「うん!完璧ね!」
結婚式本番当日。
控え室でメイクアップとヘアメイクをすませ、ドレスに着替えたわたしを見て、雫が満足そうに微笑んだ。
ヘアメイクをしてくれたさんごさんも満足そうに腕を組んで頷いている。
「なんか・・・恥ずかしいわね」
「何言ってるの、とってもよく似合ってる」
「そうよ、歌音ちゃん。ほんと、素敵よ」
真っ白のドレスは細かいレースがたっぷりとあしらわれ、所々にきらきら光る宝石のようなものが散りばめられている。
ふんわりと優雅に広がるドレスの裾。
後ろがすごく長くて、ちょっと重いけれど、それがとても美しい。
何重にも重なったレースがふわふわっと足元を隠して、彩っている。
大きく開いた背中は、残念ながら髪でほとんど隠れてしまっているけれど、腰にもレースが寄せてあって後ろ姿を飾ってくれている。
オススメの新作、とモデルをした代金としてもらったドレス。
本当はレンタルの予定だったのに、それじゃ割に合わない、と言われたらしく、結局もらうことになったって真珠があとで話してくれた。
いくらするのかはわからないけれど・・・高いんでしょうね。
あまりドレスや服のことがわからないわたしがそう思ってしまうくらい、肌触りがとってもいい。
胸元には、いつものパールのネックレスに加えて、細い白いパールのネックレスをしている。
色がピンクが基調だから少し目立つけれど・・・仕方がないわ。
だって、これを外したら人間でいられないんだもの。
少しでも目立たないように、と雫が白いパールを足してくれた。
それに、真珠が合わせてくれたイヤリングを耳元につければ、そんなに違和感もない。
髪の色やブーケの色もあるから、色の統一はとれてるという雫の見立てなのよ。
ながい髪はゆるくウェーブが出るように巻いてくれている。
ある程度の長さならば結い上げてしまったりするらしいけれど、さすがにそうもいかないから・・・。
髪飾りは本物の薔薇の花。
ヘアメイクをやってくれたさんごさんが、綺麗に一部分結い上げた所に添えてくれた。
ブーケと同じ花を使っているんですって。
指輪は今日は出来ないから、トゥリングとバレッタだけになっている。(バレッタは髪で隠れるようにしてくれてあった)
トゥリングは人間の姿にならないと出来ないものだから、効果は弱めだけど、長時間だったり、水の中に落ちたりしなければ問題ないんだそう。
口紅は海輝にもらったものを使ってもらった。
ほんのり赤みがかったローズピンクの口紅。
そして、左手には婚約の儀式で交換したブレスレットをしている。
本来ならこういったものは付けないらしいんだけど、
一応しきたりで「結婚式までつけていること」ってなってるし、ドレス映えするから付けてもいいでしょう、と許可をもらった。
頭上に光るティアラは透也君がくれたもの。
ヴェールはあとでつけるんだそう。
モデルで着てと言われたときや、撮影のために着たときとは、緊張感が違う。
全部、わたしのために、用意されたもの。
わたしだけの、特別な姿。
「不思議ね・・・」
「ん?」
「嬉しいのに、すこし、寂しいわ」
「花嫁らしい言葉ね、歌音ちゃん」
「さんごさん・・・」
「本当の結婚式はまだ先でしょう?今日はパーティーみたいな気分でいいと思うわよ」
「そうそう。主役が笑顔でいなきゃ意味ないしね!」
「・・・うん、ありがとう」
今日一日笑顔でいること。
決して、泣かないこと。
それが、今日の約束。
ああ、また“泣いちゃいけない”という日がくるなんて・・・。
「さあ、花婿の方はどうなってるかなー?」
うきうきした声で雫がそう言ったとき、コンコンっと扉がノックされた。
「雫、歌音、入ってもいい?」
「どうぞー」
カチャリと扉を開けて入ってきたのは、真珠と湊だった。
結婚式ということもあって、真珠も少しドレスアップしている。
「わああ!歌音、すっごく綺麗!似合ってるーっ」
「あ、ありがとう、真珠」
「見に来て正解だったね、湊!」
「あ、ああ・・・そうだな」
湊が照れくさそうに笑いながら言った。
真珠はくるりとわたしの周りを回って、にこにこ笑ってる。
「湊もよく似合ってるわ」
「それはどうも。なんか堅苦しくて慣れないけどな」
