「ん・・・あれ・・・もう・・・夜・・・?」

のっそりと起きあがったサクラが横で眠っているモコナとケロを見て、辺りを見回してつぶやいた。

「目が覚めました?」
「シャオラ・・・ン君じゃなくて、李君ですよね」
「ああ。調子は?」
「大丈夫です。あの、シャオラン君は?」
「今、さくらと一緒にちょっと出かけてるんだ」

すっと外を指さした。
紺色の空にキラキラと星が輝き、月明かりでほのかに染まっている夜景は美しかった。

「わぁっ・・・」

思わずサクラもベッドから飛び起きてベランダに向かった。
この光景は異世界の人にはとても美しく目に映るらしい。
そんなことを思いながら小狼もあとに続く。

「すごく綺麗ですね!えと、李君」
「呼び慣れないなら、小狼でも構わないよ?」
「え、あ、・・・じゃあ・・・小狼君」
「ふっ・・・やっぱ同じなんだなぁ・・・」

こつっとサクラの隣に立った。
背丈も髪の色も瞳の色も声も、さくらと何一つ変わらない。
少し、クセのある髪を除けば、どちらのさくらなのかわからなくなってしまいそうだ。

「え、あ、同じ?」
「いや、さくらと・・・君が。違ってもやっぱり同じだな・・・ってね」
「さくらさんと・・・わたし・・・」
「そう。魂は同じ人」
「小狼君はさくらさんの事が好きなんですね」
「なっ・・・うん・・・そうだな・・・。すごく大切な人だから・・・」
「小狼君はシャオラン君と同じなのに、やっぱり違いますね」
「何が?」
「言葉遣いとか、態度とか・・・色々」
「それはそうさ。環境によって身に付くものだからな。たとえ魂は同じでも違って当然」
「そう・・・ですよね」
「さくらと君も違う。でも・・・同じな部分はやっぱりあるんだよな・・・」
「わたしとさくらさんってどんなところが同じなんですか?」
「そうだなぁ・・・」

小狼が天を仰いだ。
夏の蒸し暑い夜を少しぬるい風が吹き抜けていく。

「たとえば・・・笑顔。瞳のやわらかさ。優しさ。それに・・・」

じっと小狼がサクラを見つめた。
その曇りのない心がそっくりだ・・・。

「?」
「いや、それくらいかな。同じ服なんか着たら双子みたいだろうな」
「・・・もし」
「ん?」
「もし、わたしとさくらさんが全く同じ服を着たら・・・小狼君はどっちがどっちだかわかると思う?」
「もちろん。わかるさ。わからないはずがない。それはシャオランだって同じだと思うよ」
「え」
「彼は君をとても大切に思ってるみたいだしね」

その言葉にサクラが驚きの表情を見せた。
シャオランじゃないのに、シャオランに言われたような・・・そんな気分だった。

「あのね・・・わたし・・・記憶がないっていうのは聞きましたよね」
「ああ」
「だいぶ記憶も戻ってきて・・・それで・・・いつも不思議な事があるんです」
「不思議なこと?」

サクラがじっと庭のライトを見つめた。
今まで誰にも言えなかったこと。誰にも相談したことがなかったこと。
なぜか、会って少ししか経っていない小狼に話そうという気になったのか・・・少し不思議に思っていた。

「ひとりでいる場面があって・・・けれど・・・わたし、 誰かに話しかけてて・・・とても幸せな気持ちで・・・でも隣には誰もいないの・・・。 不思議だけど解決しない・・・どうしてかわからない・・・。変ですよね、自分の記憶なのに・・・」
「・・・・・・」

もしかして、それがシャオランが渡した対価なのかもしれないと、小狼が悟った。
サクラの中にあるシャオランの記憶、それが対価なのではないかと。
だとすれば、決してその記憶は戻ってくることはない・・・。

「誰かのことを好きだったのに・・・その気持ちだけは覚えているのに・・・でも、そこには誰もいないんです」
「っ・・・」

誰もいない空間。そこにいるハズの人。それはきっとシャオランだ。
そして、そのいない人に好意を覚えているサクラは・・・きっと・・・シャオランが好きだった。
もし、シャオランがおれと同じ気持ちを持つ者なら、ふたりは両思いだったはずだ。
そんな大切な記憶を対価にしてまで・・・シャオランはサクラを守ろうとしている。
・・・果たして、おれとさくらだったらおれはそこまで出来るだろうか・・・。
そんな思考を巡らせていた。

「小狼君?」
「あ、ごめん・・・。過去ばかり気にしていても仕方ない。 君は未来を向いて生きていかなくちゃ。でなきゃ前に進まない。気になるかも知れないけど・・・ 思い出せないものは仕方がないさ。今一緒にいる仲間を大切にしたほうがずっと賢明だと、おれは思うよ」
「・・・ありがとう。そうね、わたし、・・・そうよね。未来はわたしが作っていけるよね」
「ああ」

にっこりと微笑みあう。まるで本当の恋人同士かのように。
大変な旅をしてきたというのに、サクラは本当に純粋な少女、それが印象的だった。

「小狼くーーーーん!」

上空から声が聞こえて、杖に乗ったさくらとシャオランが降りてきた。

「姫!目が覚めたんですね」

とんっと着地してシャオランがサクラに駆け寄った。

「おかえりなさい」
「あ、ただいま帰りました」
「さくらさんとお話してたの?」
「はい・・・」

しゅんっとさくらが杖を鍵に戻した。

「起きてたんだ」
「まあな」
「ごめんなさい、いなくなって。でも、なんにもしてないから!その、ちょっとお話してただけで・・・」
「わかってるって。出て行ったの知ってるし」
「し、知ってたの!?もーう・・・」
「ま、な。シャオランとどこ行ってたんだ?」
「いつものあの樹だよ。だって、あそこ、素敵でしょう?」
「・・・そうだな・・・。なんか妬けるけど」
「お話してただけだって!小狼君だってサクラ姫とお話してたんでしょう?」
「・・・お互い様ってところだな」
「くすっ。そうね」
「・・・さくら、少し散歩してこないか」
「え?あ、どうし」

「話したいことがある」

ぼそっと小狼がさくらだけに聞こえるように耳打ちした。
その声色からさくらはこくっと小さくうなずいた。
なにか、大切な話がある・・・。