「もう、萌音ちゃん、愛音ちゃん、突然だったから驚いたよ」
「だって、今日は歌音姉様と湊兄様の結婚式典よ」
「主役が揃わないと、ですよ」
「僕は面白くて良かったと思うよ」
「ほら、ウィル兄様も言ってるわ!」
「ひっぱっていかれても歌うわけにもいかないし、俺も楽器やっとけばよかったと思ったよ」
「ふふっ、湊は楽器苦手じゃない」
「そうだけどな」
学校では一応音楽の授業があって、楽器もやるのだけれど、湊はなんとか平均点をとるのが精一杯だったという記憶があるわ。
控え室で次のパレードの待ち時間、姉様たちやウィルも一度顔を出してくれた。
萌音と愛音のサプライズ演出を、くすくすと笑いながら姉様たちは「
双子はしゃべらなくてもやること同じなのね」なんて思いながら見ていたという。
「さあ、私たちは城に戻って準備しなきゃ、よ」
「パレード見れないの残念だけど、あたしたちまで行くわけにはいかないもんね」
「姉様たちまでいらしたら、ほんとに大変なことになっちゃいますわ」
「こんな機会めったにないもの。パーティーに来られない皆様にご挨拶してきなさいね」
「はい、海音姉様」
「そうですね」
結婚式典の会場に入れるのは、招待された人のみ。
パーティー会場はもっと厳選された人が招待されている。
つまり、海のみんなに会えるのはこのパレードだけになるの。
この姿を見て貰えるのも、パレードだけ。
わたしたちは、会場に入れなかったけれども集まってくれたみんなに、ご挨拶をしてまわる。
それがこのパレードの本当の意味。
「歌音様、湊様、そろそろお時間なのですが・・・」
パレードの係の人が入り口からそろそろと入ってきた。
王女が勢揃いしているなんて思ってもいなかったみたいで、姉様たちの顔を見てはどきっとしたような表情をしている。
そうね・・・あんまりそろって他の人に会う事なんてないものね。
「ありがとう、今行くわ」
「それじゃ、歌音、湊。私たちは先に城で待ってるわ。いってらっしゃい」
「笑顔よ、ふたりとも!」
「楽しんできてね」
「姉様、またあとで!」
「いってらっしゃいませ」
姉様たちに見送られながら、係の人に連れられて、わたしたちは控え室を後にした。
ふうっと湊が軽く息をつく。
「どうしたの?」
「いや、うん・・・やっぱりさ、王女様方が揃うと・・・まだそんなに慣れないな」
「にぎやかな普通の姉妹よ」
「・・・俺さ、昔から歌音のこともあったから、普通の人たちよりは王女様方と交流があっただろ?
姫様って呼ぶのも、様で呼ぶのもやめてって言われて、さんって呼んでるし・・・
それなりに慣れてるつもりだったんだよ。でも、よく考えたら全員揃ってるところって、
あんまりなかったんだよな・・・。公式な場所でとか、歌会でとかはあったけど、こう・・・私生活で」
「・・・・・・そう言われてみると、そうね。でも、これからはそうもいかないわ。わたしたちは家族なんですもの」
「・・・家族、か・・・規模が違うよなあー・・・」
「規模?」
「庶民の家族感覚だから気にしないで」
「・・・・・・そ、そう・・・」
庶民の家族感覚・・・か・・・。
確かに、湊のお家とわたしたちとでは、だいぶ・・・違うかもしれないけれど・・・。
それでもね、家族なことにはかわりないのよ。
そんなことを話しながら、パレード用のゴンドラの前まできた。
今日はくじらの子供たちにゴンドラを引いてもらうことになっている。
イルカではどうかという話もあったんだけれど、彼らはそんなに長く潜っていられないから。
『あ、姫様!』
「こんにちは。今日はよろしくね」
『もちろんです!おまかせくださーい!』
『はりきっていきますんで!』
「よろしく」
『あ、お婿さん!』
「湊、だよ」
『湊さん。どうぞよろしくです』
子供たちに挨拶をしてゴンドラに乗り込む。
さすがにパレードを生身のままするわけにはいかないから。
人間界でいうところの、車や馬車と同じね。
パレードで通る場所には道と警備がついているし、ゴンドラの前後にも警備がつくことになっている。
そんなに危ないことなんてないと思うけど、一応、とのこと。
自由に王女が街を泳ぎ回れるというのに、この対応。
すこしいきすぎな気がしなくもないけれど、お祭りは何があるかわからないという言い分もわかるわ・・・。
「さあ、姫様。行きますよ」
「ええ、お願いします」
先頭を泳ぐ警備隊長さんが声をかけてくれた。
そして、ゆっくりと列が動き出す。
歌会の会場から、街を大回りにぐるっと一周して城に帰る。
これがパレードのコース。
たったそれだけなのに、たった、それだけのことなのに・・・。
歌会の会場からコースへと入ると、わあっという歓声と拍手と、たくさんの人たち、魚たちに出迎えられた。
こんなにたくさんの人が、ただ、わたしたちを見るためだけに来てくれていたなんて・・・!
