「さくら・・・」
ベッドわきに腰掛ける。さくらは前よりも穏やかになり、すやすやと眠っているかのようだった。
ぎゅっと、つないでいる左手に力を込めた。
「・・・ごめんな・・・おれ、こんなことしかできなくて・・・。
おまえのことを守るって決めたのに・・・ずっと・・・。情けないな・・・」
そっと、さくらの頬を撫でた。ふんわりとやわらかい。
小学生の頃よりぐっと大人びて、綺麗になったさくら。
そのなかにも少女らしい可愛らしさを残している。
学校でも人気の、いわゆる「美少女」の分類にあたる。
こんなほえほえの性格からか、さくらはまったく周囲の目を気になどしていない。
自分を見ている男がたくさんいることも気がついていないだろう。
そんなさくらを見ている小狼はひやひやものだった。
逆に、小狼も転校早々女子に人気が高まり、カッコイイという噂でもちきりだ。
さくらはそんな噂を「そうだよね〜」と言って流してしまっている。否定など出来ないからだった。
そんな有名人ふたりがつきあっている、というのは全校生徒・教員にまで知れ渡っている、
いわば公認カップルなのだが・・・ふたりともどこか抜けているため、人気はあがる一方である。
「・・・おれたちが惹かれあっているのは魔力のせいかもしれない・・・けれど・・・おれはそれでも構わない・・・。
この気持ちが魔力で惹かれているだけじゃないって、おれは知ってるからな・・・」
ふわっと、髪を撫でる。薄い、赤みを帯びたベージュの髪。
翠色の瞳。薄く染まった頬。
小狼がこの世で一番、大切にしたいもの。それがさくらだった。
「早く目覚めてくれよ・・・お姫様」
そうささやいて、小狼はゆっくりと、軽く、くちづけを落とした。
「ん・・・しゃ・・・らんく・・・ん?」
「さ、さくら・・・?」
ゆっくりと、おぼろげな瞳でさくらがつぶやいた。
まるで、王子様のくちづけで目覚めたいばら姫のように、ゆっくりと目覚めた。
「わたし・・・」
ぎゅっと小狼が左手を握りしめる。
「・・・どうしてそんな顔するの・・・?」
小狼の表情を見て、さくらが言った。何もわかっていないようである。
「バカ・・・ったく・・・どれだけ心配したかわかってないんだから・・・」
「え?・・・わたし・・・体育の授業でバスケしてて・・・それで・・・・・・記憶がないんだけど・・・」
「倒れたんだよ」
「え?」
「まぁ、今から話すから聞け」
「はい・・・」
そうして、小狼はケロの話した内容をさくらに聞かせた。
何ともややこしい話で、理解していても相手に伝えるのには言葉に苦労した。
さくらはまだとろんとしたおぼろげな瞳で、一生懸命に小狼の話を聞いていた。
「そうだったんだ・・・。あはは、困ったものだね〜」
「おまえ、笑い事じゃないんだから・・・」
「でも、ありがとう」
「え?」
「小狼君、ずっとこうして手、握っていてくれたんでしょう?」
かああっと小狼が赤面した。 言われなければ何事もないかのように手を握っていた小狼だが、
あらためて言われると恥ずかしいのだ。
「あ、いや、そのっ」
急にうろたえる。この辺の性格は小学生の頃から変わっていない。
きゅっ。さくらが小狼の手を握り返した。
その行為にまた小狼の心臓がひと跳ねする。
「ありがとう・・・わたしのために魔力・・・使ってくれて・・・。ごめんなさい」
「いや・・・大丈夫だ・・・。それに」
「ん?」
「今、魔力を送るのをやめたら、さくらがまた倒れそうで・・・こわいからな」
「・・・うん・・・」
さくらが目覚めた今も、小狼はさくらに魔力を送っている。
もし、小狼からの魔力の供給が絶たれたら、
さくら自身の魔力ではまだ目覚めるに足らないかもしれないからだ。
眠っている時間ほど、魔力は回復しやすいが、
さすがにこの短時間では回復はそんなになかったであろう。
小狼もそのくらいは計算済みなのである。
「はーっ、食った食ったぁ」
おなかがぱんぱんになるほど食事を食べたのか、ケロがふらふらと部屋に戻ってきた。
