「小狼さん」
「・・・ああ、知世嬢」

3月も半ば。とあるホテルで開かれた大道寺財閥の年度末パーティー。
そこには小狼も出席していた。もちろん、招待状を書いたのは知世である。
普段は当主にのみ出す招待状を、わざわざ小狼宛てにも書いて送っていた。
そうでもしなければ、小狼に直接会うことは難しいと知世は知っていた。
高校3年生は卒業してしまっているゆえ、学校で会うことなどできず、 家を訪ねれば何事かと思われるし、さくらにも会わなければ行けなくなる。
ある意味、強硬手段に出たというわけだ。
天下の大道寺財閥のパーティーともなれば、 李家の人間が断ることはないという裏事情も知っての行動だった。

「本日はお招きありがとう」
「いいえ、小狼さんとお話ししたくてお呼びしたのですから。こちらこそ、足を運んでいただき有り難うございます」
「・・・やはりな。母上だけでなく、おれのところに招待状が来るなんて、怪しいと思っていたんだ」
「まぁ、何のことでしょう」
「さすがだな、知世嬢」
「恐れ入りますわ」
「それで、用件はなんでしょう」
「まあ、私がわざわざ小狼さんをお呼びした理由、おわかりいただけませんか?」
「え・・・?」

にっこりと小狼に向かって微笑む知世は、綺麗なその容姿と裏腹に、どこか威圧感を覚える。
誰も逆らえない、有無を言わせない雰囲気である。
小狼はそんな知世の笑みと、自分の行動を振り返って軽くため息をついた。

――・・・なるほど

「さくらの事ですね」
「ええ、もちろん」
「さくらから聞いたのですか?」
「今月の初めに伺いましたわ。さくらちゃんにお暇を出されるそうで」
「・・・・・・当たっているようで違うような・・・」
「まあ!でも、“やめてもらう”とおっしゃっていたそうではないですか」
「確かに。“やめてもらう”とは言った」
「どこが違うとおっしゃるんですか?」
「・・・・・・それは・・・」
「小狼さんのことです。きっと、何か理由がおありだとは思います」
「・・・・・・」
「もし・・・さくらちゃんを本当に手放してしまうのだとしたら・・・その時は、大道寺が頂きますわ」
「え?」
「小狼さんが、本当にさくらちゃんを李家から出されるというのでしたら、うちがいただきます。 もちろん、メイドとして雇おうなどとは思っていませんわ」
「誰も、李家から出すとは言っていない」
「しかし、さくらちゃんは・・・」
「やめてもらうとは言った。だが、追い出すとは言っていない」
「・・・では、どうするおつもりなのですか。雇いもせずに李家に置くと?」
「・・・・・・」

小狼が視線を泳がせる。
知世もいつになく真剣に話しにくいついてきた。
いつも微笑みを絶やさずに、おだやかな印象を与えている知世だが、敵に回してはいけない人物だ。
彼女の観察能力と話術をなめてかかってはいけない。
普段はおっとり穏やかな少女だが、大道寺に生まれ育っただけはあるのだ。

「・・・・・・そのことについては・・・まだ母上と交渉中だ」
「ご当主と・・・?」
「ああ・・・」
「・・・・・・」
「さくらに非があるわけじゃない。使用人として価値がないわけじゃない。 やめてもらうと言ったのは・・・単なるおれのわがままだ」
「・・・小狼さん・・・」
「すまない・・・さくらには・・・何も言わないでいてくれ。ケリがついたら、おれが話すから・・・」
「・・・小狼さん、ひとつ、お聞きしてもよろしいですか」
「な、なんでしょう」
「・・・小狼さんはさくらちゃんの事・・・お好きですよね?もちろん、使用人としてではなく」
「なっ」

知世のふいうちの質問に、小狼が一歩下がった。
当の知世はいたって真面目な、真剣な顔をしている。
小狼は自分の体温が突然上がったような感覚にみまわれた。
それと同時に、知世の観察力にも再度驚く。小狼と知世には、あまり接点などないのに、どうして気づいたのかと。

――いつから知って・・・!

「当たりのようですわね」
「〜〜〜〜〜」
「ご安心下さい。誰にも言っていませんから」
「・・・・・・全く、知世嬢には参ったよ・・・」
「ほほほ。恐れ入りますわ」
「・・・さくらは・・・」
「もちろん、ご存じ有りませんわ」
「・・・そうか・・・」

気がついたら、好きになっていた。
いつも笑顔で迎えてくれるさくらのことを、くるくると表情を変えるさくらのことを、小狼はいつのまにか好きになっていた。
自分に、笑顔を取り戻させてくれたのはさくらだった。
何気なく咲いている花に気がつくようになったのは、さくらのおかげだった。
何より、その存在が心を癒した。
いつも頑なだった小狼を解きほぐしたのは、さくらという名の少女だったのだ。

「手放さないでください。大切なものを・・・」
「・・・ああ」

知世の言葉に、軽く頷く。

――手放すもんか・・・絶対に・・・

そう、小狼は強く思った。