歌会で慣れている会場は、今日は華々しく飾り付けが施されている。
昨日のリハーサルのあとも準備は進められていて、もっと華やかになっている・・・らしいわ。
わたしと湊は途中で別れて、指定の通路で待機。
いつもの歌会なら、ここは紫音姉様が控えている場所ね。
結婚式典の流れは、
1.音楽隊の演奏と共に父様が入場
2.父様から結婚式典開始のご挨拶
3.誓約の儀式
という、とても簡単なもの。
人間界の挙式もそうだったけれど、少し豪華なだけで、特別なにかがあるわけではないの。
ふいに、ざわざわしていたお客様たちの声がやんで、音楽が流れ出した。
ここからではよく会場は見えないけれど、音は聞こえる。
式典の開始。
しばらくすると、音楽が止み(父様が指定の位置まで着いたということ)、わあっと拍手と歓声が聞こえた。
その声が止んでから、父様の式開始の挨拶がはじまる。
「今日は娘の結婚式典にお立ち会い頂き、ありがとう。
遠い所ご臨席くださった貴賓席、招待席の皆様、そして抽選になってしまって申し訳なかったが、
立ち会い希望してくれたみなに感謝を述べさせて頂きたい。私の結婚式典以来執り行われていなかった式典ゆえ、
ほとんどの者が初めてだと思う。今日、この会場にいるみなには、
結婚式典で執り行われる婚姻の儀の証人として立ち会って頂いている。
祝福を頂ければうれしく思う。・・・皆存知ていると思うが、今日婚姻の儀を行う娘の歌音は、
人間界留学を経験した人魚である。今日は人間界の歌音の友人も招待させてもらった。そして、
今日の結婚式典には歌音の希望もあり、少しだけ人間界の結婚式を取り入れている。もちろん、
私が許可を出している。王族だけでなく、皆の式でも取り入れたいと思うことは取り入れてもらえたら、
と歌音から言付かっているので、どうぞ式典を楽しんでいっておくれ」
父様の声がやみ、客席から礼儀正しい拍手がおくられた。
そして、司会のアナウンスが入った。
「それでは、これより結婚式典を執り行います」
いよいよ、本番ね。
少しドキドキとはやく打ちつける心臓をなだめるように、ふうっと長めに息を吐き出す。
ゆっくりと瞬きをひとつ。
これで、わたしは、王女の顔になれる。
何も、怖がることなどないわ。
「王家第四王女、歌音様」
父様の挨拶の間は演奏を止めていた音楽隊が、ふたたびささやかに音を奏ではじめ、
アナウンスの声がわたしの事を呼んで、それを合図についっと泳ぎだした。
通路から会場へと入ると、わあっと歓声と拍手に向かい入れられる。
中央まで泳いでいって、目印でもある会場中央に敷かれた赤い絨毯のところで止まり、皆様に一礼。
きゃーっという黄色い声がわき起こる。
人間界の結婚式は厳かな感じだったけれど、こっちは式典と言っても雰囲気は歌会とあまり変わらないわね。
「ご婚約者、湊様」
わたしの一礼を見届けてから、湊を呼ぶアナウンスがはいり、わたしが出てきた通路の反対側から湊が姿を現す。
同じように歓声と拍手で迎えられ(さすがに黄色い声はとばなかったわ)、わたしの隣まで泳いできてから、同じく客席へと一礼。
それから、ふたり向かい合う。
少し緊張した面持ちで湊がにこっと笑い、手を差し伸べた。
その様子がすこしおかしくて、くすりと笑いながら差し伸べられた手に自分の手を重ねる。
そして、手を取り合いながら中央に置かれた父様のいる儀式台へと一緒に泳いでいく。
ゆっくりと、衣装を翻さないように。
父様はにっこりと笑顔で迎えてくれた。
儀式台の前までくると、重ねていた手を離し、揃って父様に一礼した。
王である父様に結婚の誓約をし、婚姻の誓約書にサインをし、
父様のもとにお返ししてある婚約の時に交わした“涙”の交換をもう一度行って終了、というのが正しい式典の順序。
基本的な流れは変えていないけれど、ところどころ人間界の結婚式でのことを取り入れて貰っているから、今日はほんの少し違う。
気持ちを落ち着けるように、すうっと少し長く息を吐いた。
「歌音、湊」
父様がゆっくりと、大きな声でわたしたちの名前を呼ぶ。
「はい」
ふたりで一緒に、返事をした。
少し落としていた視線を上げて、父様のお顔を見る。
さすがに正式な式典なだけあって、今日は正装されている。
立派な王冠に、金の装飾が施された紅い大きなマント。
それに、真珠や宝石が散りばめられた杖。
こういう時ばかりは“父”ではなく“王”なのだと思わされる。
わたしたちのことをゆっくりと見つめると、
「ここに、王家の正当なる婚姻の儀を執り行う」
と、ゆっくりと儀式開始の言葉を述べた。
「・・・本来ならば、長々とした形式上のものがあるのだが、今回からは簡潔に問おう」
え?
待って、父様。
昨日はきちんと形式通りにやっていたのに、ここにきて突然変更!?
そんなの聞いてないわ!
内心焦りながら、それを表に出さないようにぎゅっと唇を結んだ。
い、一体何を聞かれるの・・・?
