そして夜も更けて、さくら・サクラ・小狼・シャオランの4人部屋、
黒鋼・ファイの二人部屋に別れてベッドに入った。
部屋の組み分けは単に知世がおもしろがってわけたものだった。
それに、同じだけれど違う自分に聞いてみたいこともあるのでは、との配慮だった。
サクラは羽根が戻ったときから眠り続けている。傍らにモコナとケロがもぞもぞと入りこんで眠っていた。
カララ・・・。
かすかにベランダに続く扉の開く音がしてさくらが目を覚ました。
シャオランがベランダの柵に寄りかかってぼうっと外を見ている。
そんなシャオランを放っておけずに、さくらがのっそりと起きあがり、そっととなりに立った。
「シャオラン」
「・・・さくら・・・さん」
「さん付けなんてしなくていいよ。さくらって呼んで」
「・・・さくら・・・」
哀しい瞳でシャオランがさくらの名前を呼んだ。
もちろん、サクラとの過去を思い出しているのだった。二度と戻らない記憶を・・・。
「ねえ、ちょっと出かけない?わたし、とっても素敵な場所を知っているの」
「歩いてですか?」
「ううん、もちろん、飛んで。お話ししたいこともあるし・・・ね」
「・・・はい」
さくらとサクラはやはり同じだと、このときシャオランは思った。
魂は同じ。優しい心も、前向きな心も、優しい笑顔も・・・。
「封印解除!
『翔』」
ばさっと昼間のように杖に翼がはえる。
「乗って。大丈夫、落ちたりしないから!」
「はい」
シャオランがさくらの後ろに乗ると、ばさっと大きく羽ばたいて空に舞った。
そんな様子を小狼はベッドの中から見ていた。
「・・・さくららしいな・・・」
そうつぶやいて。
さくらとシャオランがたどり着いた場所は小さな丘に立つ大きな木の上だった。
そこは、さくらと小狼が好んでいく場所で、春には桜が満開になりとても綺麗な樹だ。
満月の今夜、月明かりがくっきりとあたりを照らしだし、虫たちが奏でるリンリンという音が幻想的だった。
そこにさくらが“もっと素敵になるから”と『灯』のカードをプラスした。
「素敵な場所でしょう?わたしと小狼君がよく来る場所なの」
「小狼君と?」
「うん」
「・・・ふたりは・・・どんな関係なんですか?」
じっとシャオランがさくらを見つめる。
小狼と同じ、まっすぐで曇りのない瞳だった。
わたし、この瞳に弱いんだよね・・・なんて思いながらさくらが口を開いた。
「一番、大切な人だよ」
「・・・・・・」
「恋人同士って言った方が早いかな。わたしは小狼君がとっても好き。とっても大切。わたしの一番は小狼君なの」
「・・・・・・」
「シャオランとサクラ姫がどういう関係かはわからないけど・・・」
「・・・・・・」
「シャオラン?大丈夫?」
「・・・はい」
この世界の“小狼”と“さくら”には身分差はない。
一番胸に秘めていた言葉を告げるのに妨げるものはなにもない。
その事が少し、羨ましくもあった。
「聞いてもいいかな?」
「何ですか?」
「侑子さんに・・・次元の魔女さんにモコちゃんを貸してもらってきたんだよね」
「はい」
「シャオランは・・・どんな対価を払ったの?」
「え・・・」
「侑子さんは対価と引き替えに願いを叶えてくれる魔女さんだもの。
なにも払ってない、なんてことないし・・・。
まして、次元移動の力なんか・・・生半可な対価じゃすまないよね?」
「・・・関係性・・・です」
「関係性?シャオランと誰の?」
「サクラ姫との関係です。サクラ姫とは小さい頃から幼なじみで・・・。
もし、サクラ姫の全ての記憶のカケラを集めたとしても、
決して・・・おれに関する記憶は戻ってきません。それが、おれの対価です」
「・・・シャオランは・・・サクラ姫のこと、好きだったの?」
「っ・・・」
さくらの言葉にシャオランはぎゅっと胸を締め付けられた。
そして、こくんと軽く頷いた。
そう。サクラのことが好きだった。
今でも一番大切な人であることに変わりはない。
大切な幼なじみ。初めて恋をした人。今でも一番大切な人。
けれど、過去に積み重ねた記憶はもう、決して戻ってこない・・・。
「そっか・・・。サクラ姫はシャオランのこと・・・もう思い出せないんだ・・・」
「はい・・・」
「・・・つらいよね・・・一番好きな人が・・・自分のことを全部忘れちゃうなんて・・・つらいよ・・・」
「・・・けれど、姫の命には代えられませんから・・・」
「うん・・・。でも、やっぱり・・・つらかったよね・・・。シャオランはそれを乗り越えてきたんだね」
「・・・・・・」
「わたしはサクラ姫じゃないし、
わたしとサクラ姫は同じだけど違う人生を歩いてきたから・・・確実には言えないけど・・・」
「・・・・・・」
「もしね、運命っていうものが存在していて、
それはどこの世界に行っても同じであれば・・・サクラ姫はきっとシャオランの事を好きになるよ」
「・・・どうしてですか?」
「だって、わたしが小狼君の事が好きだから。きっと、運命だって思うから」
そう言ったさくらが月明かりに照らされて、とても美しく思えた。
自信を持って、誰かを好きだと言えるさくらを、シャオランは素敵だと感じた。
「過去は失われてしまったかも知れないけど、未来は作っていくことができるから。だから、・・・頑張って」
「・・・ありがとう・・・さくら・・・」
「そうだ!シャオランに無敵の呪文、教えてあげる」
「あ、おれは魔法は・・・」
「魔法じゃないの。でも、無敵の呪文なの」
「?」
「『絶対だいじょうぶだよ』 これがわたしの無敵の呪文。これがあれば、なんでもできるの」
「『絶対だいじょうぶ』・・・」
「だから、シャオラン、つらいことも多いと思うけど頑張って。
そんなに重い対価を差し出すほどの願いを・・・叶えてね。サクラ姫を好きだと思う気持ちを忘れないであげてね」
「はい」
今、隣にいるのは、お互い想い合っている相手じゃない。
けれど、違う世界の思い人。他人だけど他人じゃない。知らない人なのに知っている。
妙に安心できるのはそのせいかもしれない。こんなにも、穏やかに話が出来るのもそのせいかもしれない。そう思えた。
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