「それでは、ここで、我らが人気ユニット『エアー』のふたりから、お祝いの演奏を披露させて頂きます!」
しばらくして落ち着いた頃、雫のアナウンスで、透也君と連斗君が席から立ち上がって、ピアノの元に向かった。
カバーが掛けられていたけれど、雫のアナウンスを聞いてスタッフさんがサッと片付けてくれていた。
結婚式場という特別な場所だからか、会場に置かれているクリスタル仕様のグランドピアノはとても綺麗。
透明なピアノだなんて、見たことがなかったわ・・・!
こういう場所には白いピアノがいいんだけど、と前に雫が言っていたけれど、クリスタル仕様のものもあるのね。
連斗君がスタッフさんからヴァイオリンを受け取って、透也君と二人で音合わせをする。
会場の照明がコンサート仕様にになって、ふたりを明るく照らしだした。
透也君が雫にマイクを貸して、と手振りで合図すると、雫が駆け寄ってマイクを手渡した。
「えー、と、ご紹介頂きました、エアーです!・・・なんて」
ちょっとふざけたその言葉に、みんなが拍手と歓声で応えた。
連斗君が『また透也は・・・』といった、少しあきれたような視線を向けている。
本当に、変わらないわね。
「改めまして、透也と連斗です。みんな久しぶり!お祝いコーナーで、ちょっと演奏させてもらいます。
クラシックに興味ないよ!って人も多いと思うけど、聞いてやってください」
ぺこりと大げさに一礼すると、透也君がピアノに腰掛けた。
連斗君が透也君の方をチラリと見て合図すると、透也君がにっと笑って小さく頷く。
そして、連斗君と呼吸を合わせて始まる演奏。
録音スタジオでは感じられなかった音の広がり。
綺麗でなめらかな旋律。
結婚式でよく使われているクラシック音楽をメドレーにしているみたい。
人間界にいるときに、よくテレビのCMで聞いたわ。
素敵な演奏に、来てくれたみんなだけじゃなくて、スタッフさんまでもが聴き入っていた。
そしてわっと拍手が起こる。
「次の曲は歌音には、絶対にこの曲だってふたりで決めてた曲です。パッヘルベルのカノン」
パッヘルベルのカノン。
優しい旋律と、水が流れるようにゆるやかで透き通るヴァイオリンの音。
その旋律の間をキラキラと輝くピアノの音が転がっていく。
ふたりがわたしに、と演奏してくれたことがある。
透也君にごめんなさいを言ったあとに、ふたりがくれた音楽。
あの時のことが思い出されて、思わず、目頭が熱くなってくる。
『歌音、泣いちゃダメだ』
湊がそっと肩に触れて、わたしにささやいた。
わかってるわ。
人間界では泣いてはダメ。
涙が結晶化してしまうから。
嬉しくても、悲しくても、泣いてはダメ。
『ええ。わかってる』
そっと、湊の手に触れて答えた。
大好きな曲なの。
わたしと同じ名前の曲。
ふたりが演奏してくれた曲。
滑らかな旋律から始まって、綺麗で軽快な明るいメロディーへと移り変わっていく。
まるで、水の流れのような輝きのある音楽。
地上から見た海がキラキラと光を反射して輝くような、そんな美しさ。
わたし、きっと、この音色をずっと忘れないわ・・・。
「歌音、結婚おめでとう」
透也君と連斗君がそろって、にっこりと笑いながら言ってくれた。
「実は、今回の引き出物の中に、おれたちのCDが入ってるんだ。ああ、来週発売だから、公には言わないで欲しいんだけど」
連斗君の言葉に、みんなが椅子の下にある袋をガサガサと探り始める。
そう、前に来たときに録音したCDね。
もう出来上がったんだ・・・!
