「うん、招待状はこれくらいかな」
トントン、とテーブルの上で招待状を揃えた。
結婚式典は、基本的には王族と婚姻を結ぶ者の親族を優先的に式場内に招き入れることになっている。
限られた席以外は、基本的には一般開放・・・と言いたい所だけれど、そうも言えない。
昔、一般開放だった頃、この一生に何回あるかわからない『王族の結婚式』という行事を見ようと、
数日前から徹夜で列に並ぶ・・・なんてことがあったそう。
そんなことにならないように、今では「招待席」がある。
この招待席にも種類があって、わたしたちが個人的に友人などに送るものと、応募者の中から抽選で招待というものがある。
式が終わった後にはパレードがあって、一応ぐるっと街を回る形にはなっているんだけれど・・・。
それでも式を見たいって人はたくさんいるんだそう。
わたしが今用意したのは友人達用。
つまり、完全なご招待席。
さすがに同級生全員に・・・ということはできないので、親しかったごく一部の人にだけ。
それに、わたしの親しい人ということは湊も面識がある人ということになるんだもの。
その他の抽選席は、城の係の人が手配をしてくれるんだそう。
招待状を折って、コメントとサインを入れて、宛名を書いて、封をするというだけの作業なのに、さすがに数十枚となると疲れるわね。
その時、リリンと軽やかな音が鳴り響いた。
部屋の前に取り付けてある、呼び出しベルの音ね。
「はい?」
「歌音、私。海音よ」
「どうぞ、姉様」
いつものように微笑みを浮かべて、トレーにお茶のセットを持って姉様が現れた。
姉様がわたしの部屋まで来て下さるなんて・・・珍しいわね・・・。
しかも、お茶まで・・・。
「どうかなさったんですか?」
「ええ・・・ちょっとね」
姉様がテーブルにトレイを置き、カップにお茶を注いでから、わたしの向かい側に座った。
わたしがさっきまで作業してた招待状の束を見て、少し目を見開く。
何か・・・おかしなことでもあったかしら・・・?
「・・・呼ぶの?」
「え?」
「ウィル。結婚式に呼ぶのね」
「あ・・・」
ちょうど一番上にある招待状は、南の海の王子であるウィリアム王子宛てだった。
一番遠いから、先に届けて貰おうと思って、見える所に置いておいたんだったわ。
わたしのお友達であり、お兄様のような人であり、大切な人。
前に来たときに“結婚式には呼ぶわ”とお約束したの。
「ええ、約束なんです」
「そう・・・」
「あの・・・姉様?何か相談事とかがあったのでは・・・」
「あら、わかる?」
「姉様がこうやってお茶とかお菓子とか持ってわたしの部屋に来るときは、大抵『話を聞いてくれる?』っておっしゃるんですよ」
「まあ・・・私もワンパターンね」
くすくすと姉様が小さく笑ってから、ふっと表情を硬くする。
何か問題事でも抱えていらっしゃるの・・・?
陸での結婚式から、海に帰ってきて約一週間。
向こうにいた間のことはよくわからないし、わたしには思い当たることがない。
海音姉様がわたしのところに来る時は、大抵、母様にはもちろん、紫音姉様にも波音姉様にも話せない話題の時。
でなければ、3つも下のわたしのところになんて来ないわ。
そんなお話、滅多にないんだけれど・・・。
わたしは小さな頃から何かと姉様に相談したり頼ったりしていたから、
姉様がこうして訪ねて来て下さるときは、わたしに出来ることなら全力でお応えしようって思ってる。
「わたしでよろしければ、お聞きします。姉様のお力になれるかはわかりませんが・・・」
「ありがと。・・・・・・ねえ、歌音。恋って何かしら」
「え?」
予想外すぎる質問に思わずぽかんと口を開けて姉様を見つめてしまった。
え?恋?
ええ?
「ああ、勘違いしないでね。初恋がまだとかじゃないのよ」
「あ、はい・・・でも、それなら、どうして・・・」
「・・・よく、わからなくなっちゃって」
「・・・お好きな方がいらっしゃるんですか?」
「それもよくわからなくて」
「はあ・・・」
曖昧すぎる言葉に、呆然とせざるを得ない。
姉様は一体、何をお望みなの・・・?
わたしに何を聞いて欲しかったのかしら・・・?
