ふたり、肩を並べて歩いていく。
「えっと・・・どうする?」
「・・・さくら、数学どのくらいまで終わった?」
「えっと・・・その・・・」
「ん?」
「あ、あの、やり方がわからないんじゃないの。
えっと、その、なんて言うか、公式はわかるんだよ!でもでも、えっと・・・」
さくらがあたふたと小狼に言い訳をする。 公式はわかっても、
解き方がわからなければ数学なんていっこうに進まないのである。
つまり、“ほとんど進んでいない”ということを遠回しに説明していることになる。
さくらの言い訳は言い訳になっていなかった。
「わかった。教えてやる」
「本当!?」
さくらの顔がぱあっと明るくなった。思わず赤くなってしまう小狼はぷいっとそっぽを向いた。
「あ、後で言われても困るしなっ。知っていて損はない」
「ありがとうっ」
小狼はさくらの『ありがとう』に弱い。昔から勝てないのであった。
「お、おれの家でいいか?おまえの家まで行くと遠回りだし・・・」
「うんっ」
くったくのない笑顔でさくらが言った。さくらはこの状況に気がついていないらしい。
“小狼の家でふたりきり”だという状況に。
さくらにしてみれば、彼女にとって難問で難関な数学の宿題の解決口を教えてもらえることが
よほど嬉しいのだろう。 小狼はそんなさくらを横目で見つつ、『なんだかなぁ』と思っていた。
ガチャッ。
小狼が自宅の扉を開けた。 小学生の時に一度香港に引っ越したが、
再び戻ってくる時に同じ部屋が空いていたため、 今でもその時と変わらぬ部屋に住んでいる。
「どうぞ」
「おじゃましまーす・・・」
と言って、さくらがこの状況に気がついたらしい。ほんのり頬をピンク色に染めた。
さっと、小狼がお客様用スリッパを取り出してさくらの前に置く。
普通の仕草なのに、さくらはその行動にいちいちドキッとしていた。
「あ、ありがと」
小さく呟くとスリッパに足を通した。 深い緑色のスリッパは小狼を思い出させる色だった。
クーラーがちょうど良く効いたリビングダイニング。
ダイニングテーブルにふたりで隣どうしで座る。
さくらにとってはそれだけでドキドキした。
「さっさと終わらせよう」
「う、うんっ」
あたふたと、自分のカバンから数学のプリントとノートを取り出した。
「で、どれくらい終わったんだ?」
「えっと・・・」
ぱらっとプリントを広げる。
「えへへ・・・まだ5問目、なの」
「・・・5問目な」
「しゃ、小狼君はどこまで終わったっ?」
「3枚」
「え?そ、そんなにっ」
問題がぎっしりと書かれたB4サイズのプリント。
枚数は全部で5枚。問題数にしてゆうに200を越えるさくらにとってはまさに「地獄のプリント」。
それを小狼はもう3枚も終わらせているのだった。
「やり方さえ理解すればさくらにだってすぐ出来る」
「そうかなぁ・・・」
「数学なんてそんなものだ」
「むぅ・・・そもそも、こんな難しい計算なんて日常生活で使わないのにぃ・・・」
「くすっ」
「あ、笑ったぁ・・・」
「ごめんごめん。学校教育の数学はそのためにあるんじゃないんだ」
「じゃあなに?数学嫌いを苦しませるため?」
「まさか。数学は頭の体操なんだってさ」
「体操?」
「そう、頭を柔らかくするための体操らしい。数学ほど考える教科ってあんまりないだろ?」
「・・・わたしは小狼君の5倍考えても解けないのにぃ・・・」
「だからそんなに難しくないって。ほら、やるぞ」
「はあい」
「ここはこの公式を使って―――・・・・・・」
小狼の指導とさくらの格闘が始まった。
数学はそんなに難しいものじゃないと小狼は言うけれど、
できない本人からしてみれば数学はかなり難しいものだった。
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