「さあ、着きましたわ」
「うわぁ・・・すごい!」
「・・・あの家あって、この別荘ありって感じだな・・・」

運転手が開けたドアから滑り降りて、目の前に現れた洋館を目にして、 さくらと小狼が声を上げた。
ヨーロッパの古い洋館のような作りをしている。
もちろん、大きさは言うまでもない。
ドラマや映画の撮影に使われているんじゃないかと思うくらいに、 立派なところだった。
周りは木々で覆われ、数十メートル先には湖があり、 木立の間から水面がキラキラと輝くのが見えた。

「素敵だねっ!外国に来たみたいっ」
「ここは古い洋館をイメージしてるんです。近くに湖もありますし、 撮影にはピッタリなんですわ」
「確かに・・・これだけ街から離れてれば何をしても大丈夫そうだな」
「ささ、中へどうぞ」
「大道寺」
「はい?」
「日帰り出来るのか・・・?」
「・・・・・・出来ればお泊まりいただけるといいんですが・・・」
「えっ、お泊まり?わたし、お父さんに言ってこなかったよ〜」
「明日の予定は大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だけど・・・」
「おれも特にはない」
「では、さくらちゃんのお家にはこちらから連絡いたしますわ。 着替えも用意させますから。ね?」
「ありがとうっ」
「・・・もしかして計った?」
「何のことでしょう?」

くすくすと軽い笑みを漏らして、知世が小狼と目で会話した。
小狼ははあっとひとつため息をつくと、先を歩くさくらのことを追いかけた。



「うわあっ、可愛いーっ」

さくらが通された部屋に歓声を上げた。
洋館の館らしく、中身も古い洋館のようだった。
アンティークの家具、淡く渋い色合いのカーテン、オレンジがかった光。
このまま映画の撮影にでも使えそうだった。

「すごいな・・・古い映画にでも出てきそうだ」
「ほほほ。館中統一してありますので」
「もしかして、セットスタジオとかなしで撮影出来るんじゃないか?」
「ええ。そのつもりですわ」
「ほえー・・・」

一通り館の中を知世が案内して回って、ふたりの部屋まで通した。
この館には事前に連絡がいっていたらしく、メイドや執事もそろっていた。
もちろん、撮影スタッフも数人すでに到着していた。




「さぁ、さくらちゃん、よろしくお願いしますね」
「う、うん」

昼食を取り終わった後、撮影の衣装がずらりと置いてある控え室で、 にっこりと知世が告げた。
新ブランド“エンジェル・ウィング” はどれも白を基調とした甘いテイストの服だった。
色も、パステルカラーを中心に、淡い色だけを使っている。
白いレース、ピンクのリボン、ふわふわのスカートにひらひらのフリル。
けれど、どれも私服として使えるような、 決してドレスやコスプレにはならない服だった。

「すっごく可愛いねっ」
「ありがとうございます」
「これ、全部知世ちゃんがデザインしたの?」
「いえ、私は少しだけですわ。まずは」

一着クローゼットから知世がさっと取り出した。

「こちらをお願いしますv」



こうして撮影はスタートし、次々と服を着替えてはヘアメイクをして撮影していった。
時にはウィッグを着けて、ロングヘアーになったりして、 普段見れない自分の姿にさくらは上機嫌だった。
それに、どの服を撮影するときにも、 ブランド名にかけて“天使の翼”を背負っている。
作り物とはいえ、軽くて良くできたもので、下手にCG加工するより上出来だった。
小狼と知世は撮影の間さくらのことを見るばかりだった。

「なあ、大道寺」
「はい」
「おれは何でここにいるんだ?」
「どういう意味でしょう」
「おれがいなくても、さくらの撮影だけなら問題ないだろうってこと」
「・・・李君は、さくらちゃんの笑顔の元ですから」
「え?」
「小狼くーん!知世ちゃーんっ」

ぱたたとさくらが走ってきた。

「休憩だって!カメラのフラッシュばっかり見てたから疲れちゃったよ」
「では、お茶にいたしましょうか」
「うんっ」

さっと知世が動き、お茶の用意をするようにと告げた。
そして、スタッフと打ち合わせがあるから、 先にリビングに行っていて欲しいと二人に告げた。
その言葉に従い、小狼とさくらは慣れない館の中で、 最初に通されたリビングへと向かった。

「お疲れさま」
「ありがとっ。でも、知世ちゃんのお洋服ってどれも可愛いから、着れて嬉しいなっ」
「・・・・・・確かに、今回のは、どれもまともだな」
「ほえ?」
「昔の・・・ほら、カード集めてる時の服は何というか・・・すごかったから」
「あれは特別なときに着る衣装だからじゃないかな。今回は普通のお洋服だもん」
「ああ」
「でも、まさか天使の翼を付けるなんて思わなかったよぉ」
「ブランド名にかけてるんだな。“エンジェル・ウィング”、天使の翼だから」
「良くできてるよねっ、あの翼。とっても綺麗だし、軽いの」
「『翔』でも使えば手っ取り早いのに」
「他の人がいるのに魔法は使えないよう」
「言ってみただけだって」
「ねえ・・・」
「何?」
「えっと・・・その・・・似合ってる?」
「え、あ、ああ・・・似合ってる・・・よ」
「ふふっ。ありがとうっ」
「・・・・・・」

小狼が少し頬を染めながら、宙をあおいだ。
大道寺はおれに衣装を着たさくらを見せたいがために連れてきたんじゃないか、 と一瞬思ったくらいだった。
言葉にはしなくても、小狼はずっと、撮影の合間、 さくらのことを見つめていたし、着ている衣装はどれも似合っていて、 とても可愛いと思っていた。
翼を背負ったさくらが、本当に一瞬、天使なんじゃないかと思ったりもした。



「今日はあと一着だけお願いします」
「これでおしまい?」
「ええ、残りは明日。明日は外で撮影したいので」
「わかった。頑張るよっ」
「ありがとうございます」

そう言って、さくらに服を手渡した。

「今回のは、ファンシーでキュートで、でもちょっとカジュアルで・・・ 動きやすさを重視したものですわ」
「ブーツなんだね。これは・・・?」
「コルセット風のものですわ。付けるときはお手伝いします」
「ありがとう。じゃあ、ちょっと着替えてくるねっ」
「はい」


「知世ちゃん、これ、可愛いねっ」
「まぁ、気に入っていただけましたか?」
「うんっ。動きやすいし・・・他にも色々組み合わせが出来そう」
「ありがとうございます。さあ、出来ましたわ。李君にも見せて差し上げましょう」
「うん!」

ふたりでにっこりと微笑み合ってから、撮影する部屋へと向かった。

「小狼君っ」
「やっと来た」
「ね、ね、これどう?」
「さっきまでとテイストが違うな」
「もーう、そうじゃなくて」
「よく似合ってる。さくらにぴったり・・・だな」
「えへへっ」
「さくらちゃん」
「はーい、いま行きます!」

甘すぎず、それでいて可愛くて、 動きやすそうな服はさくらによく似合っていると小狼は思った。
ふわふわのスカートも、綺麗なレースも、甘い色合いの服も、 どれもさくらには似合ったが、やはりこのくらいがちょうど良い、 と小狼は小さく微笑んだ。