それから、帰りもみんなのフラワーシャワーの中をくぐり抜けて、控え室に戻った。
ヴェールを外し、髪型を整え、お化粧を直して、次は披露宴。
披露宴と言っても、お食事会みたいなものだって雫が言っていた。
参加しているのは真珠や雫の家族、そしてその恋人たち、それにクラスメイトだけ。
わたしの親族も、湊の親族もいない。
外国に住んでいるから・・・みたいな説明でなんとか切り抜けられるから、留学生設定ってありがたいわね。
スタッフさんの案内と誘導で披露宴会場に入場する。
すでに着席していたみんなからの拍手で迎えられて、思わず歌会を思い出した。
会場の奥の方に用意された主役の席に着く。
二人用のテーブルに、綺麗に飾られた花が彩りを添えている。
本来なら、司会者さんとかがいたりして、進行してくれるらしいんだけれど、今回はそういうのはナシ。
真珠と雫に全ておまかせしている。
「では!みなさん改めまして、乾杯したいと思います。お手元のグラスをお持ちくださーい」
軽快な口調で真珠がマイクを通して言った。
言われたとおり、みんなが一斉に手元のシャンパングラスを持ち上げる。
わたしと湊もグラスを持ち上げた。
「それでは、歌音、湊さん、結婚おめでとう!」
「おめでとーう!」
雫の言葉でグラスがカチンと鳴る音が響いた。
グラスの中でキラキラ光るのは、わたしをイメージして、と用意してくれたロゼのシャンパン。
もっとも、お酒は飲んだことがないので、わたしたちは口をつけないでおいた。
「では、歌音にひとこと頂きましょう」
そう言うと、真珠がマイクを持ってわたしのところまで歩いてきた。
「えっと・・・みなさん、お久しぶりです。今日は結婚式に来て・・・というのもおかしいわね。結婚式を開いてくれてありがとう」
わたしの言葉に、どっと笑いがおこった。
本来なら『結婚式にお越し頂きありがとう』が正しいんだと思うけれど、
わたしは『結婚式を開催して貰った』というほうが正しいのだから、これでいいと思う。
「また、みんなに会えると思っていなかったから、本当に嬉しいわ。本当に、ありがとう」
「はい、歌音ありがと。では、食事にしましょうか!」
真珠の言葉で、コース料理が始められた。
給仕するスタッフさんがみんなのテーブルに料理を運んだり、ドリンクを振る舞いにテーブルを回っていくなか、
わたしたちの所にも同じようのお料理を運んでくれた。
しばらくした所で、真珠がまたマイクを持つ。
「さて、ここで、ふたりのざっとしたプロフィールとふたりの馴れ初めを紹介しましょうー。みんなにとっては、湊さんって誰?状態だもんね」
照明が薄暗くなり、プロジェクターが何やら映像を真っ白な壁に映し始めた。
ん?
わたし、こんなの聞いてないわよ?
プロフィールって・・・まさか作り上げたの!?
馴れ初めって・・・どこまで言うの!?
「なお、残念なことに、ふたりの写真は事前に持ってきてもらえなかったため、
現在アニメーターをやってる木村君に無理を言ってイメージイラストを描いてもらいました」
なるほど・・・写真は私の分しかないものね・・・持ってこられなかったと言えば、それでいいのね。
木村君には悪いけれど・・・助かったわ。
「新婦の歌音は、みなさまご存じの通りです。って端折っちゃだめよね。
7月20日生まれ、上に姉が3人、下に妹が2人という6人姉妹の4番目に生まれ育ちました。
言葉遣いとかでわかると思うけど、実は超お嬢様です。高校2年生で日本に留学してきて、
2年過ごしました。その後はご両親の元に帰って、お家のお仕事のお手伝いをしています」
真珠がてきぱきと話した内容は、ざっくりとしたものだけれど、全て事実。
うん・・・間違ってないわ。
姫だということは隠しているけれど、言葉遣いも“お嬢様”で理解されるのに感謝しなくちゃ。
「ほとんどのみなさん初めてお目にかかると思います、新郎の湊さん」
雫が真珠からマイクを受け取って話し出した。
湊がぎくっとしてわたしに視線を投げかける。
何を言われるのやら・・・と内心ひやひやしてるのはわたしだけじゃないわね。
「湊さんは10月6日生まれ、歌音の故郷で生まれ育ちました。なんと、歌音の幼なじみであり、
同級生。以前は建築関係のお仕事をしてたんですが、これからは歌音のお家のお手伝いをすることになってるそうです。
あ、挙式でわかってるとは思うけど、ちゃーんと日本語話せるので、みなさん英語とかで話しかけなくても大丈夫ですよー」
最後の言葉にみんながくすくすと笑う。
うん、間違ってない・・・。
けど、プロフィールってこういうのでいいのかしら・・・?
