「おかえりなさいませ、小狼様」
「ただいま」

小狼の帰りを部屋で出迎えるのは、さくらの役目である。
主人が帰ってきた子犬のように、笑顔で小狼を迎えるさくらは、小狼にとってだんだんと心地よい存在になってきていた。
いつもどこかよそよそしい態度のさくらだったが、最近は慣れたらしく、笑顔を見せるようになったのだ。
さくらも、小狼の知らない面を色々とかいま見て、思っていたよりも優しい人なんだと気がついた。
朝食の席を共にすることで、学校の話なんかも聞け、ただの主人とメイドよりも近い距離になれた気がしている。
小狼が他の人の前では見せない表情を見せるたび、さくらは嬉しくなった。


「今日は夕方から武道の練習の日、でしたよね」
「ああ。今日は苺鈴も一緒だ」
「用意しておきます」

小狼はいくつもの修行をしている。 武道・武術、魔術、精神力・・・。それに加えて知識も必要だった。
武道・武術の練習日には苺鈴も時々参加する。
幼い頃から一緒に訓練を受けてきたふたりは、息がぴったりだった。

師範の前で、ふたりで綺麗な形を取っていく。 俊敏な動きに、空気がヒュッと音を立てていた。
そんな様子を、テラスでタオルと水、練習後のティータイムの用意をしながら、 さくらは見ていた。
いつも真っ直ぐな瞳をしている小狼が、より真剣な瞳に変わる瞬間。
時々、視線がこちらに向いているような気がして、さくらはそわそわと動き出す。

――小狼様って・・・本当に真剣な目で・・・意志が強い方なんだなぁ・・・

そう思いながら、また小狼の方を振り返る。
そのひとつひとつの動きに、思わず見とれてしまいそうだった。
もっと近くに行ければいいのにと、何度も思っていた。
しかし、メイドに与えられた距離は守る。それに、終わったあとの用意は大事な仕事だ。
その距離を壊してはいけない、とさくらは思っていた。

「お疲れさまでした。小狼様、苺鈴様」

庭で練習をしていたふたりが、テラスへと戻ってきた。
すかさずタオルを持ってふたりを出迎える。

「ありがとう」
「ありがとう、さくらさんっ」

そう言って、ふたりがタオルを受け取った。
満面の笑みで笑う苺鈴が、ささっとテラスに上がる。
小狼はゆっくりと汗をぬぐいながらテラスに上がってきた。
ふいに、さくらと視線が合い、さくらの笑顔に釣られて微笑む。
その微笑みに、さくらがまた笑みを返していた。

――こいつの笑顔にはかなわないな・・・

そう、小狼はいつも思っていた。
朝の挨拶、出迎えてくれる時、こうして迎えてくれるとき・・・ いつでもさくらは笑顔で、いつも笑いかけてくれる。
メイドとしての作り笑いではなく、本当の笑顔を向けてくれるのだ。
そんなさくらに、かたくなだった小狼も少しずつ、うち解けてきた。