そして、バレンタイン当日。

前日に用意したクッキー。
かわいくラッピングされた箱。
小狼のためだけの特別仕様だ。
藤隆、ケロ、桃矢、雪兎そしてひいおじいさんには トリュフチョコレートを用意した。
なんだか、小狼だけチョコでないと思うと、好きじゃないみたいだけれど
・・・チョコより大事なものを包んだクッキーなんだから! とさくらは心の中で呟きながら朝支度をした。


うきうきした足どりで学校まで向かい、下駄箱前でバッタリ小狼に会った。

「あ!おはよう、小狼君っ」
「おはよう」

いつも通りの挨拶を交わす二人。
パカッと小狼が自分の下駄箱を開けると、 どさっと可愛らしいラッピングの箱が数個落ちてきた。

「・・・!」
「・・・・・・」

恥ずかしがり屋の女子数名が入れて行ったらしい。
他人のチョコが入っていても、小狼とさくらの仲が知れていても、 小狼を好きでチョコレートを渡したい子がいるらしい。
小狼が人気者なのはさくらも十分承知していた。
小学生のときとは全く違うのだから。
すらっとしたスタイルに背丈、鍛えられた身体つき、 ポーカーフェイスにかいま見る優しい微笑み。
それでいてスポーツも抜群で勤勉。 女の子ならば誰でも憧れるような人に成長していた。
欠点と言えば、さくらに弱いことだろうか。
さくらの前での小狼が、ポーカーフェイスでなく、 いつも優しい雰囲気で、甘い眼差しを送っているのを、知世くらいの観察力があれば知ることができるだろう。

そんな小狼がモテないわけはなかった。
このチョコレートが良い例だ。

「・・・ったく・・・」

小狼がしぶしぶ落ちた箱を拾いあげる。
本人が渡しにくれば断ることも可能だが、 押し付けられたらどうすることもできない。
小狼はこのチョコレートをどうするべきか・・・と考え始めた。

「えと・・・わ、わたし先に行くねっ」

さくらがパッと小狼の横を早足で通り過ぎた。
わかってはいたけれども、やはり目の当たりにするとショックだった。
そんなさくらをの背中を小狼が言いかけた言葉を飲み込んで、目で追っていた。
さくら以外の女の子も小狼に好意を抱いている。
さくらの存在を知っていながらもこうしてチョコレートを贈るほどの勇気。
もし自分が彼女たちの立場だったら、チョコレートを贈ることができるだろうか。
もしかしたら彼女たちの方が小狼のことを好きかもしれない ・・・そう思うと不安になった。
小狼への包みはカバンの中。妙にそれがさみしく感じられた。


「・・・李君にはお渡しになりましたか?」

登校してきた知世が聞いた。
小狼はあいにく、別のクラス。今どうしているのなんて見当もつかなかった。
机に突っ伏してさくらが

「・・・まだなの・・・」

とぽそっと言った。

「朝、お会い出来なかったのですか?」
「会えたんだけど・・・」
「・・・もしや、下駄箱からチョコレート・・・?」
「・・・うん。4個・・・」

バレンタインには不似合いな空気がさくらを包んでいた。
他のクラスメイトたちは頬をいつもより染めて、 いつ渡そうか、どうやって渡そうか、 どんなチョコレートにしたか、としきりに話し合っている。
友達用に作ってくる子も多く、その場で食べていたりもする。
そんなピンク色の雰囲気の中に、さくらひとり、 失恋でもしたかのような雰囲気だ。

「大丈夫ですわ、さくらちゃん。李君のことですもの。きっとさくらちゃんのチョコレートを待っていらっしゃいますわ」
「小狼君のことじゃなくて・・・」
「?」

下駄箱にチョコレートが入っていたのは小狼のはず。
それなのに小狼のことではないというさくらに知世は疑問符を浮かべた。

「・・・なんであんな態度で来ちゃったんだろう・・・。チョコレートなんて・・・今日たくさんもらう子もいると思うのに・・・」
「さくらちゃん・・・?」
「小狼君が人気あるって知ってるのに・・・。わたしって嫉妬深い?わがまま?」
「・・・・・・」

さくらの独り言のような会話を聞いていた知世は、それだけで大体のことを察したようだ。

「そんなことはないですわ。好きな人に他の誰かがチョコレートを差し上げたら誰だって不安になります。 断る術さえない下駄箱攻撃ですし・・・。つまり、さくらちゃんはそのチョコレートにヤキモチを妬いたのですよね?」
「・・・それもあるんだけど・・・」
「他にも理由が?」
「・・・小狼君にチョコを渡した子たちは・・・きっとわたしのことも知っていて・・・でも・・・それでも小狼君に気持ち伝えようって勇気出して ・・・チョコレート作ったりして・・・。わたしよりも小狼君のこと好きな人なんて一杯いるかもしれなくて・・・。 そのことが何だかショックで・・・。下駄箱に義理チョコ入れる子なんていないもんね・・・」
「さくらちゃんは李君のことをお好きですよね?」
「も、もちろんだよっ」
「その方たちに負けるくらいの“好き”なんですか?」
「・・・そうじゃない・・・と思うけど・・・」
「大丈夫ですわ。さくらちゃんは李君のことを誰よりも信じていらっしゃいますから」
「え・・・」
「離れていても変わらなかった想いなら、心配無用ですわ。それに、李君がさくらちゃんのことをお慕いしていますから」
「・・・・・・」
「せっかくのバレンタインですもの。さくらちゃんもご自分のお気持ちをお伝えになったらいかがですか?」
「?」
「恋人が相手に贈るチョコレートは礼儀ではありませんでしょう?」
「・・・そだね・・・うん。わたしちゃんと小狼君に渡すよ」
「では」

さくらが少し元気を取り戻したところで知世がスッと鞄を開けた。
そして綺麗にラッピングされた箱を取り出した。

「私からさくらちゃんへ」

そう言ってさくらに差し出した。
毎年、知世はこうしてチョコレートをくれる。
そしてホワイトデーにさくらがお返しをするのが小学生の頃からの恒例だった。

「いつもありがとう、知世ちゃん」
「いいえ。よろしければ今召し上がって下さいな。甘いものは心にもとても良いんですよ」


その頃の小狼はというと、教室の机の中に詰め込まれたチョコレートの箱と、 断っても断っても後をたたない女の子にため息をついていた。
自分とさくらの仲を知らない生徒がこんなにいたのか?と疑問に思うほどだった。
何しろ、さくらも小狼も有名で、そんな二人は公認の仲というわけだから。
うんざりしつつ対応している小狼をクラスメイトは“かわいそうに・・・”と横目で見ていた。