「歌音、湊、いらっしゃい!」
「真珠、おかえりー」
「お疲れ様、春樹さん」

真珠の家、水城家の玄関を開けると、みんながリビングから顔を出した。
雫、あくあ、真珠のご両親、それに海輝もいる。
お酒の入ったグラスや、簡単なお菓子や料理がテーブルに並んでいる。
どうやらだいぶ待たせてしまったようね。

「こんばんは。お久しぶりね」
「こんばんは、お世話になります」

湊と2人、ぺこりと軽く礼をする。
みんなが口々に久しぶりーと言う。
少し、姉様達を思い出してしまった。
いつもこうやって、みんなで出迎えてくれる。
きゃっきゃと話しながら、手を振ったりして、笑顔で。
久しぶりなのに、久しぶりじゃない感覚。

「さ、シャワーあびて着替えてらっしゃい。歌音ちゃんは髪も乾かした方がよさそうね」
「そうね。ちょっと・・・重いかな」
「すっごいロングヘアーだもんな」

くすくすと春樹が笑った。
それから、シャワーで海水を流し真珠が用意してくれていた服に着替え、ドライヤーで髪を乾かした。
海の世界ではなんとも思わないこの髪も、やはり人間界ではやっかいだわ。
長いと水分をたっぷり吸ってしまって乾くのが遅いし、頭が重いの。
軽く、膝丈まであるわたしの髪は、人間界ではなかなかいない長さだもの。
真珠に手伝ってもらって、たっぷり時間をかけて乾かした。
一方、湊はというと、短時間で髪も乾いたので、さっと着替えてリビングに行ってしまった。

「歌音の髪は綺麗だし、好きだけど・・・大変よね」
「人間界に来ると、短くしたくなるわ」
「ヘアアレンジも考えないとだめかなー・・・まぁ、それはあとで!さ、行こう」
「ええ」

ふわふわになった髪を整えて、邪魔にならないようにポニーテールに結ってもらった。
それから2人でリビングに向かった。

「あ、きたきた!」
「主役登場、か」
「久しぶりー、歌音ちゃん」

リビングに通じる扉を開けて、一瞬固まる。
ん・・・?
さっきよりも人数が増えてるわ・・・よ?

「透也君、連斗君、美菜穂さん・・・?」
「そんな驚いた顔しなくても・・・なぁ、連斗」
「ほんとに。とりあえず、座ったらどう?」
「そうね・・・」

身支度を調える前は散り散りに座ったりしていたみんなが、ひとつのテーブルを囲んで、それぞれ床やクッションの上、ソファに座っていた。
雫と海輝だけいない。
真珠のご両親である真奈さんたちも席を外したみたい。
とりあえず、すすめられるがまま湊が座っているソファに“ここにどうぞ”と言わんばかりに空席となっている場所に腰をおろした。
時間を確認すると、夜の10時半を過ぎた所。

「俺たちだけ遅く合流したんだよ。それだけ」
「間に合うと思ってたんだけどね」
「ちょっと準備に戸惑っちゃって」

えへへ、と美菜穂さんが笑った。
準備・・・ああ、出かける支度ってことね?

「さ、主役が来たことだし、雫!」
「はぁーい」

あくあがキッチンの方に呼びかけると、雫が返事をする。
ぱちん、と突然明かりが消される。
そして、雫と海輝が大きなケーキを持って現れた。

「誕生日おめでとう!歌音!」

ゆらゆらといくつもの小さなロウソク明かりが灯ったケーキがテーブルに置かれて、みんなが息を合わせてそう言った。

「え・・・?」

わたしの誕生日は7月20日よ・・・?
約一ヶ月も前のことだけど・・・?
わけがわからず、きょろきょろとみんなの顔を見てしまう。
だって・・・ねえ?

「誕生日?」
「一ヶ月近く遅くなっちゃったけどさ、お祝いくらいさせてよ」
「そんなに困惑しなくてもいいじゃない?」
「歌音は相変わらずね」

真珠、雫、あくあが顔を見合わせながらくすくすと笑う。
美菜穂さんも連斗君と顔を見合わせながら笑ってる。
知らなかったのはわたしだけなの・・・?

