パーティーの30分前に髪型を直すために係の子が来てくれて、他にも身支度を調えてくれた。
ついでに、湊も。
パーティーでは式典や歌会のようにはいかない。
色んな人に話しかけられるし、挨拶しなきゃいけない。
このパーティーが、湊にとっての王族の一員としての最初の大舞台になるのね。
支度を終えたら、時間通りにパーティー会場の控えの間に移動。
今日は朝起きたときから1人になる瞬間が少なすぎるわ・・・。


「おお、来たか」
「お疲れ様、ふたりとも」
「父様、母様!」

広間へ続く控えの間にはすでに父様たちが待機していた。
そっと会場に繋がる幕の隙間から会場を覗いてみると、そこにはすでにお客様がたくさんいらしていた。
姉様たちもウィルも、真珠たち貴賓客も、もちろん既に会場にいる。

「どう?湊。式典は」
「琴音様。・・・何とも言えないですね・・・初体験なことばかりで」
「そうよねー。私も結婚式典では戸惑ったものだわ・・・。もっとも、私は舞台にのる人だったから、人前は慣れっこだったんだけれどね」
「琴音様の時も同じような感じで?」
「ええ。式典は歌音が人間界式を入れたから違ったけれど・・・疲れるわよねえ、一日中見世物だもの」
「おいおい琴音、それはないんじゃないか?」
「あら、事実じゃない」
「王族はそれが務めの一つだよ」
「私たちは王族の生まれじゃないもの。もともとの立場が違うわ。でも、そうね、そのうち慣れるわ」
「そう、ですね」
「これが今日最後の舞台だ。まあ、楽しんでいきなさい、ふたりとも」
「はい、父様」
「努力します」

くすくすと母様が笑って、湊の頭をぽんぽんっと撫でた。
王族として生まれなかった者にしかわからないこともあるんだと思うわ。
わたしたちは生まれながらに「王族」という看板を背負って生きてきたから・・・。
少しすると係の人が開始の時間を知らせに来てくれて、先に父様たちが会場へと向かった。

「悠斗君や湊のご両親もいらしてるのよね?」
「もちろん。ここで来ないようなら病気にでもなってるとしか思えないね」
「悠斗君に会うのも久しぶりだわ」
「俺も」
「あ・・・・・・それもそうね。ずっと城にいたんだものね」
「そう。ところで、どれくらい招待したんだ?」
「えなと沙羅には招待状を出したわ。それから、もうあと何人か・・・それに先生方。わたしたちに共通の人たちだけになるけれど」
「そっか。じゃあ、少しは懐かしい顔が見れるんだな」
「そうね」

ふいに、そっと湊がわたしの手を取った。
そして少しだけ、わたしのことを引き寄せる。
トンと肩と肩が触れあった。

「湊?」
「・・・何でもない」
「・・・・・・うん」

握られた手を軽く握り返す。

「さ、行きましょ」
「ああ」

合図と共に、パーティー会場へと繰り出していった。
広い広い室内にたくさんのテーブルとパーティー料理。
壁は全て装飾が施され、花やカーテンが華々しく彩っている。
明かりも普段よりキラキラと輝きを増すように追加されているし、 会場の隅にはBGMを奏でてくれる小さな楽隊がちょこんと別の空間のように設置されている。
そこに集まった人魚や魚たちが、拍手で迎えてくれた。
全員ドレスアップしている。
王宮で開かれる、王族の結婚式の、完全招待制のパーティーともなれば、着飾るのが礼儀というものだものね。
父様と母様のいる席よりも手前に用意された指定席まで泳いでいって、二人して皆様に一礼。

「皆様、今日はわたしたちの結婚披露パーティーへようこそおいで下さいました。 ひとときではありますが、楽しんでいって頂ければ嬉しく思います。どうぞ、気軽に声をかけてくださいませ」

