『天使の翼』

ピンポーン。

「はい」
「あ、木之本です」
「伺っております」

ギギギギ・・・。
大道寺家の大きな門が左右に大きく開いた。

「いつ来ても本当にすごいな、大道寺の家は」
「うん。わたし初めて来たとき、びっくりしちゃった」

小狼とさくらは、門をくぐった。
今日は知世の招待でふたりそろって大道寺家に出向いている。

「知世ちゃん、何のご用かな?」
「さぁ・・・とにかく来てくれって言われただけだし・・・」

広い広い庭を、真っ直ぐに玄関ホールへと続く入り口へと向かった。
もう何度も来ているので、迷う心配はない。

「さくらちゃん!李君!」

ふたりが庭を横切っているとき、綺麗なソプラノボイスが響いた。
紛れもない、知世の声だ。
ふたりで声の方に振り向く。

「知世ちゃん!」

ぱたぱたと知世が走ってきて、ふたりの前で立ち止まった。

「お待ちしておりました。今日はわざわざお呼びしてしまってすみません」
「ううん。大丈夫だよ」
「ああ」
「実は、さくらちゃんにちょっとした仕事を頼まれて欲しいのですが・・・」
「お仕事?」
「??魔法関係か?」
「いえ、そうではなく・・・」
「じゃあ、おれはいなくても」
「いいえ、いて欲しいんです。ダメでしょうか?」

小狼とさくらが顔を見合わせた。
“ちょっとした仕事”が何かということを明かされていない。
いったいどんな事が待っているかわからない。
しかし、知世が言うのだから、危ないことでもないだろうとふたりは思っていた。

「うん、いいよ。知世ちゃんのお願いだもん」
「仕方ないな・・・」
「まぁ、ありがとうございます!では、こちらへ・・・」

特上の微笑みを浮かべて、知世はにこにこと道案内を始めた。
今日は土曜日。遠出することも出来ない。
きっとこの屋敷の中で何か困ったことがあるのだろう。
ふたりはそう思っていた。
そう、案内されたところのものを見るまでは。


「ささ、乗ってくださいな」

にっこりと知世が導いたのは、どーんと構えた車だった。
普通の乗用車ではない。俗に言うリムジンというやつだ。
運転手がぴしっとした姿勢でドアを開けて、客を出迎えている。

「と、知世ちゃん・・・?」
「帰ってこられないほど遠くには参りませんわ。ほんの近場です」
「あ、うん・・・わかった」
「大丈夫なのか・・・?」
「まぁ、李君、私を信用していらっしゃらないのですか?」
「いや、そういう、わけじゃ・・・」
「では、どうぞ」
「・・・ああ」

さくらも小狼もほんの少しの不安を抱きながら、 生まれて初めてのリムジンカーに乗り込んだ。
中は広々としていて、革張りの高級そうな座席がどんと身構えていた。
明らかに、一般家庭にあるソファよりも高いだろう。
二人掛けの座席が向かい合い、その間にはテーブルが置かれている。
冷蔵庫もワインセラーもそれを飲むための食器も完備してある。
まるで外国の有名スターが乗っているような、異空間とも言える場所だった。
知世も一緒に乗り込むと、運転手がドアを閉め、静かに発進した。

「ねえ、知世ちゃん。どこまで行くの?」
「別荘までですわ。ここから1時間半ほどで着きますから」
「別荘?」
「ええ。ご心配なく、さびれたところではありませんから」
「大道寺家に限ってそんな別荘あるはずがないだろう」
「おほほほ」