「歌音様ー!」
「おめでとうございますー!」
という声から
「湊ー、うらやましーぞー!」
という明らかに知り合いの声まで。
お子さんから、お年寄りまで、たくさんの方がパレードを見ようと集まってくれていた。
左右、どちらの方にも見えるように手を振りながら、時々声をかけながら、ゆっくりと列は進んでいく。
「驚いたな、こんなに盛り上がってるとは思わなかった」
「本当に。ただの結婚式なのにね・・・」
「ただのってことはないだろう・・・王女様?」
「・・・それもそうね」
くすくすと笑いながら、手を振った。
時折、プレゼントと言ってゴンドラに花を降りかけてくれる人がいたり、
みんなで歌を歌ってくれているところがあったり、楽器を演奏してくれているところなんかもあった。
パレードは“新たな王族の家族を知らせに行く”役割も果たしているのに、なんだかお祝いを貰いにまわっているような気分になる。
みんなが笑顔で迎えてくれて、すごく嬉しかった。
わたしたち王女が、王女として顔を出せる場所はごく限られている。
歌会の時。
式典関係。
公の行事。
それ以外は、基本的には一般の方には会う事が出来ない。
街に出られると言っても頻繁にではないし、王女として行っているわけではない。
それに、歌会や式典は限られた人しか入れない。
こうして、みんなに会える事は、実はあまりない。
だから、きっと、みんな、王女としてのわたしに会いに来てくれているのね。
それから、新しく王家に加わる湊のことを見に・・・。
「・・・・・・すごいな、歌音は」
「なにが?」
「いや、歌音だけじゃないな・・・王族の人たちってすごいな」
「なあに、今更」
「だってさ、こんなに大勢の人に見られる事が普通で、それらしく振る舞って、
いつも笑顔で対応して・・・それが当たり前なんだって思ってたけどさ、それってすごいことだよ」
「・・・今は湊も、でしょう?ふふっ、これが初仕事ね」
「まさか、俺なんてオマケみたいなもんだって。本当、外から見るのと実際にやるのとでは大違いだ」
「わたしたちにとってはこれが普通だった。それだけの話よ。きっとわたしが知らないだけで、
湊たちが普通にやっていることが、わたしたちにとっては難しいこともあるわ」
「・・・・・・そうか」
そっと、湊がわたしの肩を抱きよせた。
すると、周りからきゃーっという歓声が上がった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
予想外の反応に、一瞬びっくりして、それから笑ってしまった。
きっと、人間界で言うなら、芸能人みたいなものなのね。
あたたかい歓声をあびながら、ゆっくり、たっぷりと時間をかけて城まで進んでいった。
「すごかったな」
「一生分手を振った気がするわ」
「確かに」
城に戻って、休憩として用意されていた客室で一息つく。
簡単につまめるお菓子と軽食、そしてお茶が用意されていた。
式典開始がお昼だったのだから、当然と言えば当然だけれど、時刻はすでに夕方。
ああ、今日は本当にみんなに会えなさそう・・・。
せっかく悠斗君も湊のご両親も来てて、ウィルも真珠たちもいるのに・・・。
式典だもの、仕方がないのはわかるけれど、残念だわ。
「歌音は衣装替え、あるんだっけ?」
「髪型だけよ。パーティー用に。湊はないわよね」
「ああ。まあ・・・きっとこんなに色々着る事なんて今日一日しかないんだし、堅苦しくても我慢だな」
「くすくす。そうね。人間界の衣装よりはきつくないし、良いんじゃないかしら」
「衣装以外はあっちの方が楽だった」
「そこは・・・仕方がないわね」
ごく限られた身内でやった人間界と、王家を上げての式典ではレベルが違うもの。
同窓会と国を挙げてのパーティーを一緒にしちゃいけないわ。
でも、色々と隠さなくていいぶん、海の世界の方が楽だとわたしは思うわ。
人間界では色々と制約がついてまわるもの。
「なんかさ、非日常すぎて結婚するって感覚がないな」
「お祭りみたいだものね。今日だけよ」
「ああ。さてと、パーティーまであとどれくらい?」
「一時間といったところね」
「少しはゆっくりできるな」
「ええ」
こてん、と、隣に座る湊の肩に寄りかかった。
おかしいな・・・昨日、二ヶ月ぶりに会ったのに・・・。
なんだか毎日会っていたような感覚になる。
あんなに会いたかったのに、それが嘘みたいに思える。
こうしているのが、あたりまえのような・・・そんな安心感があるの。
「ねえ、湊」
「何?」
「・・・・・・いえ、なんでもないわ。呼びたかっただけ」
「変なヤツ」
大丈夫。
今日からは毎日のように会えるわ。
結婚したんだから。
家族なんだから。
わたしたちはずっと一緒よ。
2014.09.16.
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