「歌音、湊、お疲れ様!」
控え室に戻って、実行委員的なみんなが一斉に集まった。
真珠、雫、あくあ、美菜穂さん、真理乃さん、透也君、連斗君。それに、海輝。
こうして集まるのは昨日以来ね。
「みんな、本当にありがとう。とっても楽しかったわ」
「本当、ありがとう」
湊とふたり、ぺこりと一礼する。
「いいのよ。歌音さんのその姿で、あたしたちは満足だわ。ねっ」
「そうそう。ほんと、歌音はドレス似合うわよねー」
「歌音ちゃん、歌もすっごく素敵だったよ」
「ありがとう、美菜穂さん。あ、連斗君との結婚式には呼んでね?絶対に来るから!」
「歌音っ!」
「ふふっ」
ブーケトスで、見事ブーケを受け取ったのは、美菜穂さん。
連斗君と美菜穂さんの結婚式となったら、海の底から駆けつけるに決まってるわ!
レコーディングの時、連斗君と結婚の話をしたこともあるし。
そういうつもりがないわけじゃないのよね?
「それにしても、連斗君、透也君。あれはひどいわ」
「あれって?」
「海輝との歌よ!泣かせるつもりだったわね?!」
「まさか!なあ、連斗」
「そうそう。純粋なるお祝いだよ?」
くすくすといたずらな笑みを浮かべて笑い合うふたりが、少しだけ腹立たしい。
「・・・でも、ありがとう。嬉しかった」
「それはよかった」
「海輝も、ありがとう」
「どういたしまして。人気の二人組と一緒に出来て私も楽しかったし」
「その節はお世話になりました、海輝さん」
海輝に向かって少々わざとらしく連斗君が言った。
きっと海輝と練習する時間も少なかったんだろうな・・・。
それでも出来るのは、三人が音楽をやってきたからなんでしょうね。
「ねえ、あれって誰が作詞したの?作曲はふたりでやったんでしょ?」
「お、そこを聞きますか、雫さん」
「純粋に気になって」
「どっちも二人で、ってことになってる。まあ、少し知り合いに助言を貰ったりもしたんだけど」
「へえ・・・いつかちゃんと聞きたいね」
「歌音が歌っても良いんじゃない?」
「ああ、それはナシ」
あくあが言った言葉に、即答で透也君が否定の言葉を言った。
わたしじゃダメ?
「この歌は『歌音に聞いて貰う』ことが前提であって、『歌音に歌って貰う』歌じゃないんだ。だからダメ」
「歌音が歌ったら逆におしまいっていうか・・・ね」
「なるほど・・・」
「確かに、内容もそんな感じだったかもね」
「・・・そう、ね・・・」
そうね・・・わたしが歌うには・・・少し違う気がするわね。
すこし残念な気もするけれど。
また、いつか、どこかで、聞けたら嬉しいわ。
「ひとつ気になったんですけど・・・」
「ん?何、真理乃」
「あの歌・・・どうして『人魚』なの?」
「・・・は?」
「いえ、『人魚』という言葉だけが二回出てきてたし、あまり・・・その、歌音さんっぽくないかなって」
「・・・・・・あはは!じゃあ、真理乃は歌音はなんだと思うの?」
「連斗君・・・そうね・・・・・・その前に出てきてた妖精や天使ならイメージ通り、という感じかしら」
「へえ・・・」
「ほら、歌音さんってふわふわしてるから。人魚はもっと・・・悲しい感じがするのよ」
「どうして悲しいの?真理乃さん」
「絵本のせいね、きっと」
「アンデルセンのことか。確かにそうかもな・・・。
まあ、歌詞は別に歌音のこと書いたわけじゃないから。ちょっとはイメージもらってるけど」
にこっと笑って言う連斗君に、透也君が“嘘ばっかり”と言わんばかりの笑みを投げかけた。
でもね、半分は嘘じゃないとわたしは思うわ。
わたしのことだけじゃない、でしょう?