もちろん、知世も一緒に。
「って、さくら!?気がついたんか!」
「まぁっ」
「ケロちゃん、知世ちゃん・・・」
さくらが2人のことを見て、笑みを浮かべながら言った。
だんだん意識もはっきりしてきたようだ。
「あー、良かった良かった。とりあえず、大丈夫やな」
「・・・李君、どうしてまだ手をおつなぎになってるんですか?」
「ここでおれが魔力を送るのをやめたら、さくらが倒れるかもしれないだろう?」
「えへへ・・・」
さくらが小狼をちらっと見ながら、
「ごめんなさい」と言わんばかりの笑みをこぼした。
「せやな。小僧はもうしばらくさくらに魔力を送っといたほうがええやろ。
さくらの意識と身体がもうちょい回復したら、大丈夫やと思うけどな」
ケロもうんうん、と頷く。
「・・・まださくらの魔力より小僧の魔力の方を強く感じるさかい、無理は禁物や。
ま、この際やから思いっきり頼っときー、さくら」
「はーい」
ぺろっとさくらが舌を出して笑った。 その笑顔が小狼や知世、ケロを何よりも安心させた。
「では、私はこれで失礼しますね」
「あ、ごめんなさい。ありがとう、知世ちゃん」
「いいえ。これからお稽古があるので・・・間に合って良かったですわ」
「お稽古?何かしてたっけ?」
「お稽古というほどではないのですが・・・
うちのパティシエにお菓子の作り方を教えて頂く約束をしてるんです」
「ほー、お菓子かぁ。ええなー」
「はい、今日はタルトを何種類か・・・。よろしかったらケロちゃん、いらっしゃいませんか?」
「ええんか!?・・・って、さくらが・・・」
「・・・いいよ、行ってきても。小狼君いてくれるし・・・わたしも知世ちゃんのタルト食べたいもん。
ケロちゃん、全部食べないでわたしにお土産に持ってきてくれるっていうなら行ってもいいよ?」
「そのくらいお安いご用やて!わーいわーい!」
「な、ちょ、おい、さくら!ケルベロスまで!」
「ええやないかー、小僧の分も持ってきたるさかい」
「そーゆー問題じゃない!大道寺・・・」
「ふふっ。では、ケロちゃん、参りましょう。また明日の朝、お伺いしますわ。
何かあったら言って下さいね。さくらちゃん、李君、ごきげんよう」
「またな〜」
「おいっ・・・」
小狼の抵抗むなしく、知世はケロを引き連れて行ってしまった。
『あら、さくらちゃんとふたりきりになりたくありませんの?』
そんな事を知世は小狼に目で言い放ったのだ。
パティシエに教わる約束はしていたものの、別に今日でなくてもいいのだった。
甘いものをたくさん作る、しかも最高においしい大道寺家のパティシエ直々のレシピ、
となれば、ケロが食べたくないはずがない。 そこを知世はうまくついて、ケロを連れ出すことに成功したのだった。
小さな部屋に、夜、ふたりきりで残されたさくらと小狼。
さくらは全くもってその「意味」を理解していなかった。
「知世ちゃんのタルト、楽しみだねっ」
魔力が回復してきたのか、さくらは時間が経つごとに元気になっている。
「・・・・・・おまえ、この状況わかってるのか?」
「え?」
しばし、無言で見つめ合う2人。
さくらは全く気がついていなかったらしい。
「え、あの、その、お兄ちゃんっとお父さんはっ・・・」
「兄貴は月城さんの家、藤隆さんは大学の研究室に
泊まり込みだってボードに書いてあったらしいけど?」
「ほ、ほえええっっ・・・。も、もしかしてっ・・・ふたりっきり・・・?」
「あ、ああ・・・」
小狼がさくらの顔を見ないようにそっぽを向いた。
お互い、その事実に赤面している。
「ま、まあっ・・・おれもおまえも動けないしっ・・・大丈夫だろっ」
「そそそ、そうだねっ・・・」
こんな時になって、つないでいる手が妙にもどかしい。
離してしまいたいけど、離したくない。
離そうと思っても離すことが出来ない。
時刻は夜9時半を回った。
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