「歌音の所に来たのはね、あなたが唯一、恋人がいるからなのよ」
「・・・な、なるほど・・・」
「こんなこと、紫音や波音とは話題に出せないものね」
「・・・そうですね。それで・・・姉様は恋とはどんなものかをお知りになりたいと?」
「簡単に言うとそうなるのかしら」
「それでしたら、わたしはお力になれそうにありませんわ」
「あら、どうして?あなた、湊とは恋人同士でしょう?」
「そうですけれど・・・その・・・恋ってどんなものかって言葉で言えるようなものじゃないと思うんです。
わたしも言葉で言うとなると、よくわかっていなくて・・・。だって・・・気付いた時には、もう恋に落ちているんです」
「・・・・・・」
「あの人が好きなんだって気付いた瞬間には、もう手遅れなんです」
「手遅れ・・・」
「ええ。だって、好きだって気付いたら、それがもう恋してるってことなんですから。
それが、叶うかどうかは別ですけれど・・・・・・好きだって気付くこと、好きだと思うこと、それがもう恋なんじゃないでしょうか」
そう、気付いた瞬間、もう手遅れなのよ。
透也君の時もそうだった。
湊の時も。
恋は意識してするものじゃないと思うの。
恋に落ちてから、もっと恋をするのよ。
好きだと気付いた瞬間、それはもう、恋に落ちているの。
その感情を、肯定した瞬間、止められないのよ。
「好き」だという感情を「好き」という言葉以外で表すことは、とても難しいわ。
ドキドキする。
一緒にいたいと思う。
会いたい。
触れたい。
側にいたい。
色んな感情があるけれど、どれを「好き」だと言えばいいか・・・「恋」と呼べばいいかなんてわからない。
それは、きっと、個人個人で違うものだから。
わたしの「好き」を湊が本当に100%理解出来る日なんて来ないと思う。
それは逆に、わたしが湊の「好き」を理解出来る日がこないのと同じ。
でも、そうして、お互いに気持ちを伝えていけたら、それはとても幸せなことだと思うのよ。
「・・・なるほどね」
「わかりにくくてすみません」
「いえ、いいのよ。参考になったわ。恋はするのではなく、落ちるもの・・・ね」
「実はこれ、半分は人間界のお友達からの受け売りなんです」
「あら」
「ある日突然、この人が好きなんだって気付くって教えてくれた人がいるんです」
「そう・・・歌音もそうだったのね?」
「ご明察です。だって、姉様、わたし、ずーっと湊と一緒にいたんですよ?」
「そうね」
「湊ったら、ずっと前からわたしのこと好きだったって」
「ええ、知っていてよ。みんなね」
「う・・・それでも、わたしは気付きませんでした。でも・・・留学から帰ってきて、突然、気付いてしまったんです。ただ、それだけなんです」
「・・・それは、あなたが2年間、あっちで過ごした結果だと私は思っているわ。ありがとう、歌音。ごめんなさいね、突然こんな事をきいて」
「いいえ。でも、姉様に好きな方が出来たら一番に教えて下さいね」
「あら、知りたいの?」
「もちろんです!わたしの義理兄様になるかもしれないですから!」
「歌音ったら、話が飛び過ぎよ」
くすくすと海音姉様が笑った。
大好きな姉様だもの、幸せになって欲しい。
わたしが結婚することで「海音様はいつかしら」なんて言われてしまう事もあるとわかってる。
第一王女である姉様よりも、先に結婚してしまうのだから。
それでも、お見合いや、決められた相手じゃなく、ちゃんと姉様が好きになった人と一緒になれればいいなと思うのよ。
出会いのキッカケとして、お見合いが悪いとは言わないけれど・・・・・・
・・・・・・お見合いといえば、ウィルはどうしてるかしら。
「ウィルも・・・ちゃんと好きになれる人が出来ればいいんですが」
「え?」
「ああ、いえ、ウィルが前に来たときに、わたしと湊に“恋愛結婚に興味がある”なんて話をしたので。
お見合いとかさせられてうんざりしていたようですし」
「お見合い・・・ね」
「姉様もしたいですか?」
「えっ!?」
「冗談です。海音姉様。うろたえすぎですわ」
「か、歌音が珍しいこと言うからよ・・・!」
本当は、心のどこかで思ってる。
姉様とウィルがお付き合いするのもいいかもしれない、と。
とても仲良しだったし、お似合いだと思うの。
けれど、お互いに王家の第一王位継承者。
そんなに易々といくことではないでしょうね。
2014.07.09.
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