そして昼休み。
隣のクラスにいる小狼に会いに行くために今日は教室で昼食を取り終えた。

「さあ、さくらちゃん。お昼休みが終わってしまう前に伺わないと」
「うんっ」

特製クッキーの入った小さな紙袋を取り出した。
両想いなのに片思いみたいにドキドキするなぁとさくらが思っていると。

「さくらちゃん、李君が呼んでるよ」

さくらの友人のひとり、佐々木利佳が微笑みながら言った。
利佳も知世と同様に他人の心を見抜くのが上手いひとりだ。
さくらの様子から、ふたりに何かあったのだろうと察しているらしい。
利佳と知世は視線を合わせると小さく頷いた。

「えっ」

ぱっとさくらが扉を見る。 そこには誰もいない。

「廊下にいるの。ほら、早く行ってあげて」
「う、うん」

小狼がさくらのところに来て、呼び出すなんて珍しい。
たいていは、廊下ですれ違うときに挨拶程度に話すくらいで、呼び出してまで話すことは少なかった。
ガラッ。 扉を開けると、廊下の窓の手すりに寄り掛かった小狼がいた。
その姿に一瞬、さくらは幻でも見ている気分になった。

「呼び出してすまない」
「え、あ、ううん。大丈夫」

ぎこちなくさくらが答えた。
いつもの小狼だ。

「・・・場所を変えよう。ここじゃ落ち着かない」

小狼がため息混じりに言った。
コソコソ、チラチラと廊下を通る生徒が二人のことを見ていた。
くいっと小狼がさくらの腕をとり、引っ張りながら歩き出した。
さくらも何も言わずについていく。
たどり着いたのは小狼がお気に入りの場所としている、屋上だった。
人気が常になく、乾燥した空気だけが通り過ぎる場所だ。
小狼はここの静けさが好きだと言う。

するっとつかんでいた腕を自由にし、さくらと向きあった。

「あのねっ小狼君っ」

小狼が振り向いたのとほぼ同時にさくらが勢いよく言った。

「え」
「あのっ・・・朝はごめんなさい・・・」
「・・・なんだ、そんなことか。気にしてない」
「それで、えっと・・・その・・・」

スッと紙袋を差し出す。

「わたしっ小狼君が好きですっ」

その不意打ちな言葉に小狼が一瞬驚きの表情を浮かべて、思わず赤面した。
予想外のことだったらしい。
バレンタインに恋人から、片思いの人からされるような告白をされるとは思いもしないだろう。

「・・・ありがとう」

すいっとさくらの手から紙袋をさらった。

「おれも、さくらが好きだよ」

そう軽く言って、空いたさくらの手にぽんっと包みを置いた。

「えっ」

なくなったはずの手の重みがもどり、小狼のその言葉に頬を染めながらさくらが前を向いた。
綺麗にラッピングされた箱。
小狼もさくらにチョコレートを用意していてくれたのだ。

「バレンタインがこんなに大変だとは思わなかったけど・・・さくらにもらえるなら良いかもな」

そう言って、小狼が優しく微笑んだ。

「あのねっ、今年はチョコじゃないの。って言っても、わたし直接渡したのって初めてだけどっ・・・。
でもでも、もっと大切な事詰め込んだからっ・・・その・・・えと・・・小狼君だけのためだから・・・他の人に絶対あげないでね!」

さくらが必死にそう言った。
わざわざチョコレートでないことを弁解する必要性はないけれど、どうしても言っておきたかったのだ。
小狼のためだけのものだと。

「あ、ああ・・・わかった。まあ、他の奴らには大量なチョコレートを消費してもらってるところだし・・・な」
「え・・・?」
「もらったヤツ。一人じゃ食べきれないし・・・これだけあれば十分だ」

ひょいっとさくらの渡した紙袋を示した。
そう、小狼のクラスではもらったチョコレートを開封して、それぞれ一口ずつだけ食べて、
他を寂しいクラスメイトに食べてもらっているのだった。

「・・・ちゃんと・・・メッセージとか読んだ?」
「まあな。でも心配いらない。おれにはさくらのだけでいいから」
「・・・ありがとうっ」

ぱっと笑顔が咲いて、さくらが小狼の腕にからみついた。
全く、小狼はさくらの笑顔に弱い。どんなにポーカーフェイスでも、強がっても勝てない。
世界で一番、大切なもの。

クッキーの中身はチョコレートよりも甘い言葉。
何よりも大切な言葉。
一番好きな人にだけに見てほしい言葉の数々。
“大好き”という気持ち。



―――後談

一人暮らしのマンションに帰り、さくらからバレンタインにもらった紙袋から箱を取り出す。
さくらにしては珍しく、メッセージカードも何もついていない。
綺麗にラッピングされた箱に丸いチョコレートクッキーが入っているだけだった。
ブラックコーヒーを片手に、小狼がおもむろにひとつ選び出して手に取る。

「・・・軽い・・・?」

クッキーの見た目と重みを比較して、もしやと思いパキッとクッキーを割った。
中には細長く切った紙が一枚入っている。

「フォーチュン・クッキーか。占いならクッキーでなくてもいいのに・・・?」

と呟きながらも、紙を取り除き、クッキーを口に放り込んでから、くしゃっとした紙を広げた。

「なっ・・・」

思わず絶句する。
そこには小狼への気持ちを一行でつづってあった。
占いではなく、愛の言葉の入ったクッキーということだった。
その突然の文字に小狼の鼓動は予想以上に速まっていた。

「も、もしかして、これ全部こんな感じのクッキーなのか・・・?」

そろっと箱の中を見る。まだ軽く7個くらい入っていた。

「・・・一日一個・・・じゃ・・・ダメになるか・・・。おれ、もつかな・・・」

そうブツブツ言いながら箱を覗きこんでいた。
一日でこのクッキーの中身の言葉を全て見るのは心臓に良くないらしい。
しかし、一日一個では無添加保存料なしのクッキーはダメになってしまうかも知れない。
中身のメッセージが気にならないと言ったら嘘になる。

「してやられたって感じだな・・・。来年のさくらのチョコレートはウイスキー・ボンボンにでもするか・・・?」

ふうっと一息ついて、もう一つ頂くことにしたようだ。

**fin** 2006.02.14.