それに、あんなに素敵な世界をわたしは残せたとは思ってない。
わたしが二人に貰ったものは多いけれど・・・。
「気にしないで。ふと、そう思っただけなのよ」
「・・・ありがとう、真理乃さん」
「あら、お礼を言われるようなこと言ってないけど」
「でも、少し、嬉しかったの」
人間のわたししかしらない真理乃さん。
人魚のわたしに“人魚は似合わない”って言ってくれる人がいるなんて思わなかったわ。
ココでのわたしは、妖精や天使が似合うような“歌音”だったのね・・・。
そのことが、少し嬉しかった。
人魚じゃない、わたし。
「ね、歌音、湊。この後写真撮りたいんだけどいい?」
「写真?何の?」
「集合写真はさっき撮ったよな?」
「まあ、色々と。浜辺出て欲しいんだ」
「いいけど・・・その写真何にするの?」
「決まってるじゃない、保存するのよ!眺めるの!あと、向こうのみんなにも見せるんでしょ?」
「え、ええ・・・そうね」
「ほらほら、日が沈まないうちにいきましょ」
ぞろぞろとみんなで浜辺まで出て、カメラマンさんやみんなの指示を受けながら、撮影をした。
浜辺だからって、靴を脱いだり、波打ち際ぎりぎりまで行ったり、抱き合ったり、お姫様抱っこされたり・・・それはもう色々と。
何というか・・・普通にしてたら恥ずかしいことも、「結婚式では特別」みたいな感じらしいわ。
くっついていた方が微笑ましい、ってことみたい。
真夏の太陽が照りつける中は、正直ちょっときつかったけれど・・・それでも、海の香りや音、
砂浜の感触が楽しくて、これでみんなが笑ってくれるならいいかなって思えた。
結婚式に関する全ての事が終わり、みんなで夕食をとったあと、各自の部屋に戻った。
「ねえ、湊。ちょっと散歩しない?」
「・・・どこを?」
「海」
「いくら夜でプライベートビーチだからって、危なくないか?」
「少しだけよ。いい場所があるの。人間は泳いじゃいけない場所なんですって」
「どうして?」
「おぼれてしまうから」
「なるほど。ま、つきあいましょうか、お姫様」
「あら、ありがとう」
わざわざ『お姫様』と言った湊に、わざとらしく少し笑いを含めながら返事を返す。
部屋から繋がっているプライベートビーチにふたりで踏み出した。
手を繋ぎながら、ゆっくりと浜辺を歩いて行く。
紺碧の夜空には星がきらめいていて、少し欠けた月が浮かんでいた。
波が心地よく浜辺に寄せては引いていく。
ざくざくと砂を踏みしめる音でさえ、聴き入ってしまいそう。
夜の海は、本当に素敵。
「終わっちゃったな、結婚式」
「・・・ええ。こっちで出来ると思ってなかったから、本当によかったわ。みんなにも会えたし」
「歌音は恵まれてたよなー」
「どうゆう意味かしら?」
「ほら、いい人に囲まれてたって事。人間界だって、必ずしもいい人ばかりなわけじゃないだろ?」
「・・・そうね。私は恵まれてたんだと思うわ。周りに人魚もたくさんいて、理解があったしね」
「きっと、それなりに配慮されてたんだろうな。留学先を決めるときに」
「王女様を変な場所にはやれない、ってことでしょう?」
「そう。でもさ、そうじゃなくても、きっとココには魅力的なものがもっとたくさんあるんだろうな。
でなきゃ、留学した人魚で帰ってくる方が稀、なんてことにはならない」
「・・・そうね・・・わたしも、王女じゃなかったら帰ってこなかったかも知れないわね」
「・・・・・・・・・そこは突っ込まないことにしておくよ」
そう言って、湊がぐいっとわたしの手を引っ張った。
意味が、わかってしまったのね。
海が好きだから、家族がいるあの世界が愛しいから、わたしは帰ると決意した。
手放すことが出来ないと。
でも、きっとどこかで思っていたの。
『王女の立場を考えたら、人間界に留まることは許されない』と。
それが理由じゃない。
けれど、無意識に考えてしまうほどには、わたしは教育をされてきた。
王女でないわたしは有り得ない。
でも、もし、なんのしがらみもなかったら?
・・・もっと、考えていたと思う。
透也君とのことを。
「過去の事よ。それに、王女じゃないわたしは、わたしじゃないわ」
「わかってるって」
そっと、腕に絡みついた。
ねえ、本当よ?
