今日の演奏会の大まかな流れは、
わたしのソロから始まっての姉妹の歌
姉様たちの歌
ウィルの演奏
ウィルとわたしのデュエット
姉妹揃っての歌
という感じになっている。
休憩時間の間に舞台には父様と母様、それに湊、人間界からの特別なお客様たちの席が追加で用意されている。
わたしは、ソロを歌ったら、そこに移動することになってる。
それで、数曲は“お祝いを受け取る”ことができるのよ。
いつもの出番待ちの場所でふうっと一息つく。
いつもと何も変わらないわ。
音楽も、姉様たちも、わたしも。
大丈夫。
ちょっとだけ聴いてくれる人が豪華なだけよ。
そう、自分に言い聞かせた。
しばらくすると、司会の人の開始案内アナウンスが入り、音楽隊の音鳴らしをかねた短いオープニング曲が始まる。
さあ、歌会の始まりよ。
音楽が止んだところで、泳ぎだした。
舞台に出たとたんに、大きな拍手と歓声に出迎えられる。
中央まで出て行って、ゆっくりと丁寧にお辞儀する。
今日はありがとう、という気持ちを込めて、ゆっくりと会場を見渡す。
拍手が小さくなったところで、指揮者に合図を送る。
指揮者が頷くと、しずかに音楽が始まった。
ソロ曲というと、人間界を紹介する意味も込めて、人間界の曲を歌うことが多かったけれど、今日は特別。
今日は結婚式典。
王家が執り行う、特別な重要な式典。
そういった重要な場所でのみ許される曲があるの。
正式な式典で王が臨席の時のみ演奏を許可され、王家の血をひく者のみに伝承され、一般的には伝説とまで言われている一曲。
わたしたち姉妹は歌のレッスンのひとつとして、教養のひとつとして、
ごくごく当たり前のように聴いて育ったけれど、決して外で歌ってはいけないと言われてきた。
今までも、正式な場所で歌ったことはない。
その、滅多にない機会を逃してはもったいないわ。
歌詞はない。伴奏と主旋律が存在するのみ。
本来は楽器で演奏するものだから。
音楽隊のみんなにも、この式典以外での演奏を固く禁止し、楽譜の持ち出しを禁止することで同意してもらっている。
前回演奏されたのは、いつだったかしら・・・。
わたしたち姉妹は楽器を得意としないから、本当に機会は稀なの。
父様が演奏するしかないんですもの。
そんな一曲を、今日、聴いてもらえる、またとない機会だわ。
音楽隊がワンフレーズ演奏し終えたところで、わたしも歌い出した。
純粋な、声だけの歌。
そして、わたしがワンフレーズ歌い終わったところで、海音姉様、紫音姉様、波音姉様が合流した。
姉様たちがふわりと泳いで登場し、わたしの周りを囲むような形でストップする。
舞台の上で交わす、アイコンタクトが好きよ。
にっこりと海音姉様と紫音姉様が笑いながらわたしの手を取った。
ハモリのアレンジを加えられたメロディーが重なり、ハーモニーを作り上げていく。
姉妹4人だけでの歌は、わたしが人間界に行く前を思い出すわね。
もうワンフレーズ歌い終わると、舞台左右から萌音と愛音が加わって、舞台に6人姉妹が揃う。
戯れるように泳ぎだし、中央でふたりが合流すると、ふいにわたしの両頬にキスをした。
それから、わたしを中心に全員で手を繋ぎ、6人で奏でるメロディー。
海音姉様はやさしくふわりとした、包むような中音域を得意とするソプラノ。
紫音姉様は凜と響くメゾソプラノ。
波音姉様は少し低い、アルトボイス。
萌音と愛音は可愛らしいソプラノ。
そして、わたしの声は高めのソプラノ。
同じ音を歌っても、決してひとつの声になる事はない、わたしたちの個性。
全員でワンフレーズ歌って、演奏はフィナーレ。
一瞬しんとした会場が、次の瞬間、わっと割れるような拍手を届けてくれた。
姉妹全員で一礼したあと、わたしだけ向き直って姉様たちに一礼。
それから、用意されている席へと移動する。
舞台から泳いでいくと、湊が席の手前まで迎えに来て手を差し伸べてくれていた。
もう・・・そんな演出きいてないわ。
くすっと笑いながら湊の手を取って、席へと着いた。
「お迎えありがとう」
「いえいえ。すごい、よかった。あの曲って王家の・・・だよな?」
「そうよ。今日は特別。きっともう、聴けないわよ」
「そっか」
引き続き、姉様たちだけの歌が始まる。
思えば、姉様たちの歌を客席から聴くのは、人間界留学をしていたときに突然帰った一回だけだわ・・・。
舞台袖で聴くこととかはあっても、こうして客席で、はない。
正装で、なんて、本当にこんな事でもない限りないわね。
キラキラ、衣装が輝きを反射して、とても綺麗・・・。
歌ってくれたのは、4人で歌会をやっていたときによく歌った思い出の歌。
6人になってからは、歌わなくなってしまっていた歌。
わたしのソプラノのパートを萌音と愛音が歌っている。
ああ・・・こんな風に聞こえる歌だったのね。
「なつかしい歌だ」
「ええ・・・」
湊がわたしの手をぎゅっと握りながらささやいた。
そうね・・・きっと、歌会に来てくれてた人にもそう思ってもらえるわよね。
わたしたちだけじゃないわよね。
姉様たちの歌に目一杯の拍手を贈る。
会場のみんなに手を振ると、さっと退場する。
「本日は、南の海の王子殿下、ウィリアム様がご臨席下さっています。
ウィリアム様は笛の名手としても有名でいらっしゃいます。本日は、
殿下より歌音姫様へのお祝いに、と一曲ご披露して頂くこととなりました」
という、やたらとかしこまったアナウンスが入り、今日のスペシャルゲスト、ウィルが登場した。
わたしたちの前ではほとんど見せることがない、表向きの王子としての顔をして、
ゆっくりと中央まで泳いでくると、わたしの方を見て王族流の礼をした。
そして、笛を構える。
ささやかな音楽隊の伴奏に合わせて、穏やかな音色が会場に響き始める。
やわらかく、あたたかく、けれども芯のある横笛の音色。
「あれ・・・?」
「なに?どうかした?」
「いえ・・・」
聴いていると、どこかで聞いたようなメロディーに気がついた。
この、旋律・・・。
「・・・これ・・・」
「・・・・・・」
まさか、そんなことあるわけないわ。
そう思うけれど、音楽はどんどん進んで、とうとう聞き覚えのあるメロディーをハッキリと奏で始めた。
このメロディーは、パッヘルベルのカノン。
人間界の曲。
ウィルが知っているはずがないのよ・・・!