「あ、ありがとう・・・!驚いたー、人間界の日付が一ヶ月ずれたのかと一瞬思ったわ」
「あはは!その発想はなかなかないな!」
「透也君ッ」

けらけらと透也君が笑う。
だって・・・まさか一ヶ月経ったあとに祝われるなんて思ってなかったんだもの・・・!
わたしは海音姉様の誕生日式典に出席出来なくて残念に思っていたところなんだから・・・。
それに結婚式のためにきて、誕生日を祝われるなんて想定外だわ。

「ってことで、はい!プレゼントよ」
「えっ」

みんながサッとそれぞれに包みをわたしに差し出した。
小さなものからちょっと大きなものまで・・・。
綺麗にラッピングされたプレゼントがずらりと並ぶ。

「そ、そんな、わたし、もらうわけには・・・」
「いいの!歌音ちゃん、こういうのはあげる側の自己満足があるんだから!もらって」
「そうよ、歌音。歌音のために用意したんだもの」

美菜穂さんと海輝がにこっと笑って言う。
わかってるわ。
もらう側は出来るだけ断らないこと。
海の世界の誕生日式典でもたくさんのプレゼントを頂く。
小さな花束から、宝石まで、それは様々。
基本的には断ってはいけないのが礼儀というもの。
“わたしのために”と用意してくれた、その心を受け取るの。
でも・・・わたし・・・こんなにもらってばかりで・・・申し訳ない。
結婚式の費用や準備も全て任せてしまっているのに・・・。
何も返せるものがないのがつらい。
でも・・・

「・・・そうね、ありがとう」

みんなから包みを受け取る。
両手では抱えられないほどのプレゼントの数々。
申し訳ないと思いつつ、嬉しくて笑みがこぼれる。
みんなのその“祝いたい”っていう気持が嬉しくてしかたがないの。
こうして誕生日を覚えていてくれたことも、本当に嬉しい。

「ねえ、開けてもいいかしら?」
「どうぞどうぞ」
「出来れば今見て貰いたいしね」

手元に集まった包みを解いていく。
湊が隣で手伝ってくれた。

真珠からは、キラキラと光るイヤリング。
わたしのピンクパールに合うようにと、ピンク色になっている。
雫からは綺麗なリングピロー。
なんでも、結婚式で指輪を運ぶときに使うものなんだって。
あくあからは、写真立てだった。
海で使えるようにと、金属製で、小さなガラスが飾られている。
海輝からは、口紅。
水の中で使えるかどうかわからないけど、と笑っていた。
透也君からは、光り輝くティアラ。
結婚式で使って欲しいと選んでくれたんだそう。
美菜穂さんと連斗君からは、少し大きめの宝石箱だった。
全部、この箱に入れて海へ持って行けるように、と・・・。

そう、全部、結婚式で使えるようにと選んでくれたものだった。
きっと、みんなで相談して、揃えてくれたのよね・・・?
でなきゃ、こんなに統一されてない。

「ありがとう・・・ほんとに・・・うれしいっ」

嬉しくて、みんなのその気持ちが嬉しくて、思わずぽろっと涙がこぼれた。
瞳から流れた涙は、ころころと固形化して、わたしの膝に落ちていく。
海の世界では貴重な、人魚の涙。

「歌音」

ふいに名前を呼んで、湊がわたしの肩を抱いて引き寄せた。

「俺からのプレゼントも受け取ってよ」
「え?」

湊がリングピローを手に取ると、そっと、何かを乗せた。
それは、ふたつの小さな指輪。

「正確には俺からじゃないんだけど」
「マリッジリングよ、歌音」
「真珠・・・」
「つまり、結婚指輪。デザインとかは湊が選んだの」
「真ん中についてるのは歌音と湊の『人魚の涙』なんだよ。加工してつけてもらったの」
「もちろん、歌音の指輪には湊ので、湊の指輪には歌音のだからね」
「男性用の指輪に宝石類をつけていいのかって、さんっざん業者を困らせたけどねー」

お互いの『人魚の涙』がついてる、結婚指輪・・・。
こんなに・・・素敵なものない・・・!
『人魚の涙』を交換して持つ事が、愛の証だと知ってのことね。
わたしの指輪と思われる、小さいサイズの方には、白く輝く『涙』に、ピンク色の宝石。
もうひとつには、『涙』とブルーの宝石が小さく添えてある。
わたしたちのしっぽの色・・・。

「ほら、泣かない!人間界では泣いてはいけない、それが留学のルールのひとつだろう?」
「〜〜〜・・・湊のいじわるっ。知らなかったわ、こんな・・・!」
「そりゃ、知られないように歌音がいない間に決めたことだからね」
「みんな、ありがとう・・・本当に・・・ありがとう」