挨拶をして、指定席に並んで腰掛けた。
父様と母様には一人一つ席が設けられているけれど、ここは新婚の席ということで、長椅子になっている。
つまり、隣り合って座れということなのよ。
挨拶は王族の務めだから、わたしがすることになっている。
父様からの乾杯のお言葉があり、BGMの音楽がゆるやかに流れだして、パーティーの開始となった。

「・・・30分はここにいなきゃいけないんだっけ?」
「そうよ。ご挨拶に来てくれる方のお相手をしないと。それに30分くらいすると皆様結構肩の力が抜けるのよ」
「なるほど・・・」

気を利かせた係の人たちが、簡単な飲み物とお菓子を可愛らしく飾ったものを椅子のサイドに用意してくれてあった。
その場にあっても飾りとして見えるように、と配慮してくれているのね。
そして、最初にわたしたちに会いに来てくれたのは、紛れもない、湊の両親と弟の悠斗君だった。

「姫様、お久しぶりです」
「本来ならこんな場所ではなく、別にご挨拶差し上げるのが礼儀かと思いますが、お許し下さい」
「お久しぶりです。いえ、気にしないで下さい。本当に。わたしの方から伺わないといけないくらいですのに・・・申し訳ないですわ」
「いえいえ、歌音さんはきちんと来てくれてたじゃないですか」

ご両親がうやうやしく礼をしたその横から、ひょこっとにこにこ笑って悠斗君が顔を出した。
普段なにもしなくてもカッコイイのに、きちんと正装した彼はほんとに素敵だった。
人間界で言うなら『まるで王子様』のよう。
ちらほら、お客様方の女性の視線が向けられているのもわかる気がするわ。

「悠斗君!お久しぶりね。ますます素敵になって」
「お褒めにあずかり光栄です・・・なんて。兄貴も、久しぶり」
「ああ。元気にしてたか」
「おかげさまで、色々と聞かれて大変な日々を過ごしてたよ」
「なるほど。苦労かけてすまない」
「全然、問題ないし。それに、お姫様が義理のお姉様になる、なんていう、ちょっと嬉しいこともあるし自慢だよ」
「こら、悠斗!すみません、姫様」
「ほ、ほんとに気を遣わないで下さい。だって・・・なかなか会う事も一緒にいることも出来ないですけれど ・・・わたしたち家族じゃないですか。血のつながりがなくても、みなさんわたしの家族だわ」
「義理の娘が姫様だなんて誇らしいじゃない?」
「悠斗!まったくこの子は・・・。でも・・・そうですね。うちは息子二人だったから、女の子は嬉しいですね」

ひらりひらりと、まるで波に漂うかのようにこなす悠斗君と、緊張気味のご両親という図がちょっと面白い。
わたしの事をお姫様として扱ってきたか、そうじゃないか、という差が出てるのね。
悠斗君が言ってくれた『義理の娘』や『義理の姉』という言葉が、なんだかくすぐったくて、でも嬉しかった。
それに、悠斗君はわたしの義理の弟ということになるのね。
こんなに素敵な弟が増えるなんて、嬉しいわ。

「歌音・・・俺の家族がこんなんでごめんな」
「え?何も謝られることないわ。むしろ・・・わたしのほうが・・・」
「歌音様、ここは祝いの場ですから。こんな息子ですが、どうぞよろしくお願いします」
「・・・ええ、お父様、お母様」
「父さん、母さん、なかなか会いに行けなくなるけど・・・たまには行くよ」
「ぜひ、二人で来てね」
「ほら、父さん母さん、今日の主役を独占しちゃだめだろ。そろそろいこう。それじゃあ、また」
「あ、待って下さい!よかったら父様たちにも会っていって。ご挨拶したいって言ってたから」
「・・・・・・・・・・・・・・・」

わたしのその一言に、3人がぽかんと固まってから、苦笑いした。
普通に考えれば王様に“会っていって”はないと思うけれど、父様たちに直に会える機会は、わたしに会う事よりも難しいから。
逆もしかり。
父様たちが軽々しく湊の家を訪ねることは難しいし、お呼び立てするのもちょっと・・・ね。
悠斗君が湊に小声で“歌音さんっていつもこうだよね”なんて笑いながら言ったのが聞こえた。
それから、“ほら、せっかくの機会だから行こう”とご両親をぐいぐい押して、後ろの席へと近づいていくのが見えた。

