『満ち欠け』



「きゃーっ」
「さくらちゃん!!」

友枝中学校土曜日の3時間目。 さくらたちのクラスは体育の授業だった。
本日の授業は女子はバスケットボール、 男子は外でサッカーだった。
そんな、授業も半ばを過ぎた頃。 女子の授業をしている体育館で悲鳴が上がった。

「大丈夫!?さくらちゃん?」
「木之本さんっ」

さくらがコート内でぐったりと背の高いクラスメイトに抱かれていた。息づかいも荒い。

「どうしたの?何があったの?」

担当教員が駆け寄ってくる。知世も側にいた。

「いえ・・・わかりません。木之本さんがいきなり倒れてしまって・・・」
「何もしてないの?ぶつかったとか、足がかかったとか・・・」
「そんなことはありません!」
「先生、違うと思いますわ。息づかいが荒いですもの」
「はあっ はぁっ・・・」

知世がさくらの状態を見極めてさっと告げた。

「と、とにかく、保健室に運ばないと・・・」

「先生!どうかなさいましたか?」

数名の野次馬の男子生徒をくっつけながら、男子担当の教員が悲鳴を聞きつけてやって来た。
天気もいい6月半ば。 体育館の気温は上がるので、すべての窓と扉を開けていたため、丸聞こえだったのだ。

「あ、先生・・・。それが・・・」

担当教員がさくらの側を離れる。

「さくらっ!」

一言、そう叫んで体育館に入ってきたのは、紛れもない、李小狼だ。
さくらの事となればたとえ授業中だろうが気にはしない。
野次馬などは普段しない小狼だが、山崎がぐいぐいと引っ張ってきたのだった。

「!」
「李君・・・」

小狼は、さくらの側まで行くと眉をひそめた。何かがおかしい・・・と。

「李君・・・。さくらちゃん、熱もないんですが・・・急に倒れられて・・・」

知世が心配そうに、小狼にさくらの状態を告げた。
小狼は知世のその一言を聞いてか聞かずか、 ひょいっとクラスメイトの腕の中からさくらをさらった。

「李君!?」

周りのクラスメイトからも声があがる。小狼は相変わらず険しい表情のままだ。

「先生、おれ保健室に運んできます」

そう大きな声で言うと、すたすたと校舎に続く扉の方へ歩き出した。

「わ、私もご一緒しますわ」

すかさずそう言って、知世が同行する。
教員やクラスメイトは声もないまま、3人を見送るしかなかった。

「・・・さすが李君だね・・・」
「うん・・・。普段はそうでもないんだけどね・・・たまーにあんな風に厳しくなるよね」
「ええ・・・」

そんな事を話しているのは小学生の頃からのさくらの友人、千春・奈緒子・利佳だった。


「はあっ・・・っ・・・」

相変わらず、意識がないまま、荒い呼吸をするさくら。
そんなさくらを小狼はゆっくりと保健室のベッドに寝かせた。保健の先生はただ今会議中らしい。

「先生、いらっしゃいませんわ・・・」

知世が職員室まで探しに行ったのか、心配そうに戻ってきた。

「ちょうど良い。いない方が好都合だ」
「え?」

さくらの側に座る小狼がゆっくりとそう告げた。知世もベッドに駆け寄る。

「どういうことですの?」
「・・・さくらの魔力が極端に弱っている」
「え?」
「朝はそんなことなかったのに・・・どういうことだ・・・?今は本当に少ししか感じられない・・・」
「っ・・・はあっ・・・はあっ」
「・・・誰かの魔法でしょうか・・・」
「それはあり得ない。さくらは今、クロウ・リードよりも強い魔力を持った、 いわば世界一の魔力を持った人間だ。さくらに術をかけられる魔術師なんてそう多くはない。 さくらには魔術がかかっている気配もしないしな」
「では・・・一体どういうことなのでしょうか・・・」
「わからない・・・。くそっ、おれにもう少し力があればっ・・・」
「李君・・・」

その時。ガラガラッと音を立てて、体育の担当教員が入ってきた。

「木之本さんの様子はどう?」
「いえ・・・・何とも言えないです・・・」

シャッとカーテンを閉めて、小狼にかわって知世が教師と応対する。
小狼はひたすら、為すすべもなくさくらのことを見つめていた。 荒い呼吸をするさくら。意識はない。
一体何がどうなったら急にこんな風に倒れるんだ・・・?


「李君」

知世が再びカーテンを開ける。

「何だ」
「さくらちゃんをお家まで送っていって差し上げて下さい。車を呼びましたので・・・」
「でも・・・」
「先生にはわたしが言っておきますわ。お願いします・・・。 魔法のことは私ではどうすることもできませんから・・・。帰って、ケロちゃんと相談なさって下さい。 私も終わり次第すぐに向かいますわ」
「・・・わかった。ありがとう、大道寺」
「いいえ・・・とんでもありません。さ、私がついていますから李君は着替えと荷物を・・・」
「ああ」

小狼はすぐに教室に戻ると、着替えて荷物を自分の分とさくらの分をまとめた。
友枝町に、今、さくらに魔術をかけられるほどの魔術師や導師はいない。
柊沢の魔力は半分になっているし、イギリスにいるはずだ。一体なにがどうなってるんだ・・・。