結婚式から約一週間、わたしたちは人間界に留まった。
写真を印刷する時間と、加工する時間が必要だったんだって。
印刷された写真は、前にくれたときと同じように、水の中でも大丈夫なように加工してくれていた。
これで、父様と母様にもお見せ出来るわね。
「ねえ、もし・・・父様たちが許して下さったら、海の結婚式にも来てくれないかしら?」
明日の朝、海に帰る予定だったので、小さなレストランの個室を貸し切って、みんなで一緒に食事でも、と夕食の場を用意してくれた。
そこで、真珠たちに海の世界での結婚式の話を持ち出す。
もちろん、父様たちに許可を取った訳じゃない。
でも、来て貰えたら、本当に嬉しいなって思ったの。
人間界から、唯一、海に来たことがある、わたしの大切な友人たちなら・・・。
「・・・いつなの?」
「ええと・・・日付はまだ調整中なんだけど、2ヶ月半後よ」
「11月半ばくらいってことね・・・事前に教えてもらえれば、行きたいなー」
「私も、前みたいに許可が頂けるなら休み調整するわ」
「え、なに、真珠たちは行ったことあるわけ?海に?」
連斗君が目をぱちぱちと瞬きしながら言った。
まるで“人間は海の世界には行けないと思ってた”と言わんばかりの表情。
透也君も同じような顔をしていた。
「うん。前にね。いつでも行けるわけじゃないんだ。許可が必要だから」
「なんで許可がいるのさ」
「見えないから、とだけ言っておきましょう」
「そうね」
「見えない、から・・・」
「いいなー、真珠たちは!私なんかただの人間だもん・・・あ、ねえ、海にはカメラとか・・・」
「ありません。こっちの水中カメラも持っていった所で意味なし。水深が深すぎるから壊れるだろうね」
「だよねー」
美菜穂さんががっくりと肩を落とした。
そもそも、人間界のカメラを持ち込んだ所で、わたしたちの世界は映らないけれどね。
もしも、映るのなら、とっくに人間界で報道されているわ。
有能な潜水艇や無人操縦出来るものがたくさんあるんだもの。
「ごめんなさい、美菜穂さん」
「ううん、歌音ちゃんのせいじゃないもの。連斗も透也も行けないんだし、私は大人しくお留守番してるわ」
「あ、いや、美菜穂、まだ行けるって決まったわけじゃないから・・・」
「雫たちは行ける可能性があるだけいいなーってことよっ」
「人魚姫の結婚式かー・・・豪華なんだろうな」
「そりゃ、お姫様の結婚式だもんな!ロイヤルウエディングだぜ?」
「豪華かどうかはわからないけど、規模が大きいことは確かね。わたしも結婚式典は初めてだから、よくわからないわ」
姉様が3人いても、結婚するのはわたしが最初。
母様のお話を聞く限りには、海のみんなに知ってもらうために盛大に開くらしいけど・・・。
その“盛大”がどのレベルなのかはわからない。
誕生日の式典よりは大きいことは確かよね・・・。
「ね、歌音」
「なに?雫」
「海の世界にはウエディングドレス、ないって言ってたよね」
「ええ・・・衣装みたいなのは作ればあるんだけれど・・・」
「じゃあさ、歌音のウエディングドレス、加工するから結婚式で使ってよ!」
「え?」
ウエディングドレスを加工して・・・?
あの、式で使ったドレスを?
わたしは手直ししてみんなが着てくれたりすればいいかなと・・・思っていたんだけれど・・・。
「今のままのデザインじゃ絶対人魚姿には合わないけど、少しデザインを直せばいけると思うのよ!」
「いいね、雫!それ!」
「でも、もったいないわ。せっかく綺麗なのに・・・手直しすればみんなのうち、誰か・・・」
「着られないわよ!無理無理!」
真珠が笑いながら言った。
そんな、全力で否定しなくても・・・。
あのひらひら衣装を海に持ち帰る気はないからレンタルで、という話だったのに、頂けることになっちゃったのがそもそも問題だったのよね・・・。
「まずね、歌音。考えてみて?身長が合わないの。歌音用になってるから。あと、歌音のその細さ!まず人間界ではモデルさんくらいしか無理!」
「う・・・」
「それにね、歌音。これはあなたのためにって選ばれたものだから、私たちが着ても仕方がないのよ」
「・・・そう・・・だけど・・・」
「歌音ちゃんのものだもん。歌音ちゃんが着てくれた方が私たちも嬉しい」
「・・・・・・」
「いいんじゃない?歌音。きっと琴音様とか紫音さんとか・・・萌音ちゃんも愛音ちゃんも大喜びするよ」
「湊・・・。そうね、じゃあ・・・雫、お願いするわ」
「まかせてっ。早めに加工して、渡すわね。そうすれば海の方で微調整も出来るだろうし」
「ありがとう」
そうね・・・あのウエディングドレスで結婚式ができたら・・・嬉しいわ。
海の中にもきちんと衣装があるけれど、決まった“結婚式衣装”は存在しない。
あるのは、各王族に贈られているもののみ。
それなら、わたしが着て、多くの人に見て貰うこの機会はとてもいいと思うの。
人間界留学した人魚として、王族という立場を利用しない手はないと思うのよ。
そう思って、色んな事をやってきたわ。
オシャレもその一つ。
わたしのように公の立場の者がやるからこそ、意味がある事ってあるのよ。
「みんな、本当にありがとう。わたし、一生、この結婚式を忘れないわ」
「本当に、俺からもお礼を言うよ。ありがとう」
「一生の思い出になったのなら、それだけで充分!ねっ」
「ああ」
「そうだな」
みんなが視線を交わしながら頷いた。
きっと一生忘れない。
結婚式のことも、今日のことも、形には残らないけど、大切な宝物よ・・・。
翌日の早朝、海まで送って貰って、わたしと湊は海の世界へと帰った。
たくさんのお土産とプレゼントを抱えて・・・。
2014.06.28.
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