「・・・歌音はやっぱ歌音だなあ・・・」
「なによ、それ・・・」
「歌音!湊!ひさしぶりーっ」
「招待ありがとう!あ、湊もおめでとー!」

間をあけずに続いて現れたのは学校の同級生である沙羅とえな!
かわいらしく着飾った姿は初めて見た気がする。 2年間留学してしまった手前、学校の卒業パーティーみたいなのには出られなかったし、 歌会なんかでもお客様であるふたりが着飾ることはほとんどないものね。
友人とはいえども、王女と一般人。
頻繁にあったりすることは出来ないし、ここ数ヶ月は人間界に行ったり、 式典の準備で城にこもっていたから久しぶりに会ったことになるわ。

「沙羅!えな!来てくれたのね」
「久しぶりっ」
「それにしても、ほんっっっっと、湊、おめでとう!」

そう力強く言うと、ふたりが真剣な瞳でがしっと湊の手を取った。
思わずきょとんとしてしまう。
湊もあははと空笑いしている。
なんだか今日初めて、湊に向けて「おめでとう」を聞いたような気がする。

「あんた、ほんっと昔から歌音好きだったもんね・・・!おめでとうっ」
「うんうん。歌音が人間界留学に行っちゃった時はどうなるかと思ったけど・・・本当よかったわ!こんな日が来るなんて思わなかった!」
「あー・・・そうだな。ありがとう。確かに、俺色々とバレバレだったよなあ」
「かなり。あんたの周りで気付いてなかったのは当の本人である花嫁くらいよ」
「しゃべらないようにする方の身にもなってほしいくらいだったもん」
「ちょ、わたしそんなに・・・・・・・・・・・・いえ、いいの。姉様たちに散々言われたもの・・・」
「ふふっ。それもあたしは歌音のイイトコだと思うけどね。でもさ、湊のことずっと知ってたから、 だから、ふたりが結婚するのほんとに嬉しいんだよ。おめでとう」
「学校のみんなからも“おめでとう”“よかったね”って言ってきてって言われてるの」
「そう・・・ありがとうって伝えてね」
「もちろん!」
「俺からも」
「うん。じゃ、この辺で」
「またね」
「ええ。今日は本当ありがとう。楽しんでいってね」
「滅多に入れない王宮だもんね!」

それからも、わざわざウィルが挨拶にきてくれたり、真珠たちもきてくれたり、 その他たくさんの方が“一言お祝いを”と席を訪ねてくれた。
会場のあちこちでは姉様たちもつかまっていて、王族は主役でなくても逃れられない運命があることを思い知らされたわ。
約束の30分が大幅にすぎてから解放されて、ふたりで少し会場を回りながらご挨拶。
学校の先生方や、わたしたち姉妹の歌の先生。
さすがに、直接わたしに会ったことがなかった湊のいた職場の方々は、挨拶で声をかけたら慌ててたっけ。
“おまえ、本当に歌音様の恋人だったんだな・・・”なんて言われてたりした。


そして、パーティーの中盤にはダンスの時間が設けられている。
主役であるわたしたちは相手交換をすることはないけれど、お客様たちは相手を代わる代わる交代して踊る、いわば社交ダンス。
こうすることでなかなか話せない人とも少しは会話ができる。
わたしたちは真ん中で踊っているだけ。
つまり、ここでは姉様たちの方がたいへんというわけ。
王女様と踊れる機会はそうそうないし、あわよくば縁談を・・・なんて人もいることは知っているわ。
幸いにも今までのパーティーでもわたしには恋人がいると知れていたから、 縁談をもちかけられたことはなかったけれど・・・姉様たちはそうでもないみたい。
真珠たち、人間界のお客様は踊れないので、その間父様たちとお話ししていた。

