ピンポーン。
さくらの家のインターホンを鳴らした。
さすがに、桃矢は大学の時間だし、藤隆も仕事に行っている時間だ。 家の中にはケルベロスしかいない。

「ケルベロス!いるんだろう!?」

小狼はさくらの部屋の窓に向かって大声で叫んだ。

「・・・何や、小僧か?」

ケロが窓からそろりと下を見下ろした。

「さ、さくら!?」
「とにかく、玄関を開けてくれ!」
「お、おお、おう」

少しすると、カチャリと小さな音がして、扉が開いた。

「さくら!?どないしたん?」
「わからない。けど、魔力が極端に弱くなっている」
「!?・・・こいつは・・・」
「とにかく、あがるぞ」
「おう」


そっと、さくらのベッドに寝かせる。相変わらず、息づかいは荒い。

「ほんまや・・・さくらの魔力が弱っとる・・・こりゃ、ユエのほうも気になるな・・・ ま、一日やそこらで魔力はつきへんから大丈夫やろうけど・・・」
「朝は何ともなかったよな」
「ああ、いつものさくらやった」
「一体何がどうなってるのか、おれにはさっぱりわからないんだ。ケルベロスはなにかわかるか?」
「・・・たぶん、アレやな」
「アレ?」

ケロが難しい顔をして、さくらのベッドの上に座った。小狼と向き合うカタチになる。
こんな事でなければ、小狼とケロがこんなに真面目に話すなんて事はないだろう。

「まぁ、あたりまえってっちゃあたりまえなんやけどな、魔力にも周期っつうもんがあるんや」
「周期?」
「せや。魔力の強い時と、弱いとき。わずかな差やけど、ちゃんとあるんや。月が満ち欠けするみたいにな。 小さな変化ももちろんある。けど、大きな周期つうのもあるんや。 それは個人差やから何百年とかけて一回りする周期もあれば、一年くらいの周期もある。 せやから、生きてるうちに必ずくるともかぎらんのや」
「それで?」
「さくらは今、その周期の中の一番魔力が弱い時なんや。 陰と陽みたいに、強いときと弱いときっていうのがある。 普段はまぁ、セーブしとる場合がほとんどやから気がつかへんけど、強い時と普通の時は全く問題はない。 けどな、弱くなる時はほんまに弱くなる時っていうのがあるさかい。 その時は・・・さくらみたいになってまう。短い周期のヤツは前もって準備できるけど、 さくらみたいに初めてのヤツや周期が長いヤツは対策のしようがない。 せやから・・・わいらに出来ることはないんや」
「そんなっ・・・」
「魔力をもってる人間には必ずあることや。小僧みたいにさほど魔力がない場合は問題あらへん」
「何をっ」
「まあ、聞けって。わいやユエみたいに創り出されたもんも問題はない。 けど、さくらはごっつう強い魔力をもってるさかい。魔力が強いっちゅうことは・・・」
「強いときと弱いときの差が激しい・・・」
「そういうこっちゃ。さくらはそんなに普段魔法を使うわけとちゃう。 自分でも気がついてへんけど、さくらはさくらなりに力をセーブしとるんや。 未来を見てまう力も発動してない。せやから、強いときはそんなに問題ないやろ。 けど・・・今は一番弱い時や。 わいらにもどうすることもできへん」
「クロウは・・・あったのか?」
「あった。けど、クロウはそれを知っとるから、対策をとることもできた。 わいらも一歩も部屋には入れてくれへんかったから 何をしとったかはわからんけど・・・」
「・・・そうか・・・」

何も出来ることがない。
これほど、小狼にとってつらいことはなかった。
目の前でさくらが苦しんでいるのに、小狼には為すすべもない。

「魔力が弱まるっていうのは・・・そんなにつらいことなのか?」
「つらいやろな・・・今まであったもんが、がくっと弱くなるんやから。 あれや、魔力がなくなりかけてたユエみたいなもんや。 ユエの場合とちゃうのは生存がどうのこうのって話じゃないってだけやな。 魔力の急激な変化に身体が追いついてないんやろ。 まー、言うならば人間の体力と同じやな。 風邪とかひいて体力がなくなるとつらいやろ?」

ケロも心配そうにさくらの顔を見つめた。

「はあっ・・・はっぁ・・・」
「さくらの意識が戻らないのは・・・」
「それはわいにもわからへん。けど、魔力が回復してきたら気がつくやろ」
「・・・・・・」
「どのくらいかは・・・わからんけど・・・」

人の周期はその人にしかわからない。いくらケロや小狼のように魔力があっても。

「さくら・・・」
名前を呼んでも、返事は返ってこない。
聞こえるのは荒い息づかいだけだった。

「・・・ケルベロス」
「な、何や?」
「おれに出来ることは本当にないのか?」
「・・・根本的な解決につながることは何もない。 わいらじゃどうにもならん、自然界の掟や」
「・・・・・・」
「ただ・・・」
「何だ?」
「さくらをちょっとは楽にはできるかもしれへん」
「どうすればっ」
「・・・小僧はクロウ・リードの血縁や。魔力の波動も少しはクロウに似とる。 さくらは、クロウ・リードの生まれ変わりの片割れであるお父はんの娘や。 小僧より魔力の波動はクロウに近い。2人の魔力の相性も悪ないはずや。 せやから・・・小僧はつらいかもしれへんけど、 魔力をさくらに少しずつ送ってやれば・・・少しは楽になるやろ」
「おれの、魔力をさくらに送る・・・?」
「そうや。ただ、送りっぱなしやと小僧が今度は倒れてまうから、 循環させたほうがええやろうな」
「つまり、送って返ってくる・・・」
「空気清浄機みたいなー・・・あー・・・なんつーか・・・あれや、 水族館の水の浄水のための循環機械みたいな・・・」
「なんとなくわかった」
「そ、そうか?」
「で、魔力を送るのにはどうすればいいんだ?」
「そんなの簡単や。手、握ればいいんや」
「手?」
「それ以外につなげるところなんてないやろ? 手は魔術師にとって大事なもんやしな」
「あ、ああ・・・わかった。やってみる」
「・・・わいからも頼むで・・・」

ケロがうつむき加減に小狼に言った。こんなケロを見るのは小狼は初めてだった。
いつも明るくはじけていて、陽気なケロが、いつになく真剣だ。

「さくらはわいの大事な主やけど・・・その前に『なかよし』やからな・・・ わいじゃどうにもできへん・・・だから・・・」
「わかってる」

そう、軽く頷くと、小狼はさくらの手をとった。暖かい・・・。
軽く目を閉じると、手に意識を集中させる。 そうすることで、魔力が手の方にまわるのだった。
ゆっくりと瞳を開いた。小狼の魔力がさくらの身体のなかを流れる。
すると、荒い息づかいだったさくらの呼吸が、やわらいだ。 意識は戻らないが、状態は落ち着いた。

「ほっ・・・よかった・・・」
拒否反応も何もなくすんだ。小狼は安堵のため息をもらした。