湊が好き。
愛してる。
嘘はついてないわ。
あなたが優しいから、つい、言わなくてもいい本音まで言ってしまうの。
許してくれるって、わかってるから。
あなたが、それでも、わたしを好きでいてくれると信じてるから。
わがままでごめんなさい。
「あ、ここよ。この岩場の向こう側」
「結構ホテルから離れてるんだな」
「ここなら、誰も来ないでしょう?」
「確かに」
岩場の向こう側は少し暗いけれど、建物の明かりが届かない分、月明かりと星明かりが明るく感じられた。
簡単に上着を脱ぐと、そっと水に身体を沈めて、足をしっぽに戻した。
湊も同じように人魚へと戻る。
水が身体を受け入れる感覚。
ざぶっと頭まで潜ると、身体が軽く感じられた。
「さすがに海の中じゃよく見えないな」
「そうね」
くすくすと笑い合って、水面に顔を出した。
流されないように岩場つかまり、湊と寄り添う。
波が激しくないといっても、流されたら困るもの。
おぼれないけど、場所がどこかわからなくなるのは、少し問題だしね。
「次は本物の結婚式ね」
「2ヶ月後だよな」
「正確には2ヶ月半よ。帰ったら人間界の結婚式報告を含めて、きっと忙しくなるわ」
「俺、そーゆーのはよくわかってないからなぁ・・・」
「湊の引っ越しもあるしね」
「あー、そっか。それもあったな。勉強することだらけで、頭こんがらがる」
「ふふっ」
婚約発表から三ヶ月。
湊は色々な事を勉強している。
礼儀作法から、王族のしきたり、人間界のこと、海同志のつきあい、
人間界で言う政治的なことも多いし、ありとあらゆる知識が必要とされる。
わたしたち王女は、小さな頃から先生が個別にそういったことを教えてくれていたし
、基本的に記憶力はいいから、暗記するだけのものなら苦労することはなかった。
湊だってそうだろうけれど・・・量が多いから大変なのよね。
書物も多いし、礼儀作法なんかは、昨日今日で身につくものじゃないもの。
「ねえ、湊。ごめんね?」
「・・・なに?なにか謝られるようなことあったか?」
「・・・透也君のこととか・・・色々こっちにきて多かったでしょ」
「別に、気にしてないって言ったら嘘だけどさ」
そっと、湊がわたしの頭を抱え込んだ。
「わかってるから、いい。それに、歌音は俺のだからな」
「・・・うん」
「でもさ、ひとつだけ確認させて」
「なに?」
「歌音が一番好きなのは誰?」
「・・・・・・」
突然の、とても簡単な質問に驚いてしまった。
だって、今さっき、わたしたち、結婚式してたのよ?
わたし、そんなに器用じゃないわ。
ぎゅっと、湊に抱きつく。
「湊」
改めて口にすると、少し恥ずかしい。
何回も言ってきた言葉なのに。
何度も伝えた気持ちなのに。
「歌音?」
「もう、湊しかいないに決まってるじゃない!わたしがっ・・・こーゆーことに器用じゃないのは、湊もよく知ってるでしょ・・・?」
「知ってる。だから、聞いておきたいっていつも思うんだ」
「いじわる」
「ははっ」
コツン、と額と額がぶつかった。
ぽたぽたと前髪から雫がしたたり落ちる。
久しぶりにこんなに近くで瞳を見た。
吸い込まれるような、この瞳が私は好き。
「歌音、好きだよ」
「・・・わたしもよ」
そっと距離を縮めて、唇を重ね合う。
何度も、何度も。
呼吸をする度に、頬を撫でられる度に、瞬きをする度に、あなたが好きだと思う。
そして、結婚式の「誓いのキス」は、ただの儀式なんだと思い知らされる。
気持ちを伝えるものじゃない。
そして、ぎゅうっと湊がわたしを抱きしめた。
「ふっ・・・やっぱ、こっちの方が安心する」
「・・・そうね」
肌が触れあう感覚。
水が身体を包んでいる感覚。
濡れた髪も、絡むしっぽも、安心するわ。
「そろそろ戻ろうか。ここにいると時間の感覚がわからなくなりそうだ」
「ええ」
海から上がって、持ってきたタオルで軽く身体を拭いてから、来た道を戻って部屋についた。
やっぱり陸の方が身体が重いね、なんて話をしながら。
2014.06.21.
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