わたしは普通の人間界の結婚式を知らないからわからないけれど・・・。
「では、ふたりの馴れ初めを紹介しちゃいます」
パッとプロジェクターが可愛らしいイラストを映し出す。
事前に写真かなにかを渡してあったのか、湊の絵もちゃんと描いてある。
デフォルメされた、幼少期の頃のわたしたちみたい。
「ふたりの出会いは幼少の頃。ふたりはよく一緒に遊んでいました。
好奇心旺盛な歌音につきあって、あっちこっち探検なんかして歩いていたそう。
湊さんは一緒に遊ぶというよりも、どちらかというと、お目付役みたいな感じだったのかもしれませんね」
そうね・・・小さい頃はよく探検だって言って色んな所へ行ったわ。
城の外に出られるのが嬉しかったし、知らない場所に行くのが楽しかったんだもの・・・。
それに、同世代の男の子の友達は、湊以外にほとんどいなかった。
幼稚園には通っていなかったから、女の子の友達も少なくて、ぽつんと広場で遊んでいたわたしに声をかけてくれたのが湊だった。
王女なんていう身分を意識する前の子供の出会い。
王女様扱いしないでくれる人は家族だけだったから、すごく嬉しかったのを覚えている。
「先に言いましたとおり、ふたりは同級生。小中高と、学校も一緒でした。ふつーに仲の良い幼なじみを続行していたようです」
実際には、こちらと違って小学校とか中学校なんて区切りはないんだけれど・・・そこは人間界仕様にしてくれたのね。
海の世界では住んでいる地域にある学校に通う。
王族は特別だけれど・・・基本的には“同じ地域に住む者の交流を図る”ということで、地域別。
年齢ごとに学年のようなものはあるけれど、校舎が別れるだけで、特に『中学』や『高校』みたいな区別がないの。
「実は、湊さんは気がついたときには歌音のことが好きだった、というくらい、昔から歌音に惚れていました。
ご本人の話によると、歌音の姉妹たちも、周りの友人にも湊さんの気持ちはバレバレだったそうですが、
ご存じの通りの歌音ですから、全く気づかず!そうこうしてるうちに、歌音の留学が決まってしまったのです」
痛い所をつかれたわ・・・。
だって、本当に、知らなかったのよ!
姉様たちも萌音も愛音も知ってたっていうけど・・・。
どこでわかったの?
何か特別なことでもしてた?
確かに、親しかったけれど、それは幼なじみだったからだし・・・不思議だわ。
「歌音の留学期間中はまぁ、みんな知ってると思うから割愛。湊さんは、
歌音が帰ってきたら告白するぞ!と決めて、それはもう色々頑張ったらしいです」
湊に似せて描かれたイラストが、メラメラと闘志を燃やすように描かれていて、みんなが笑った。
確かに、帰った時、一瞬誰だかわからなかったな・・・。
すごく大人っぽくなってて・・・見た目もだけど、きっと勉強とかも頑張ってたんだと思う。
昔の湊はもっとこう・・・ほんわかだった気がするのよ。
「そして、歌音が留学期間を終えて帰ってきました。そこで再会したものの、湊さんは歌音が落ち着くまで、と、しばし告白を我慢」
ん?