真っ白なタキシード。
ほんのり青みがかったグレーのベストがアクセントになっている。
胸に添えられた花は、わたしに合わせてか、薄いピンク色。
同じく指輪はできないから、見えていない。
ブレスレットはシャツの中に隠しているみたい。
本当に、よく似合ってるわ。
選んでくれた雫にお礼を言わないとね。
「ねえ、そこに2人で立ってよ!写真撮ろう」
「写真?」
「そ。ほら、琴音様にも見せたいし・・・あたしたちが記念に欲しいの」
「いいわ」
真珠が指定した窓際に湊と2人で立つ。
ヒールの靴を履いているのに軽く頭一つ分もある身長差がやけにくすぐったい。
海の中では身長なんて関係ないから、まだ違和感を感じてしまうわ。
目線の高さが合わないことが海ではないもの。
カメラ担当の人がどこからか現れて、にこやかに笑いながら次々とシャッターを切っていった。
何でも、今日はこれからずっとカメラマンの人がついて回るらしいわ。
海の話をうかつにしないようにしなくちゃ・・・。
「さあ、そろそろ時間ね。行きましょう」
「はい」
パンっと軽く手を叩いて言った雫の言葉に全員で返事をした。
参列するみんなと、湊が先に控え室を後にする。
真珠のお父様と、わたしが残された。
スタッフさんがヴェールを付けてくれて、最後にお化粧を整えて完了。
本当はヴェールは母親がおろすものらしいんだけれど、母様はきていないし、真珠のお母様にそこまで頼むわけにはいけないわ。
それに、この結婚式は“本物”じゃない。
だから、スタッフさんにお願いすることにしていたの。
係の人に丁寧に誘導されて、チャペルの入り口である大きな扉の前まできた。
「おじさま、父様役をありがとうございます」
「なに、いいよ。こっちでの父親みたいなものだからね。さんごのときに一度やっているし」
「真珠より先におじさまと腕を組んじゃって、申し訳ないわ」
「娘が三人いると思えばいい話さ」
くすくすと小声で話しながら、おじさまと腕を組んだ。
父様に来て頂くわけにはいかないから、父親役はおじさまに頼んでいたの。
リングガールは頼まず、神父様に指輪は持っていって貰っている。
引きずるほど長くないヴェールなので、裾を持って貰う必要もない。
チャペルの中からオルガンの音が聞こえてくる。
弾いてくれているのは、海輝の旦那様である朗さん。
「そろそろです。ご準備をお願いします」
スタッフのお姉様たちがにっこりと笑って、扉に手をかけた。
そして、重々しく開かれる扉。
オルガンの音がわっと響いてきて、身体を震わせた。
祭壇の向こう側はガラス窓になっていて、青い空と青い海と、庭の緑が鮮やかに彩っている。
白を基調にされたチャペルは、太陽のせいか、まぶしいくらいに光で溢れている。
海の世界にはない美しさが目の前に広がって、思わず立ちすくみそうだった。
かつてのクラスメイトたちが参列する中、教えられた通りに、一歩一歩おじさまとヴァージンロードを歩いて行く。
ヴェールのせいでよく見えないけれど、本当にたくさん集まってくれたみたい。
足元に落としていた視線を上げると、湊がこちらを見ていた。
口元に笑みを浮かべて、わたしを迎えてくれている。
湊の所までたどり着くと、おじさまと湊が会釈で挨拶して、おじさまから湊へと腕を組み直す。
視線が合った所で、湊が微笑んだ。
だいぶ、人前も慣れてきたみたいね。
緊張はしていない。
でも、ドキドキしてる。
ここにいる人数は、歌会のお客様よりもずっと少ないのに、どうしてかしら。
湊と一緒に、祭壇前へと歩を進めた。
神父様が開式の言葉を述べ、聖書から一節を読み上げる。
正直な所、わたしたちの世界にはキリスト教なんてないから、よくわからなかったりもするけれど、言いたいことはなんとなくわかった。
「では、お二人から結婚の誓いを宣言して頂きます」
誓いの言葉は、神父様が述べてわたしたちがそれに『誓います』と応えるのが一般的な形式だけれど、
まず、名前を呼ばれるときにとても困るので、お断りした。
自分たちで言う形式もあるし、言葉も決まっていないというので、そっちでお願いした。
だって、湊の名字を考えるの、面倒でしょう?
