した。

「あっ・・・」

真嬉の姿を見て、さくらが声を上げた。
そう、小学生の時、一度さくらと真嬉は会っている。
さくらはその時の“おじいちゃん”が自分の曾祖父だとは夢にも思っていなかった。
にっこりと微笑みながら、真嬉は階段を下りてきて、みんなの前に立った。

「よく来てくれたね」
「お久しぶりです」

ぺこりと会釈して挨拶したのは藤隆。
数年前に一度、さくらにバレンタインのお返しをと会ったきりだった。

「久しぶりだね、さくらちゃん」
「え、あ、はい。お久しぶりですっ」

ぺこりと勢いよく頭を下げた。
その様子に藤隆があたたかい視線を送った。

「まさか、あのときのおじいちゃんが・・・ひいおじいちゃんだったなんて・・・」
「ははは。隠していてごめんよ」
「いえ・・・じゃあ、あのときに頂いた“お孫さんの服”って・・・」
「さくらちゃんのお母さん、撫子のものだよ」
「そうだったんだ・・・!」

さくらが目を輝かせた。
真嬉はすっと視線をさくらから桃矢に移した。

「桃矢君、だね。君と会うのは初めてだったかな」
「はい。初めまして」
「そちらの方は桃矢君のお友達かね」
「あ、はい。月城雪兎といいます。お世話になります」
「よろしく。で、そっちの少年は・・・」

すいっと真嬉が視線をさくらの隣へと移した。

「李小狼です。お初にお目にかかります」
「ほう・・・外国の方かな」
「はい。香港から」
「そうですか・・・。李君はもしかして、さくらちゃんの“ぼーいふれんど”かな」
「さすが、おじい様。お気づきになるのがお早いですわ」

真嬉の“ボーイフレンド”発言をさらりと否定の暇も与えずに肯定したのは、言うまでもなく知世だった。
さくらと小狼のことだ。そんなにキッパリと言われて“はい、そうです” と言える性格でないことは充分承知なのだ。知世がさらりと言ってしまえば問題はない。 もちろん、さくらと小狼の反応を見て楽しんでいるのも事実のようだ。

「ほほう・・・。さくらちゃんも大きくなったということだね。 さて、長旅で疲れているだろうし、お茶にしよう。荷物は運ばせておこう」

真嬉のその一言で、メイドや執事たちがさっと動きだし、 藤隆や桃矢の持っていた大きな荷物を“お運びいたします”と言い奪っていった。
そして、庭のテラスでアフタヌーンティの時間となった。