「初回盤が入ってると思うんだけど・・・通常盤ってやついないよな?その初回盤の特典ディスク、
ほぼ匿名で歌が入ってるんだけど、実は歌音に歌って貰ってるんだ。今回、歌音の希望で、みんなに配らせてもらった」
報酬の代わりに、わたしがお願いしたCD。
わたしはここに何も持って来れない。
残していくことも、ほとんどできない。
せめて、わたしの声だけでも、みんなに覚えていて貰えたなら・・・こんなに嬉しいことはない。
真珠がそっと、わたしにマイクを持ってきてくれた。
「透也君と連斗君のお願いで参加したんだけれど、みんなにも聞いて欲しかったのでCDをお願いしました。
こんな風に結婚式をやってもらって、呼んでもらって、本当に嬉しかったの。きっと、呼んでくれなかったら、
みんなに会えることはなかったと思うわ。でも、わたし、みんなに返せるものが何もなくて・・・せめて、
わたしの声だけでも残せたならって、ふたりにCDをみんなに配りたいってお願いしたの」
「そんなわけで、発売前だけど配っちゃってます。あ、予約とかしちゃったんだけどーって人が万が一いたらごめん。まあ、許せ!」
透也君の言葉に笑いが起こる。
連斗君が透也君に『このお調子者』って言ってるような視線を投げかけていた。
「今日、本当にありがとう。何かお礼を出来ないかなって考えたんだけど、
やっぱり形に残せるようなものは何も用意出来なくて・・・。その代わり、歌わせて下さい。
今回特別に、ふたりに伴奏をお願いしてるの。せめて、みんなの耳に残れたら・・・嬉しいです」
パチパチと力強い拍手が巻き起こる。
本当は、何か形に残せたらいいんだけれど・・・海から持ってくるわけにもいかない。
わたしができるのは、歌うことだけ。
得意なことと言えば、これしかないの。
みんなが好きだと言ってくれた、この声しかない。
「行ってくるわ、湊」
「ここで聴いてる」
立ち上がって、ピアノの側まで歩いて行く。
そっと連斗君が手を差し伸べてくれたので、手を取った。
導かれるように、ピアノの側へと移動する。
「連斗君、透也君、とっても素敵な演奏だったわ」
「それはそれは、ありがとう、歌音」
「気に入ったならよかった」
マイクスタンドとマイクがセットされる。
ウエディングドレスで、こんなふうに歌うだなんて思ってなかった。
でも・・・わたしが出来る精一杯の気持ちだから。
「今日、ここにいる全ての人に、感謝をこめて」
透也君たちが選んでくれた曲。
CDには入っていない曲たち。
この場限りのセッション。
多くの場合、こういうときは結婚する相手に向けて歌われるらしいけれど、わたしの歌う歌は湊に向けてじゃない。
人間界で一緒にすごした、みんなへ。
また会えて嬉しい。
ここに呼んでくれてありがとう。
お祝いをありがとう。
大好きな人間のみんなに・・・。
「透也君、連斗君、本当にありがとう」
「こちらこそ、歌音と一緒に出来て嬉しかった」
「俺も、よかったと思ってるよ」
「わたしもよ」
にっこりと笑いあってから、わたしは湊のもとに戻った。
さりげなく手を差し出してくれたので、そっと手を取る。
ぎゅっと握られた手。
ただ、それだけで十分なの。
「えー、長々と申し訳ないんだけど、もう一曲だけ聞いて下さい」
「新曲なんだけど、歌なんだ」
透也君と連斗君が再びマイクを通して呼びかけた。
“新曲”というからには、きっと公式的なものなのね・・・?
こんなところでいいのかしら。
「歌音へのお祝いになればいいなという気持ちもこめての一曲です。
今回は歌音に歌って貰うことはできないから、共通の知り合いの海輝さんにお願いしましたー」
「・・・これ、実は非公式っていうか未発表っていうか、マネージャーに言ってないから、他言無用な・・・?」
透也君が付け加えた言葉にどっと笑いがおこる。
そんなのやっていいのかよーという声とひやかしがとんでくるのが聞こえた。
未発表曲をこんなところでやっていいの・・・?
いえ、未発表だからこそできるのかな・・・。
でも海輝が歌ってくれるということは、事前準備されてる・・・のよね?
そんなことを考えている間に、さっきわたしが歌った場所ににっこりと笑って海輝が立った。
「タイトルは『君へ』」
そう優しく海輝が言って、音が奏でられ始める。
美しいピアノの伴奏と、歌の旋律を引き立てるヴァイオリン。
そして、まるで天使のような海輝の歌声。
綴られる言葉に胸がつまる。
わたしがこの世界で泣いてはいけないと知っているのに、どうしてこんなに泣かせるようなことばっかり・・・!
ぐっと唇をかんで、のど元までせり上がる気持ちを飲み込んだ。
こぼれそうになる瞳のうるおいを瞼を閉じてとじこめる。
「歌音」
そっと、湊が耳元でささやいて、わたしの肩を抱いた。
耐えきれずに、ぎゅっと湊の胸にしがみつく。
これなら、みんなからは見えない。
静かに涙が頬を滑り落ち、真珠のような小さな輝きを放ちながら膝元へ転がった。
「いい歌だ」
「・・・こんなの、ずるいわ」
『君へ』
澄みわたる歌声が僕の心を奪った
風が髪をさらうたび 鼓動が高鳴った
君がふわりと笑う たったそれだけで
世界はやさしいと思えたんだ
出会えてよかった 愛しい君へ
恋したことを悔やんだりしない
妖精のような 人魚のような
儚い君に出会えた奇跡 きっと忘れない
君が歌うたび彩づいていく世界
空が澄み 星は瞬き 花も微笑む
波が奏でる輝くメロディ
世界は美しいと気付かせてくれたね
信じているよ 愛しい人へ
君のいる世界を僕は愛そう
抱きしめて くちづけて
この手にあふれる幸せ 手離しはしない
側にいるときも 遠く離れても
会えないときも いつだって
遠い未来まで祈っているよ
どうか君が幸せでありますように
Thank you for My Princess...I love you.
君の愛する世界を僕は信じよう
天使の歌声 人魚の涙
君が教えてくれた奇跡 全てにありがとう
2014.06.09.
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