3年の時が流れ、小狼は高校3年生、さくらは高校2年生になっていた。
受験も終わり、小狼の大学進学もあっさりと決まっていた。
同時に、家の仕事も手伝う機会が増えた小狼は、自由登校となった2月から忙しくなった。
さくらは、どんなときでも笑顔でお出迎えするのが自分の役割だと言い、 『先に寝ていろ』と言われても、どんなに小狼の帰りが遅くても起きて待っていた。



3月1日

「さくら」

朝食を取り終えた後、小狼がふいにさくらの名を呼んだ。

「はい。何でしょうか」

食後の紅茶をカチャリと小狼の前に置いて、さくらが返事をする。

「実は・・・」
「何か」
「・・・今月でメイドをやめてもらう」
「え・・・・・・」

小狼のその一言に、さくらの動きが止まった。

――や・・・める・・・?

「理由は、また今度話す。今はまだ、これしか言えない」
「あ、あのっ、わたし、何か至らない点でもありましたかっ・・・?」
「いや、さくらは完璧だよ。これは・・・おれのわがままだから」
「専属でなくなる、というわけではなく、ですか・・・?」 「ああ」 「・・・・・・わたし・・・」
「またちゃんと話すから。今月中は今まで通り働いてもらうし・・・おまえに非がある訳じゃない」
「・・・・・・」
「そんなに気にしないでくれ」
「・・・・・・はい・・・・・・」

――わたし・・・何か・・・ダメだった・・・?やめてもらうってことは、クビってことだよね・・・。わたし・・・どうしたらいいの・・・。 他に行く場所も・・・何も・・・ないのに・・・。小狼様の側にいることも出来なくなる・・・の・・・?



「おはようございます、さくらちゃん」
「・・・・・・」
「さくらちゃん?」

とぼとぼと教室に入ってきたさくらを、知世が笑顔で迎えた。 しかし、さくらに反応はなく、放心状態と言っても過言ではない。
そんな状況のさくらを心配して、そっと知世が近寄った。

「さくらちゃん。おはようございます」
「・・・え、あ、おはよう・・・」

ぽんと肩に触れられて、ようやくさくらが知世の存在に気がついた。

「どうなさったんですか?」
「え?」
「お体の具合でも良くないのですか?」
「ううん。そんなことないよ。元気元気っ」
「・・・では、何かあったんですね・・・小狼さんと・・・」

その言葉にぴくっとさくらが肩を揺らした。
知世が心配そうにさくらの顔をのぞき込む。

「知世ちゃん・・・」

ぎゅっとさくらが知世に抱きついた。

「わたし・・・どうしよう・・・わたし・・・」
「・・・・・・とりあえず、場所を変えませんか?ここは人目に触れますわ」
「・・・・・・」

徐々に人が増えていく教室。さくらは他の人にメイドをしている事を告げていないため、 堂々と教室で話をするわけにはいかなかった。
知世も充分そのことを承知している。
いつものお決まりの場所、音楽室へと場所を変えた。

「・・・何があったんですか?」
「・・・小狼様がね・・・」
「・・・・・・」
「今朝・・・わたしに言ったの・・・」
「何と?」
「今月で・・・メイドをやめてもらうって・・・」
「えっ!?」

思わず知世が驚愕の言葉をもらした。

――小狼さんがさくらちゃんをやめさせる・・・!?そんなこと・・・!小狼さんだって、さくらちゃんのことを・・・

「・・・理由は?」
「わからないの・・・今度話すから・・・って・・・。今日はそれだけで・・・」
「・・・・・・」
「わたし・・・何かダメだったかな・・・。役立たずだったかな・・・」

じわりとさくらが涙を浮かべた。
そんなさくらをきゅっと知世が抱きしめる。

「いいえ。さくらちゃんはダメなメイドなんかじゃありませんわ。 きっと・・・きっと小狼さんにも、とても大切な理由があるんだと思います」
「・・・そうかな・・・。でも・・・専属の付き人をやめさせるくらい・・・ 重要な事って何か・・・思いつかなくて・・・。やっぱりわたしが・・・」
「そんなことは決してありませんわ。小狼さんがさくらちゃんを嫌いになったわけでも、 いらなくなったわけでもないと思います。きっと、とても大切な何かがあるんですよ・・・」
「でも・・・やめなきゃいけないのは事実で・・・」
「・・・・・・」
「わたし・・・他に行く所なんてなくて・・・どうすればいいのかわからなくて・・・。それに・・・」
「それに?」
「小狼様の側にいられなくなっちゃう・・・」
「さくらちゃん・・・」

ぽろぽろと涙を伝わせるさくらの背中をゆっくりとなでながら、 知世は小狼がさくらをやめさせる理由について考えていた。

「もし、本当に行くところがなくなったら、私におっしゃってください。うちならいつでも大歓迎しますから」
「え」
「もし、ですから・・・。私には、小狼さんがさくらちゃんを手放す理由がわかりません。きっと、大丈夫ですわ」
「・・・・・・ありがとう・・・」

知世がぎゅっとさくらの肩を抱きしめる。
唇をきゅっと結び、ひとつ、ゆっくりと瞬きをした。