「二人とも、お疲れ様」
控えの通路に入ると、父様がぽんっとわたしたちの頭をなでた。
大仕事が終わって一安心、という顔をしている。
「父様」
「王様」
「おや、それは他人行事すぎるんじゃないか、湊?」
「う・・・・・・お・・・・・・真輝様」
「よろしい。さあ、行きなさい。次は歌会だろう」
「はい、父様。またあとで」
「失礼します」
さすがの湊も父様のことを「お義理父様」とかは呼べなかったようね。
その様子が少しおかしくて笑ってしまう。
確か、母様はお祖父様のことを「お義理父様」って呼んでいたときいたけれど、
それはお祖父様が“娘が欲しかったから、そう呼んでくれ”とおっしゃっていたから、ときいたわ。
そして、そのまま父様に見送られて、わたしたちは控えの間に戻った。
待っていてくれた衣装直しの係の子たちに「おめでとうございます」の言葉をわっと浴びせられながら、
たいして着崩れてもいないんだけど衣装をチェック。
この部屋を後にしたときと違うのは、左薬指の指輪だけ。
特にお色直しなんてものもなく、髪型も衣装もアクセサリーもこのまま歌会もパレードへも行く事になっている。
「かのーーん!」
「お疲れ様」
「いい式だったわよ」
「姉様!」
そう口々に言いながら、姉様たちがひょっこりと現れた。
公式の場でしか見る事ができない、王族の証である衣装をそれぞれに身にまとっている。
キラキラ輝くアクセサリーやお化粧も歌会とはまた違っていて、思わず姉様たちに見とれてしまう。
海音姉様はしとやか、紫音姉様はきらびやか、波音姉様はスタイリッシュ。
そんな印象がある。
「・・・何あたしたちを見つめちゃってるのよ、歌音」
「あ、いえ!姉様たちの正装姿、久しぶりに見たので、つい・・・!その、綺麗だなって」
「もーう、今日の主役は歌音姉様よ!」
「そうよ、姉様の方がずっと綺麗だわ!」
「萌音、愛音」
海音姉様の後ろから、ひょこひょこっと萌音と愛音も顔を出した。
朝は姉様たちに会えなかったから、こうして姉妹そろったことがなんだか嬉しくなってくる。
やっぱり、一緒にいると安心するし、落ち着くわ。
「あーあ、でも、これで正式に歌音は湊のものなのね。寂しいわ」
「ねー、紫音姉様」
ふいに、ぎゅうっと紫音姉様と波音姉様が二人揃ってわたしのことを抱きしめた。
髪飾りが崩れない範囲で、まるで子供のころと同じようにわたしの頭を撫でる。
姉様たちはいつもそうね。
こうしてわたしを抱きしめて、撫でて、少しおどけたような口調で海音姉様に言うのよ。
くすぐったくて楽しくて嬉しい、姉様の愛。
「あら、二人とも、ちょっと違ってよ」
「どこが?海音姉様」
「歌音が湊のものになるのではなく、湊が歌音のものになるのよ」
「それは書類上の話じゃない!」
「でも、事実だわ」
「姉様方・・・。わたしは結婚しても、住む場所も、王女である事も、姉様の妹であることも、何も変わりませんわ」
「感覚の問題よ、歌音」
紫音姉様と波音姉様がウインクしながら言った。
感覚の問題・・・か・・・。
でも、そうね。
きっとわたしも姉様たちが結婚したら、そう思うのかもしれないわ。
「あたしはお兄様が出来て嬉しいわ。ね、萌音」
「そうね。あ、じゃあ、これからは湊兄様って呼ぼうかしら」
「ウィル兄様みたいに?」
「うん、ウィル兄様は違うけど、湊さんは本当に家族になったんだもの!ね、湊さん、いいわよね?」
「あー・・・うん、二人がそれで良いなら俺はいいけど。・・・皆さん、俺の事忘れてました?」
「あら、やだ。湊ったら。忘れてないわ。わざとよ、わ・ざ・と」
紫音姉様がわたしたち姉妹様子を部屋の後ろの方で見ていた湊に向けて言った。
くすくすとみんなが笑う。
「湊、歌音のこと、よろしくね」
「あたしたちのかわいい妹だから」
「もちろん、わかっていますよ」
約二ヶ月。
ダンスのレッスンとか、打ち合わせとかで姉様たちは顔を合わせていたというだけあって、以前よりも湊と親しくなっているみたい。
湊も以前よりはかしこまっていないように思える。
「歌音姉様、歌会のあとはパレードですよね?」
「ええ、そうよ」
「あーあ、姉様のパレード見たかったわ」
「こっそり・・・・・・行ったら叱られるわね」
「そ!あたしたちは城で待機よ。夜のパーティーの準備をしないといけないしね」
紫音姉様がぽんぽんっと萌音と愛音の頭を撫でる。
王族だからこそ、姉妹だからこそ、参加出来ない行事もある。
パレードなんかはそう。
主役以外は城で待機が命じられているの。
だって、全員来ちゃったら何事かと思われちゃうもの。
「歌音、これが“涙”を指輪に加工したもの?」
そっと、波音姉様がわたしの手をとって言った。
左薬指にキラリと光る“人魚の涙”の指輪。