「湊」
「・・・はい」
「君はこの婚姻により王家に属する事になる。決して楽な事ではない。君は、この結婚に何を望むか」
「・・・元より承知の上です。望みはひとつ。ずっと彼女の隣にいたい。ただ、それだけです。他の事は望みません」
「・・・よかろう。君の愛を感じる良い返事だ。・・・では、歌音」
「はい」
「おまえは何を望む」
この結婚に何を望むのか。
そんなこと、とっくの昔に答えは出てしまっている。
側にいたい。
一緒にいたい。
これから先、ずっと、近くで生きていきたい。
わたしたちが望むことはただそれだけ。
けれど、ここではこの答えは通用しない。
わたしが言っていい言葉じゃない。
わたしが、今、求められているのは、“歌音”としてではなく“王女”としての返答。
「・・・共にいられる未来を」
「・・・よい返事だ。それでは、この婚姻の誓約書にサインを」
父様が誓約書とペンを差し出す。
まずは湊からサインをし、そしてわたしもサインをする。
まず客席から見える事がない書類だけれど、これが一番大切なもの。
“婚姻の誓約書”と大きな見出しから始まり、“お互いに婚姻を結ぶ事とする”という内容の文章が、なんと、父様の手書きで書かれているの。
サインをして、父様に返すと、
「うむ。私、現王・真輝の名において、ここにふたりの婚姻を認め、正式に成立することとする」
そう言って、最後にサインをし、ダンッと王の印を少しばかり大げさに音を立てながら押した。
これで、正式に結婚の手続きが終了した事になる。
人間界でいうところの、婚姻届にあたるのが、この誓約書なの。
父様のお言葉をうけて、客席のみんながわあっと拍手を贈ってくれた。
「それでは、続けて婚姻の儀式を」
そっと、父様が台に用意されていたリングピローを手に取る。
これは人間界でみんなにもらったもの。
指輪も、そう。
正真正銘のマリッジリング。
「“人魚の涙”は愛の証とも言われている。お互いに交換する事で、その愛を受け取る意味をなす」
そう説明をしてから、そっとわたしたちの目の前に指輪を差し出した。
「左薬指につける指輪は、愛しあう者がいるという証。ふたりの“涙”はこの指輪へと加工してある」
あえて、“人間界で”とは言わない。
必要のない情報はここでは提示する必要がないもの。
差し出されたリングピローから、大切に指輪を手に取る。
中央に輝く白いパールのような“涙”。
添えられている宝石は湊のしっぽと似た色をしている。
ついている“涙”はわたしのもの。
湊が手に取っているのは、わたしのしっぽと同じ色の宝石がついている。
そして、ついている“涙”は湊のもの。
「互いを愛する事を誓うか」
父様がゆっくりと、笑顔でそう言った。
「はい、誓います」
声をそろえて、そうはっきりと返事をした。
「それでは、交換を」
ゆっくりと湊と向かい合う。
そっと湊の左手をとり、薬指に指輪をはめた。
そのまま、わたしの手を湊がとり、指輪をとおす。
左薬指の指輪は愛の証。
人間界では、海へ誓いとして2年間ずっと指輪をはめていた指でもある。
少し、懐かしい感覚。
「この婚姻の誓いの結びとして、くちづけによって証を立てよ」
父様のその言葉に、ざわっとしたのは客席だった。
誓いのキス、なんて、海にはないものだから。
そんな大勢に見せるくちづけなんて、ないから。
結婚式でする誓いのキスは、口にした誓いの言葉に印を押すみたいな、そんな意味があるんだそう。
そんな客席を横目でちらりと見てから、目と目で湊と笑いあった。
予想内の反応よ。
湊の左手をとり、そっと指輪にキスを落とす。
同じように湊がわたしの左手をとり、そっと指輪にキスをした。
それから、湊はふわりとわたしの前髪を撫でると、そっと頬に触れた。
そしてゆっくりとふたりの距離を縮めて、そっと、少しだけ長くくちづけを交わした。
一瞬、客席がしんとなったけれど、キスを終えると、あたたかな拍手をくれた。
「王家へようこそ、湊。君を歓迎する」
「ありがとうございます」
そう言って、湊に細工の施された細い冠をかぶせた。
キラキラと輝く銀色の冠は、王家の一員であるという証。
父様がぽんっとわたしたち二人の肩を叩いて、客席へ向き直るよう促した。
くるりと客席へ身体を向け、湊と手をつないで一礼。
わああっという歓声と、おめでとう!という声、大きな拍手が飛び交っていた。
祝福の音が聞こえる。
嬉しくて、思わず泣いてしまいそうだけれど、今日は笑顔でいる事がわたしの仕事よ。
人間界でもみんなが言ってた。
主役は笑顔でいる事が仕事だよ、と。
「歌音、大丈夫?」
「ええ、湊。へいき。ただ・・・嬉しいなって思ったのよ」
「・・・そうだな」
ふいに、繋いだ手を離して、湊がわたしの肩を抱き寄せた。
「これにて、婚姻の儀を終わらせて頂きます。休憩時間をはさみまして、王女様方による歌会を開かせて頂きます。今しばらくお待ち下さい」
と、アナウンスがはいって、客席からの拍手がさらに大きくなったように感じた。
わたしたちがいつまでもここにいると場が成り立たない。
父様がまずは退場し、わたしたちも客席に手を振りながら退場した。
2014.08.25.
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