二人、向かい合って、手を取り合う。
「私たちはいついかなる時もお互いを支え合い、ともに生き、生涯愛することを誓います」
ふたりで、一緒に言葉にした。
嘘は言っていないわ。
本当に、そう思ってる。
神父様が微笑み、向き直るよう指示をする。
雫がプレゼントしてくれたリングピローと、指輪が差し出された。
「誓いの証に、指輪の交換を」
まずわたしから、指輪を手にとって、湊の左薬指に通した。
次に、湊がわたしの左薬指に指輪を通す。
キラキラと光る人魚の涙。
それは、愛の証。
「それでは、誓いのキスを」
ゆっくりと上げられる顔の前にあったヴェール。
鮮明になった視界には、微笑む湊の姿。
そっと、少し長めのキスを交わした。
なんでも、写真を撮ったり、音楽のタイミングがあるとかで、少し長めにして欲しいと言われてるの。
このまま湊に飛びつきたい衝動を抑えて、祭壇の方へ向き直る。
何だか・・・結婚式って少し面倒な手順が多いわね。
でも、それもまた、経験になっていいわ。
「これで、お二人は夫婦として認められました。末永く、共に支え合い、共に愛し合い、よい家庭を築いていけますように」
それから神父様の合図で、賛美歌を全員で歌って、式の終わりの宣言で退場になった。
湊と腕を組んで、チャペルを後にする。
ちらほらと見えた昔懐かしい顔に思わず微笑んでしまった。
「・・・で、この後はなんだっけ?」
「なんか、フラワーシャワーっていうのがあるんですって。あと、鐘を鳴らすみたいよ」
チャペルから出て、一度控えの間に通された。
「どうだった?結婚式は」
「人間界ってめんどくさいな。まぁ・・・少し恥ずかしいけどさ、この間の婚約発表に比べればマシっていうか」
「婚約発表をやったあとでよかったわ」
くすくすと笑い合う。
この結婚式はある意味ニセモノ。
婚約発表は本物だったものね。
王様である父様たちや、姉妹たち、お客さん全員に見られているんですもの。
それに、海の世界でこれから待っているのは本物の結婚式。
「でもさ、いいな。結婚式。衣装も綺麗だし、特別って感じがする」
「そうね。少しくらい・・・次の時に生かしたいわね」
「ドレスとか作ったら、きっと琴音様大喜びだろうな」
「あら、紫音姉様の方がはりきりそうだわ」
「確かに。でもほんと、歌音の家族にこの姿見せられないのは残念だ」
「写真があるわよ。大丈夫」
「でもさ、ほら、やっぱ違うじゃん」
「湊の一人占めってことで、いいじゃない。ね」
「まあな」
スタッフさんの指示で、控えの間から出ると、みんながふらりふわりと花びらを投げかけてくれた。
白いドレスに色とりどりの花びらが舞って、とても綺麗。
そうね、きっと、こういうのを“天国のように美しい”って言うんだわ。
『おめでとう!』
『綺麗ー』
『歌音、おめでとう』
みんなが列を作ってくれている中歩いて行くと、花びらと一緒にそんな声が聞こえてきた。
そして、通路の先に用意されていた、鐘に通じているという紐を湊と一緒に引く。
軽く引くだけでリーンゴーンという軽やかな音と、少し重い音がカラカラと鳴り響いた。
幸せの鐘の音。
なんて・・・綺麗な音。
「・・・素敵な音ね」
「そうだな」
2014.05.22.
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