そういえば姉様たちにちゃんと見せた事はなかったわね。
「ええ。デザインは湊がしてくれたんです。人間界で作って貰ったものなんですよ」
「へえ・・・!ねえ、湊のも見せてよ」
「どうぞ」
湊がついっと後ろまで泳いできて、わたしの左手の横にすっと左手を差し出した。
わたしと同じく、左薬指に指輪が輝いている。
人間界では、基本的にこういう宝石の付いた指輪は女性のものっということになっているらしく、
男性の指輪をこんな風にすることはないそう。
出来るだけシンプルに、と加工してくれてある。
涙と宝石、そして銀色に輝くプラチナのリング。
「宝石の色がしっぽの色と同じね」
「ええ」
あとで雫にきいたところ、この宝石はわたしたちが人間になる時に必要なネックレスに使われている宝石と同じものを使ったんだそう。
真珠屋さんがお祝いにと提供してくれたらしいわ。
わたしのにはピンクダイヤモンド、湊のにはアクアマリン。
人間界では結構なお値段になりそうな指輪だけれど、ここではそんなこと関係ない。
「おそろいの指輪なんて素敵ね。左の薬指にするっていうのは人間界の風習?」
「そうです。この指輪もマリッジリング・・・結婚指輪っていうんですよ」
「なるほどね・・・こっちじゃ指輪なんてどの指にしててもアクセサリー以外のなにものでもないけど
・・・つける指によって意味があるっていうのは素敵ね」
「ねえ、誓いのくちづけも人間界式よね?」
「ええ。口にした誓いに印をするっていう意味があるんだそうです」
「へえー・・・なかなかにドラマチックな式だったわ」
「ありがとうございます」
「衣装も綺麗ですよねっ」
儀式内容に関しては当事者以外にはほとんど公表されていなかったため、姉様たちも知らされていなかったのよね。
素直な感想が聞けるのは嬉しい。
少しだけだけれど、人間界のいいところを取り入れられていたら・・・いいな。
それを見てくれたみんなが、素敵だったと思ってくれれば、もっと嬉しいわ。
「姫様方、そろそろお時間になります。ご用意お願いしますよ」
控え室の入り口にひょっこりと音楽隊の指揮者が現れて、笑いながら声をかけてくれた。
これから開かれる歌会は、普段の歌会の規模を縮小したもの。
せっかく遠方の海から来て下さってる方もいるから、王家の歌会をお披露目しましょう、という意味もあるの。
だって、結婚のお祝いに、だったらわたしが舞台に上がるのは変だわ。
「はあい!」
「ウィルは?もう来てますか?」
「お呼びかな?」
「ウィル!」
指揮者の後ろからひらひらと手を振りながらウィルが現れた。
向こうの王家の正装をして、笛を片手に持っている。
前に来たときはお忍びだったこともあって髪を短くしていたけれど、今は以前会った時くらいのびていて、衣装にもよく映えているわ。
まさに、王子様って感じね。
「やあ、歌音。それに湊。今日はおめでとう」
「ありがとう。それに、出演も」
「約束だからね」
以前来たときに“お祝いに一曲吹くよ”と言ってくれた、その言葉通りに、今日は歌会のゲストとして登場してもらう予定になっているの。
ウィルがたしなむ笛楽器は人間界でいうところのフルートみたいな楽器。
とても綺麗な音がするのよ。
「じゃあ、皆様方、俺は席の方に移動しますね。楽しみにしています」
「ええ、湊。またあとで」
「歌音ばかり見てないで、ちゃんと聞くのよっ」
「こんな豪華な演奏、聞かないわけにはいきませんよ、紫音さん」
そう言うと、湊はわたしの頭を軽くぽんっと撫でてから、控え室をあとにした。
さすがに歌も楽器もできない湊を歌会に出すわけにはいかないから、湊は父様たちと同じ席で鑑賞ということになる。
「さあ、私たちも移動しましょう」
「はい、海音姉様!」
海音姉様のかけ声に妹全員で声をそろえて返事をする。
やっぱりね・・・わたしたちのリーダーは海音姉様なんだわ。
その様子をウィルがにこにこしながら見ていた。
そして、パッとそれぞれの待機場所へと移動し始める。
「主役自らが出演する演奏会、ね・・・」
「ウィル?」
「僕は別にいいと思うけど、なんていうか・・・珍しいよね」
「そうね。普通はお祝いを受け取る側だものね」
「でも、だからこそ、この曲順なんだろう?」
「そうよ。さすがに全曲歌うわけにはいかないから・・・。
でも、今日は普段いらっしゃれない方たちもたくさん来てるから、
わたしたちの歌を聴いて欲しいのよ。もちろん、あなたのことも含めてよ、ウィル」
「それはそれは、ありがとう」
「さ、そろそろね。先に行ってるわ」
「うん、またあとで」
2014.09.15.
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