ぎゅっとリングピローを抱きしめる。
こんなに素敵な人たちに出会えて嬉しい。
祝ってもらえて嬉しい。
人間界留学に来てよかった。
本当に・・・かけがえのない友達。
こうして会えることが、本当に本当に嬉しい。
留学期間が終わったら、真珠たちごく一部の人魚を除いて、もう会う事なんてないと思ってた。
ううん、真珠たちにだって会えないと思っていた。
ふたつの世界には生きられない。
それが掟だから。
わかってるわ。
こんなことが許されているのはわたしが“王女”だから。
普通の留学生は海に帰ったらほとんどの場合が二度と地上に行く事はない。
わたしが特例、特別なんだということは承知のうえ。
それでもいいの。
こうして時々みんなに会えるだけで、いいの。

「歌音、ほら、泣き止んで。リビングの掃除が大変だ」
「綺麗だけどね」
「まるで本物の真珠みたいね」

連斗君と美菜穂さんがくすりと笑いながら、転がった涙を一粒手にして言った。
軽く手の平いっぱいになりそうな涙の粒が膝に転がっている。

「泣き虫な歌音が人間界でよくやってけたよなー。俺、そこだけは不思議だよ」
「・・・ルールだもの。一度だけ破っちゃったけどね」

湊がわたしの頬を撫でて、涙をぬぐった。
そうね、いつまでも泣いちゃだめね。
でも・・・少しくらいいいでしょう?
結婚式では、どんなに感動しても泣いちゃいけないんだから。
その分、泣かせて。
みんながわたしの方を見て“やれやれ”という表情をした。

「ねえ、みんな、ひとつお願いがあるの」
「ん?」
「何かしら?」
「披露宴・・・だったよね。そこで透也君たちの演奏があったでしょう?」
「ああ」
「・・・わたしも混ぜてくれないかしら」
「・・・・・・」
「たくさんのプレゼントや、結婚式のお礼をしたいの。でも・・・わたし、 何もみんなにあげられるものがなくて・・・出来る事と言えば、歌うことだけだから。せめて・・・歌わせてくれないかしら」
「・・・もちろん、いいよ」

透也君と連斗君が一瞬お互いの顔を見合ってから、連斗君がにこっと微笑んで言った。

「ああ。もちろん。まぁ、花嫁が歌う結婚式なんて聞いたことないけど・・・ 披露宴というより同窓会みたいなもんだしな。歌音がご希望なら何曲でも弾きましょう?」

透也君がイタズラっぽく肩をすくめて言う。

「歌音の歌なら、きっとみんなも喜んでくれるしね。OK、組み込みましょう」
「ありがとう・・・!」
「俺も何か出来ればよかったんだけど・・・あいにく、音楽は出来ないしね」
「湊はそのまんまでいいんだよ。むしろ、こうして来てくれたことが一番の礼だから」
「連斗・・・?」
「結婚式はひとりじゃ出来ないものね。湊君が来てくれなきゃ出来ないし」
「何かしたいなら、湊は歌音の隣にいて、歌音のことを笑顔にしてやって。みんな歌音の幸せな姿見に来るんだから」
「透也・・・。わかった。そうするよ。ありがとう」

連斗君と透也君の言葉に頷いて、湊がわたしの手を握った。
視線が合って、思わず微笑む。
わたしが笑っていることを望むなら、いつだって笑うわ。
大好きなみんなのために。

「さて!ケーキ食べて、今日はお開きにするわよー。明日から忙しいんだからっ。結婚式は一週間後よ、わかってる?」
「そうそう!もういい時間なんだし、ケーキ食べましょっ」

真珠とあくあの仕切りで、ケーキを切り分け、みんなでわいわい言いながら食べた。
わたしが昔、チーズケーキを美味しいって言ったのを覚えていてくれたみたいで、バースデーケーキはチーズケーキだった。
それぞれの家に帰るために、真珠の家を出るみんなを見送って、わたしたちもそれぞれに支度をして眠りについた。



それから、準備のために色んな所へ連れて行かれた。
ドレスやヴェール、小物の最終チェック。
美容室でさんごさんに髪型を決めて貰ったり、メイクさんとの打ち合わせ、ネイルサロンとエステでボディケア・・・。
わたしと湊は指示されるがままにしていた。
何かと遠慮しても無駄だということを学習したのよ。
“こんなことしてもらわなくてもいいのに”
そんな台詞は彼女たちには通じないの。
みんながそれで楽しければ・・・わたしもいいかな、と受け入れることにした。
真珠と雫の言葉をかりるなら、“リアル着せ替え人形”らしいわ。



2013.07.20.