じりじりと焼く太陽の日射しを遮るために、夏らしいつばの大きな麦わら帽子をかぶって、
足下は涼しげにサンダルで、少し大きめのトートバックに、
夏らしいスカイブルーのラインの入ったワンピース。
今日のさくらはいつもに増して輝いて見えた。
「小狼くーーん!知世ちゃーーん!」
その声に小狼と知世がぱっと顔を上げた。
待ち合わせの公園の木の下に小狼と知世がすでに来ているのを見て、
ぱたぱたとさくらが走り出した。 今日は遅刻してないよね?
と何度も腕時計を見直していたさくらだが、
知世と小狼は待ち合わせの10分前行動はあたりまえのことだったので、
結果的にさくらがふたりより早く着くことはいつもなかった。
「ごめんなさい、待たせちゃった?」
「いや、大丈夫だ」
「ええ、時間よりまだ少し早いですし。早く来てしまっただけですから」
「ホントに?」
「ええ。さ、参りましょう」
「うん」
ぽんっと知世が日傘を広げた。小狼もゆっくりと日陰から足を進めた。
今日の勉強会は知世の家でやることになっている。
もちろん、理由は広いというのが一番だ。
それに、さくらの家ではケロが邪魔をするであろうことは予想がつくし、
小狼とケロが言い争いをし始めかねない。 ましてや、小狼の家に押しかけるなどはできない。
必然的に知世の家がベストになるのだった。
蝉が合唱を続ける中、知世を先頭にアスファルトを踏みしめる。
「今日も暑いねー」
「最近は温暖化でもありますものね。アスファルトは熱を反射してさらに暑いですし」
「湿気が多い分、日本の夏は過ごしにくいな」
「あら、香港の方が暑いのではありません?」
「そんなことはないな」
「そうなんだ〜。いいな〜、香港。わたしも行ってみたい」
「くすっ」
小狼が無邪気なさくらの笑顔に小さな笑みを浮かべた。
いつだって、小狼が笑うときはさくらが隣にいて、
小狼が優しい顔をしている。 そのことに知世は気づいていた。
もちろん、さくらは気がつくはずもないが。
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日射しが傾いてきて、時刻は4時を回った。
大道寺家では何人ものメイドさんがいて、昼食ばかりでなく、
ティータイムまでも世話してくれた。 “気にしなくていいよ”とさくらは知世に告げていたが、
メイドからみたらお嬢様の大切なお客様、 もてなさないわけにはいかなかった。
中学生の宿題は小学生とはまたひと味違う。 算数のドリルの代わりに、
先生お手製の問題がぎっしりのプリントが数枚、国語の漢字練習が長文読解になり、
自由研究はなくなって、家庭科の調理の宿題や技術科の木工の宿題、
英語のワークが一冊、読書感想文が課題図書で原稿用紙3枚以上、
社会科で新聞の切り抜きをレポートしたり、美術の宿題でスケッチ一枚、
など、とにかく専門的に少しずつ出されるものだから、結局大量になってしまう。
家庭科の調理の宿題なんて小学生の頃から台所に立っているさくらにとっては朝飯前だが、
数学のプリントはかなりのやっかいものだった。 それに、
こうして3人で出来るのも限定されてきてしまうのだった。
時計が4時半を回った。 コンコンっと扉を叩く音がして、知世が軽く「どうぞ」と言う。
メイドさんが受話器を片手に入ってきて、ぽそっと「お母様からです」と知世に告げた。
知世はその場で電話を受け取り、「はい、はい」と返事をして、
最後に「わかりましたわ」と言って通話を終えた。
「電話、お母さんから?」
「ええ。申し訳ありません。母が突然久しぶりに外食をしないかと言うので・・・」
「そっか。それなら仕方がないね」
「すみません」
「気にしないで!知世ちゃんのお母さん忙しいんでしょ?」
「でも、さくらちゃんといられる時間が減ってしまいましたわ」
「ほえ?」
「いえ、何でもありませんわ」
「じゃあ、おれたちは今日は帰ろうか」
「そうだね。お支度もあるだろうし」
「申し訳ありません」
ぱっぱと手際よく片づけをして、立ち上がった。 知世の部屋を出て、
長い長い廊下を歩いて、部屋ひとつあるのではないかという玄関にたどりついた。
さくらと小狼が靴に履き替える。
「さくらちゃん、宿題どの位まで終わりましたか?」
「あはは、まだまだだよう。数学なんてぜんぜん。参考書とかなきゃダメかなぁ」
「それでしたら李君、さくらちゃんに教えて差し上げてはいかがですか?」
「えっ」
さくらと小狼が一緒に声をあげた。
「李君は数学、お得意でしたよね?」
「あ、ああ・・・嫌いじゃない」
「私、数学は得意というほどではありませんので・・・」
「でもでも、小狼君だって忙しいよねっ」
「いや・・・おれは一人暮らしだし・・・」
「決まりですわね」
「えっ」
「では、次回はまた・・・私から連絡差し上げますね」
「あ、う、うん。じゃあね、知世ちゃん、今日はありがとう」
「いいえ。さくらちゃん、李君、また」
「ああ」
「バイバイ」
そう言ってさくらと小狼は大道寺家を後にした。
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