日曜日。 先日、さっそく!と、知世が持ってきた服を着込んで、小狼のもとへ行った。 メイド服ではなく、私服を着て来い、と昨夜言われていたからである。 「おはようございます。小狼様」 「ああ、おはよう」 いつものように、小狼はテーブルに座って新聞を広げていた。 「すぐに朝食の用意を致しますので」 「今日は三人分頼む」 「さ、三人分、ですか?」 「ああ」 「かしこまりました」 そう言うと、さくらは厨房へ向かう。 朝起きて、身支度を済ませ、小狼に挨拶をしてから、二人分の朝食を厨房まで取りに行く。 それがさくらの一日の最初の仕事だった。 ――三人分・・・。わたしと、小狼様と・・・お客様がいらっしゃるのかな? 三人分と告げられてさくらは考えた。 毎朝二人で食事をとる、というルールはもうわかっていた。 最初は戸惑ったが、朝食の席では小狼と他愛のない会話が出来るため、 さくらはこの時間が好きだった。 今日は誰かお客様がいるらしい、という事実だけは明確だ。 言われたとおりに、三人分の朝食をカートにのせて小狼の自室に戻り、 扉をノックしてから入る。 「失礼いたします。あっ・・・!」 「おはよう、さくらさん」 「め、苺鈴様・・・!おはようございますっ」 小狼の隣には、小狼の従兄弟である苺鈴が座っていた。 小狼と同い年で、黒いつややかな髪が特徴的な綺麗な人だ。 きりりとした目元で、口調もハキハキしていて快活、笑顔が魅力的な女性だ。 ――お客様は苺鈴様だったんだ・・・! さくらが運んできた朝食をテーブルの上に用意する。 カップに注がれたアールグレーの紅茶の香りが、部屋いっぱいにに広がった。 「久しぶりね、さくらさん」 「お久しぶりです、苺鈴様」 「本当にずーっと会わなかったわよねぇ。不思議なことに。まぁ、仕方がないか。 あたしはこっちにはあんまり来ないからね」 「ええ」 「ねえ、小狼があなたを専属にしたって本当?」 「あ、はい。小狼様にご指名いただきました」 「本当だったんだーっ。もう、小狼ったら聞いても答えてくれないのよ。来ればわかる、なんて言って」 「わかっただろう」 「そうだけどー」 「小狼様、苺鈴様、朝食の用意が整いました」 「ああ、ありがとう」 「小狼がお礼言ってるー」 「おれだって礼ぐらい言うさ」 「えーっ、昔はそうでもなかったじゃなーい」 「いいから食べるぞ」 「はーい」 さくらもカタンと席に着いた。 いつもは円形のテーブルに向かい合って座るが、今日は三角形をかたどるかのように3人で座る。 苺鈴がいるだけでずいぶんと雰囲気がにぎやかになるものだ。 いつもは静かな朝食も、色々と会話が飛び交った。 「今日は苺鈴も一緒に買い物に行くから」 「かしこまりました」 「女の子のものは、女の子同士で選んだ方が楽しいもんねーっ。小狼とじゃつまんないだろうし」 「そ、そんなことは・・・」 「いいのいいの。小狼がそう言ったんだから」 「え」 「余計なことは言わなくていい」 「くすっ。照れてる。そういえばさくらさん、大道寺財閥のお嬢様とお友達なんですって?」 「あ、はい。小学部の頃から・・・。この服も、彼女が下さったものなんです」 「素敵よ。本当に、ただの可愛い女の子ね。メイド服なんてもったいないわ」 「そ、そんなことありません」 「くすっ。照れてるー。照れてるのも可愛いー」 「め、苺鈴様っ」 苺鈴にとって、さくらは妹みたいな存在だった。 ひとつ年下のかわいい女の子。それが苺鈴から見たさくらだった。 さくらがこの家に来たときから、苺鈴はさくらのことがお気に入りだ。 会える機会こそ少ないけれど、名字ではなく名前で呼ぶのはその証拠。 そして、街にくり出した三人はあらゆる店を巡っていった。 さくらは値札を見る度に “こんなに高価なものをそろえて頂く必要はありません!”と 小狼と苺鈴に抗議するものの、あっさりと却下された。 パーティーにお供する時の少し豪華なワンピース、 苺鈴の意見で髪飾りやアクセサリーも揃えた。 フォーマルな場所に行く時のためのおとなしめのスーツ、 知世が作らないであろう系統の服、そしてそれらに合う靴を用意し、 “下着も必要よね!”と言う苺鈴にひっぱられて、下着や寝間着も購入した。 部屋になかったドレッサーや全身鏡を購入し、最低限の化粧品を買いそろえる。 さくらは次第に抵抗しても無駄だということを理解し、 小狼と苺鈴のされるがままにされていた。 ――今日はまるで着せ替え人形にでもなった気分・・・。 途中、試着室でそう思いながら。 全ての買い物を終えて、苺鈴のお気に入りだというアイスクリーム屋に立ち寄った。 「んっ。いつ食べてもおいしーい」 「ここのは絶品だな」 「おいしい・・・!」 「でしょでしょ?そっか、さくらさんって外でふらふら買い物とかしないから知らないよね」 「はい。今日はたくさん勉強になりました。でも・・・」 「金額のことは言わなくていい。だいたい、さくらは物を持っていなさすぎる」 「は、はい。その、ありがとうございました。わたしのために・・・こんな・・・」 「・・・・・・」 「中学3年生にもなって、おしゃれも満喫できないんじゃ可哀相だもんね。ね、小狼」 「・・・苺鈴・・・」 「はいはい。余計なことは言わなくていい、でしょ?小狼はいっっつもそうなんだから」 「わ、わたしなんて、ただのメイドですから・・・おしゃれなんて・・・」 「もう、さくらさんはいっつもそれ!“わたしなんて”とか“メイドだから”とかばっかり! メイドがおしゃれしちゃいけないなんて言われてないし、さくらさんが“わたしなんて”なんて言う必要はどこにもないじゃないっ」 「すみません・・・」 「謝って欲しいわけじゃないのよ。ただね、年相応な女の子になって欲しいの。 これはあくまであたしの意見だけど・・・小狼だってそう思うでしょう?」 「・・・・・・ああ」 「ね?だから気にしないで」 「ありがとうございます。小狼様、苺鈴様」 にっこりと笑ってさくらが言った。 その笑顔を見て苺鈴は満足そうな顔をした。 14歳、中学3年生、その年齢とは釣り合わないほどに、さくらは大人びている。 見た目は年相応だが、中身がずっと大人だった。 10歳の頃からメイドとして李家にいるせいもあるが、言葉遣いも身のこなしも、きちんとしていて非の打ち所がない。 それは小狼にも言えることだが・・・。 そんなさくらに、せめて『年相応のおしゃれ』くらいはさせてあげたい、と小狼は思っていた。 |