そして、結婚式前日。
わたしたちは真理乃さんがとっておいてくれたホテルに宿泊した。
『新郎新婦だけ特別』
と言って、わたしたちにはスイートルームまで用意してくれてた。
主役はとことんひいきせよ、ということね。
式場の確認や打ち合わせ、段取りの確認も終わって、夕食はみんなでとった。
真理乃さんがいる席では、人魚のことはタブー。
彼女はわたしたちのことを知らないんだものね。
暗黙の了解のように、海のことには触れないでいてくれたみんなに感謝しないと。
「それじゃ、おやすみなさい」
「歌音、明日の時間、忘れないでね?」
「迎えに行くけどさ」
「ちゃんと目覚ましをセットしておくわ。ご心配なく」
「よろしい!じゃ、また明日ね!」
「おやすみなさい」
みんなが泊まっている部屋とは階が違うので、エレベーター前で別れた。
湊とふたり、1階にある部屋へと移動する。
前に泊めてもらった部屋とは違う部屋だけれど、今回の部屋もとても豪華。
白を基調とした家具に、きらびやかなシャンデリア。
大きなベッドは天蓋付きで、白いレースがふわりと何重にも重なって覆っている。
飾ってある花は百合の花で、いい香りが漂っているの。
清楚で、気品のあるお部屋。
湊より先にお風呂に入って、真理乃さんがお祝いにとくれたネグリジェを身にまとった。
「いい天気ね・・・」
外へ続く窓を開けると、ふわりと潮風が舞い込む。
海の中では決して嗅ぐことの出来ないカオリ。
人間たちはべたついて嫌だ、なんていう人もいるけど、わたしは大好き。
プライベートビーチには誰の姿もなかった。
ただただ、波が押しては引いていく音が聞こえている。
星が見たくて、さくっと砂を踏みしめて歩き出した。
生ぬるい風が髪とスカートをさらっていく。
ただ、それだけのことで、ここが地上なんだと感じられた。
「綺麗・・・」
濃い藍色をした空に瞬く無数の光。
手が届きそうで届かなくて、降ってきそうなのに降ってこない。
星の光は、何億光年という距離を渡って今届いているから、
もしかしたら今輝いている光のもとの星は、もうないかもしれないと、本に書いてあったのを思い出す。
光の速さで、何億年という月日をこえて届く光。
こんなにたくさんの星があるのだから、他に命のある星があると思う。
宇宙人の存在を信じている人は多いのに、人魚の存在は信じられないなんて、人間は不思議だわ。
天使や妖精は外国の本にあんなに描かれているのに、それでも多くの人は架空のものだと思ってる。
知られすぎてはいけない。
それはわかっているけれど、少し、寂しくも思う。
人魚は地上で誰にでも見られるけれど、天使や妖精はほとんどの人間には見えない。
ごく稀に彼らに会う事が出来る人間がいるというけれど・・・。
ジャリッと小さな貝殻を踏んでしまい、自分が裸足だということに気がついた。
細かな砂が足にまとわりついている。
「あ、いけない。裸足のままだった・・・」
せっかくお風呂に入ったのに・・・わたしったら、だめね。
湊がお風呂から出たら、部屋に戻りましょ。
「・・・洗うんだったら、いいわよね」
ざくざくと砂を踏んで、波打ち際まで進んだ。
わたしの足首まで、波がざっと打ち寄せる。
そして、すぐに引いていく。
足元の砂が波にさらわれて、しゃわしゃわとした感触が足にまとわりついた。
波の音、波の感触、これも海の世界には絶対にないもの。
思わず、聴き入ってしまう。
「歌音」
声をかけられて、はっとして振り返と、そこには少し呆れた顔をした湊が立っていた。
「湊」
「何やってるのさ。裸足で」
「えへへ・・・星が見たかったのだけど、靴を履くの忘れちゃったのよ」
「さすが」
「え?」
「何でもない。ついでに波と戯れてるってところか」
「戯れてるというか・・・聴いていたの。音を」
「海には絶対ない音だもんな」
「ええ」
ぎゅっと、湊がわたしを後ろから抱きしめた。
そっと湊の腕に触れる。
海の中よりも、あたたかく感じるのはどうしてかしら・・・。
月明かりが水面に反射して、キラキラと輝きを放っている。
水平線は夜の闇に飲まれて、空と一体と化していた。
しばらくの間、ふたりでこの地上からしか見られない光景に見入ってしまっていた。
「不思議だよな・・・この下に、俺たちの暮らしてる世界があるなんて・・・こうしてみると考えられないな」
「そうね・・・でも、海にいるときは、この上に世界があるなんてって思うのだから、同じ事よ」
「確かにそうだな」
陸にいると、海の世界がまるでおとぎ話のよう。
海にいると、陸の世界がおとぎ話のよう。
どちらも存在していると知っているのに、不思議な気分だわ。
「明日が結婚式とか、嘘みたいだ」
「・・・ええ。でも、忘れないでね?本当の結婚式はまだなんだから」
「婚約発表が終わっただけだもんな」
「こっちの結婚式のいいところが、少しでも海で出来ればいいわね」
わたしは人間界留学していた経験のある王女。
人間界のいいところ、素敵な所が少しでも広まれば・・・と思って色々やってきた。
服や、布団、音楽、言葉・・・。
結婚式の素敵な所も、持ち帰って出来たら良いなと思ってる。
それが、人間界での結婚式を許可してくださった父様と母様へのお礼にもなると思うし、
海のみんなが見てくれる結婚式なら、影響力もそれなりだと思ってるわ。
人間の世界も素敵だよって、伝えたいの。
一般の留学生じゃできないことが出来る。
わたしはこの“王女”という身分を利用するべきなんだと思うのよ。
「・・・ああ。きっと海でも出来る事があるよ。さ、そろそろ戻ろう、歌音」
「そうね」
湊に促されて、部屋に戻った。
足を綺麗に洗い流して、目覚ましのアラームをしっかりとセットしてから、ベッドに潜り込む。
マットレスが身体を受け止め、ふわふわの枕が優しく頭を支えてくれた。
夏だから、掛け布団はブランケットのように薄く、通気性がよいものになっているみたいで、ふわりと軽かった。
冷房でほどよく冷やされた部屋には心地良い。
「歌音」
「なあに?」
「抱きしめてもいい?」
「・・・何をいまさら言うの」
「いや・・・なんとなく」
「もちろん、どうぞ」
湊の方へ身体を動かし、ぎゅっとその腕に抱かれる。
わたしも、湊の身体に腕を回した。
「明日はわたしの知り合いばかりで、きっと湊はつまらないと思うわ」
「そんなことない。歌音の反応を見てたら、きっと面白いと思うよ」
「えっ」
「それに、真珠や透也たちもいるし、雫たちのご両親も来てくれるんだろう?」
「ええ。雫のご両親にはわたしの立場なんて関係ないはずなのに、人魚の血を引く者として見ておきたいって」
「俺の明日の仕事はさ、歌音を笑顔にすることなんだよ」
「わたしを?」
「そう。みんな歌音に会いに来るんだからな。何も出来ない俺が唯一出来る事はそれだけだって、透也も言ってただろ」
「・・・そうね」
すりっと湊の胸に頬を寄せた。
わたしに会いたいって、みんなが計画してくれた結婚式。
同窓会みたいなものだから、と言われている。
卒業以来会っていない人たちばかりで、少し不安もあるけれど、とても楽しみ。
宝物のような2年間を、一緒に過ごした人たちだもの。
2014.05.16.
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