けれど、やさしく軽やかに奏でられるその旋律に懐かしさがこみ上げてきて、ぎゅっと唇を結んだ。
透也君と連斗君が、わたしにと贈ってくれた曲。
地上での結婚式でも弾いてくれた曲。
わたしにとって、大切な一曲。
どうして・・・ウィルが知っているの・・・?
そうこうしているうちに、曲が終わりを告げ、観客の拍手が降りそそいだ。
「さ、歌音の出番だよ」
「・・・湊、一緒にきて」
「え?」
「お願い。今、一人で行ったら、泣いてしまいそうなの」
「・・・わかった。そのくらいのフォローはするよ」
「ありがと」
ぎゅっと握った手を、さらに固く握りしめた。
自分でもおどろくほど動揺してる。
嬉しくて、わからなくて、びっくりして。
サプライズにもほどがあるわ。
「行こう」
わたしの手を引くように、湊が先に泳ぎだした。
つられるように、わたしも泳ぎ出す。
ウィルの前まで行くと、お互いに軽く一礼。
ニッとウィルが笑いながら、わたしたちにしか聞こえないボリュームでささやく。
「驚いた?」
「・・・とても」
「真珠たちにね、きいたんだ。あのメロディー。歌音の思い出の曲だって。だから、取り入れてみた」
「・・・いつの間に・・・」
「内緒」
「それじゃ、俺は戻るな」
そう、湊がわたしの耳元でささやくと、ぽんっと肩を叩いてから、サッと舞台から席へと泳ぎ始めた。
そうね・・・次はわたしたちのデュエット。
目線だけで湊を見送ってから、ウィルと軽く握手を交わした。
それから、客席に向き直り、ふたり合わせて一礼。
ふたりで一曲を、という合図。
そっと、静かに音楽が始まり、わたしの声とウィルの笛の音色が混ざり合うように、まったりとした響きをホールに届けた。
わたしの声を消してしまわないようにと、ウィルが少し気遣って吹いてくれてくれているのがわかる。
こうして、違う海の王家の者同士が共演することも、こんな機会でもなければありえない。
今日の歌会は初めてがたくさんね。
とても、特別だわ。
わたしとウィルの演奏が終わると、わっと飛んでくる拍手を受けつつ、音楽隊が引き続き次の曲を奏で始める。
そう、いつも歌会で歌う、あの曲を。
曲のイントロを合図にするかのように、袖に控えていた姉様たちも舞台に再び舞い戻る。
ウィルも参加しての、スペシャルバージョンよ。
お決まりの曲とあって、客席からも歓声が聞こえた。
目と目で会話しながら、笑い合いながら、手を取り泳ぎながら、楽しく歌えるこの曲が好きよ。
そうしているうちに、萌音と愛音がついっと客席に近づいていって湊の手を取ると、ぐいぐい引っ張って舞台に向かって泳いできた。
きゃあっという黄色い歓声が上がる。
あっけにとられていた湊が、なんとか笑顔を作っている。
そして、ふたりはわたしの隣に湊を誘導した。
その間も歌は続いていて、わたしもちょっとびっくりしながらも歌う。
舞台に引っ張ってこられても歌うことなどできない湊が、“困ったな”という顔をしつつ、
大げさに演技のような優雅な仕草でわたしに手を差し伸べた。
その様子がおかしくて、おもわず笑ってしまう。
わたしもこのノリにのってあげたほうがいいわね。
ちょうど間奏になったところで、わたしも大げさに王族式の礼をしてから、そっと手を取った。
湊がきゅっとわたしの手を握り、そっと、手の甲にくちづけをした。
観客席からわきあがる甲高い声を聴いていると、なんだか演劇をしているような気になってくるわね。
わたしもお返しに、と、湊の頬にくちづける。
「・・・やられっぱなしは嫌よ」
「大胆なお姫様だ」
それから、また歌が始まる。
普段の歌会はこんなに盛り上がらないから楽しいわ。
特別、ね。
そして、盛況のうちに歌会は幕を下ろした。
2014.09.15.
|