そんなこと言ってたかしら・・・?
いえ、でも、そうね・・・歌会の準備と人間界留学の報告でどたばたしてたのは確かだわ。
「まあ、色々ありまして、なんと、実は、告白したのは歌音の方だったのです!」
おお・・・!という声があちこちから上がる。
な、な、なんだかこんな風に話されると恥ずかしい・・・!
事実よ、確かに、わたしから告白したんだけど・・・!
・・・でも、気を使ってくれたのね。
透也君のこととか、省いてくれてる。
「湊さんはそれはもう驚いたそうですが、めでたく二人はカップルになったのでした。
ところが、湊さんのお仕事の都合でだんだん遠距離恋愛になり、
とうとう数ヶ月に一回会えるかどうかというレベルにまでなってしまい、
そんなのもう我慢出来ない!と湊さんがプロポーズ。現在にいたるのでした」
パタパタと変わるイラストを追いかけつつ、真珠がナレーションを盛り上げながら読んでくれたおかげで、
プロポーズのくだりの恥ずかしさは軽減された。
人魚のことも、透也君のことも、王家のことも、全部うまく隠してまとめてくれてある。
嘘はほとんどない。
よくまとめてくれてあるわ・・・!
わたしも湊も今日ここで初めて見たけれど、文句がつけられない出来。
でも、なんだか、私が話してないことも色々含まれていた気がする・・・もしかして、湊に聞いていたの?
指輪のことといい、わたしが透也君と連斗君とレコーディングに行っている間に、色々やっていたのね。
「ちなみに、ふたりはまだ本当には結婚してませんー。これから実家の方に帰って、ちゃんとした式を挙げるそうです」
真珠がさくっと付け足した言葉に笑いが起こる。
“ちゃんとした式”
そう、今現在の結婚式は本物ではないものね。
「まあ、つまり湊さんが歌音にぞっこんだということはわかって貰えたかと思いまーす。ふたりの紹介はここまで」
パチパチと拍手が響く。
木村君の描いてくれた絵も可愛かったし、湊のことを少しでも知って貰えたのは嬉しかった。
だって、この場で湊のことを知ってるのはほんの数人なんだもの。
『まったく・・・真珠のやつ・・・』
『あら、でも・・・本当のことでしょう?』
『そうだけど・・・!』
湊が少し頬を赤らめて言った。
わたしも大好きよ、湊。
年数ではかないっこないけれど・・・その分、想いでは負けないくらいだから。
テーブルの下で、そっと、湊の手に手を重ねた。
再びコース料理が再開され、合間を縫ってみんなが代わる代わるわたしの所まで来てくれた。
写真をとったり、お話しをしたり。
数年ぶりに会うし、ドレスアップしている女の子たちは一瞬誰だかわからなくなったりもするけど、
記憶力がよくてよかったわ・・・ちゃんとみんなわかった。
数人を除いて、クラスメイトがみんな出席してくれている。
椿ちゃんや、他のクラスの合唱部で一緒だった子たちも呼んでくれていた。
同窓会を兼ねているようなものだからなのか、男子も驚くべき出席率、なんだって。
途中で大きなケーキが登場して、ケーキ入刀なんていうこともした。
そして、お互いにケーキを食べさせる、ということも。
大きなケーキをひとつのナイフで切る「ケーキ入刀」は、なんでも『結婚して最初の共同作業』
という意味があるらしいけれど・・・ショー的な意味の方が今は大きいみたい。
お互いに食べさせ合うのには、愛情の深さをアピールというけれど・・・つまり演出なのね。
これは打ち合わせの時に雫から『カメラマンやお客さんへのサービスだと思ってやってくれればいいわ』なんて言われていた。
確かに、演出としてはいいと思うけれど・・・これを海でやるわけにはいかないわね。
2014.05.31.
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