そう軽やかに笑うと、知世は備え付けの冷蔵庫から缶ジュースを取り出して、 ふたりの前に置いた。

「すみません、お酒ならたくさんのっているのですが、紅茶とかはなくて」
「ううん、これでいいよ。ありがとう」
「まぁ、リムジンなら酒が主流だろうな」

カシュッと缶ジュースを開ける音が3つ響いて、 それから、知世がばさっっと中央の机に紙を広げた。

「何?」
「今回お願いしたい“ちょっとした仕事”ですわ」
「??」

さくらと小狼が、広げられた紙をまじまじとのぞき込んで読み始めた。
その間、知世はにこにことして、ふたりの反応を待っていた。

「えっと・・・これは、その・・・知世ちゃんの趣味?」
「いいえ。“仕事”ですから」
「つまり・・・大道寺コーポレーションの方でということか」
「ええ。エンジェル・スマイルというブランドをご存じですか?」
「うん、知ってるよ。確か、子ども向けの洋服ブランドだよね」
「ええ。大道寺グループでやっているブランドなんですが、 今度女性を対象にしたエンジェル・ウィングというブランドを立ち上げるんです」
「へぇ・・・。きっと可愛いお洋服がいっぱいだろうねっ。 エンジェル・スマイルって、ふわふわ可愛いお洋服が多くて人気って テレビでやってたもん」
「ありがとうございます。そこで、 さくらちゃんにパンフレットの撮影をお願いしたいんですわ」
「え?」
「それが、この、衣装と撮影案・・・ということか」

トントンと小狼が紙を叩いて言った。
紙には知世が描いたと思われる服のデザイン、配色、 そして撮影の時のバックイメージが描いてあった。

「ええ。衣装の方をお母様が私にまかせてくださるということだったので。 私も数点、デザインさせていただきましたし」
「でも、なんでわたし?もっと素敵なモデルさんに頼めば・・・」
「そうだよな。大道寺コーポレーションが、モデル代をケチるとは思えない」
「私の作った服は、さくらちゃんに着ていただきたいんですわ。 天使と言えば、さくらちゃんですものvv」

キラキラとした瞳で知世が満足げに言った。
つまり、他のモデルではなく、さくらに着て欲しいという、 ただそれだけの理由だった。

「そして、私も撮影する!幸せですわvv」

ぱっと自分のビデオカメラを持ち出した。
どうやら撮影風景を撮影するらしい。

「えと・・・」
「ま・・・いつものことか・・・」
「ダメでしょうか?さくらちゃん」
「ううん、いいって言ったし、わたし知世ちゃんのお洋服大好きだからやるよ!」
「ありがとうございます」
「でも、そんな大きなことのモデルなんて・・・」
「大丈夫ですわ。さくらちゃんのお母様はモデルだったじゃないですか。 さくらちゃんもきっと素敵に写りますわ」
「お母さんのお仕事・・・か・・・」
「さくらの母さんはモデルだったのか?」
「ええ。撫子おばさまはとっても素敵なモデルさんでしたの」
「おばさま?」
「お母様のイトコがさくらちゃんのお母様、撫子さんなんです」
「・・・てことは、大道寺とさくらは親戚関係?」
「ええ。遠いですけれど」
「はぁ・・・」

知世の母とさくらの母の繋がりを初めて知った 小狼は頭の中で家系図を作り上げて驚いた。
まさか、親友のふたりが、遠いとはいえ 血縁関係があったとは思いもしなかったのだ。

「ねぇ、知世ちゃん。この衣装って・・・」
「用意してありますわ」
「もしかして、ちょっとまえに採寸したのってこのため・・・?」
「すみません、内緒にしていて」
「全然気がつかなかった・・・」

約一ヶ月半前、知世が今度作る洋服の参考にとさくらの採寸をしていたのだった。
採寸はいつものことだったので、さくらも気にせずに引き受けていた。
バトルコスチュームが必要なくなった今でも、 知世はさくらの服を作ってはさくらに着せ、 何かと理由を付けては撮影したりしていた。
こうして、さくらの「エンジェル・ウィング」用の撮影契約が交わされた。
報酬は知世の服を一着、無料。さくらはもらえないと言ったが、 “仕事”だから、と小狼にまで説得させられたのだった。