「歌音姫、一曲お相手願えませんか?」

ふいに、そう手を差し伸べられた。
この場で、こんな大胆な行動をゆるされる人物をわたしは一人しか知らない。

「・・・ええ、もちろん。ウィリアム王子」

湊と組んでいた手を解いて、ウィルの手を取る。
湊もにっこり笑ってウィルに一礼した。
結婚式典の主役はわたしたちふたり。
いくら湊がわたしと結婚して王族入りしたからといっても、血統はちがう。
王族という身分は軽々しくそれを超えられるものがある。
ここで王子様のお誘いを断るという選択肢は存在しないわ。

「よかった」
「あそこで断るほど、礼儀を知らないわけじゃないわ」
「歌音とはこうやって踊ったことがなかったよね」
「ええ。・・・海音姉様とは?」
「あとで誘ってみるよ」
「まあ」

さすが王子様なだけあって、ウィルの踊りは完璧。
とても踊りやすい。
リードしてくれる仕草も慣れたものだわ。

「・・・結婚披露パーティーで他の男と踊ってよかったの?」
「それを聞くなら誘わないで頂きたいわ。大丈夫よ。ウィルは兄様みたいなものだもの」
「そうだね」

ウィルと長々と一曲分踊ってから、お互いに一礼して離れた。
次の誘いを受けないように、さっと湊のいる指定席へと戻る。
ウィルの誘いを受けたのは王子様だから、よ。
特例中の特例。
姫が王子の誘いを断るわけにはいかないもの。

「お疲れ様」
「ウィルにはいつも驚かされるわ」
「あの人、紫音さんみたいなところあるよね」
「・・・・・・違いないわ」
「かーのん!お疲れ様!!」
「おめでとう、歌音、湊」
「いい結婚式だったわ」
「湊も、お疲れ」

ひょこひょこっと後ろからみんなが顔を覗かせた。

「真珠、雫、あくあ!ありがとうー」
「そっちも、お疲れ様。人間界であんなに色々してもらったのに、返せなくてごめんな」
「それはそれ、これはこれ!お姫様の結婚式に参列できるだけでも大ラッキーよ!」
「ほんと、人間界じゃ無理だからねー」
「ロイヤルウエディングに一般人はね・・・」
「本当はわたしが案内したいのに・・・ごめんなさい」
「歌音も気にしないで!そういえば、ウィルの笛、驚いた?」
「すごく!カノンよね?」
「そう。あたしたちのつたない歌から上手く音を拾ってくれて」
「いつの間に?」
「ふふふー、昨日!」
「俺もびっくりした。俺たちや人間界留学した人魚にしかわからなかったと思うけどさ」
「そこを狙ったのよ。それに、思い出の曲だものね」
「・・・ええ」
「何もお祝いのプレゼント持って来れなかったし・・・ちょっとでも喜んでもらえたなら、歌った甲斐があったね」
「あくあ・・・ええ、ほんとに、ありがとう。今日一番驚いたのはあの曲だったわ」

わたしたちがいないときに、ウィルにメロディーを歌って教えてくれたのね。
歌うのは少し難しいし、真珠たちはきっと歌ったことがない曲だっただろうに・・・。
もしかして、用意してきてくれたのかしら?
練習してきてくれたの?
それをアドリブで入れてくれたウィルの才能にも感謝しなくちゃ。
あの調べを、海で聴けるとは思っていなかった。
少しだけ、透也君と連斗君からのプレゼントみたいにも感じられた。

「また明日、ゆっくり話しましょ」
「うん。じゃ、主役のおふたりはもう少し頑張ってね!」
「ありがとう」

そう言うと、ひらひら手を振って真珠たちは会場へと戻っていった。
人間界から来たみんなが、楽しそうにしているのを見て少し安心したわ。
ここには知り合いもいないし、慣れない世界だろうから・・・。
姉様たちや萌音と愛音がサポートしてくれているおかげでもあるわね。

それからもパーティーは続き、挨拶をしたり会話をしたり、時々お料理を楽しんだりした。


2014.09.16.