そして、3ヶ月後。
「ぷはっ」
「っはぁっ・・・」
ざぷん、と勢いよく水面に飛び出した。
キラキラと星と月が輝く夜。
久しぶりの空気が頬を撫でていく。
長距離を泳いだせいなのか、空気のせいなのか、息があがってしまうわ。
何度経験しても、この感覚だけは抜けない。
海の中よりも絶対的に酸素が多いはずなのに、息苦しいと思ってしまう。
何度か大きく呼吸をして、息を整える。
湊も隣で同じように深呼吸していた。
「歌音!湊!」
明るい声が聞こえて、ぱっと声の方を向く。
もう定番となった待ち合わせ場所である岩場に、小さな懐中電灯を片手に持ったまま、大きく手を振る人物が目に入った。
「真珠・・・!」
「行こう、歌音」
「ええ」
ざぶん、と一度海に潜って岸辺まで移動して、真珠のいる岩場を目指す。
そこから、勢いをつけて陸に上がった。
海の中では重みを感じない髪が、急にずしっと重さをうったえてくる。
「久しぶりね、歌音、湊」
「お迎えありがとう、真珠」
「久しぶり」
にっこりと真珠が笑って、バサバサっとわたしたちにバスタオルを降りかけた。
身体から滴る水を簡単に拭き取ると、真珠がもう一枚バスタオルをわたしの頭にかぶせて、わしゃわしゃと拭かれた。
まったく、やっかいな髪だ!なんて言いながら、少し楽しそう。
用意してくれた服を着て、持ってきたパールのネックレスと指輪を装着して、それぞれ人間の姿になった。
脚があるのも久しぶりで、なんだかふわふわした気分になる。
「ひゃあっ」
「おっと」
立ち上がろうとしてよろめいたところを、すかさず、横に立っていた湊が私のことを支えてくれた。
そのまま腕につかまって、バランスをとってから、立ち直す。
この“立つ”って感覚が久しぶりだと重たくて仕方がないの。
「平気か?」
「ええ。ありがと、湊・・・」
「ふむ・・・やっぱり運動神経の差、なのね。きっと。人間界歴は歌音の方が長いはずなんだから、
どう考えてもよろけるのは湊の方が正しいはずなのに」
真珠がわたしたちを見て頷きながら言う。
つまり・・・わたしの運動神経がにぶいと言いたいのね・・・。
人魚の時でさえ、“歌音は運動神経が悪い”って言われてたんだもの・・・当然、かな・・・。
人魚の運動神経なんて、ほぼ“泳ぐこと”の一点なのに比べて、人間はやっかいだわ。
この脚と重力のせいよ。
ようやくバランスを取り戻したところで、そろって歩き出すと、岩場の岩が冷たくないことに気がつく。
「夜なのに暑いわね」
「熱帯夜よ。歌音がこっちに住んでたときより、夏が暑くなった気がするもの」
「ええー・・・あれ以上暑かったら、わたし動けなくなりそうよ」
「昼間はあまり外に出ない方がいいわ。2人にはツライだろうからっていうか、
人間でもへばりそうよ!昼間に砂浜なんて歩いたら火傷しそうなくらいなんだから」
「それは・・・こわいわね」
季節は真夏、8月中旬。
人間界ではじりじりと日差しが照りつける季節。
人間界留学している時ですら、わたしは暑いのが苦手で、
夏休みの大半を真珠の家でやっている水族館で過ごしていたというのに・・・今からめまいがしそう。
水族館は適度に冷房が効いていたし、水が多いから気分も涼しくなる。
それに、ブルーの世界が広がっていて、わたしにはとても落ち着く場所だったわ。
「へえ、地上の夏ってそんなに暑いんだ?」
「そりゃあ、もう!湊は知らないもんね。まさに、焼かれてるって感じね。
アスファルトの上とか、時々フライパンの上ってこんな感じかなとか思っちゃう」
「あはは、それは恐ろしいな。焼かれるのはごめんだ」
そんな話をしながら、さくさくと砂浜を踏みしめる。
生ぬるい風が肌をかすめていく。
ああ、人間界だなぁ・・・と感じる瞬間。
この海の香り、波の音、絶対にあの世界では感じられないもの。
それをかみしめながら歩いて行く。
「今日は真珠だけ?」
「あたしと春樹がお迎え役なのよ。みんな家にいるわ」
「ん?春樹?」
「車の中で待機中よ。さ、行きましょ!みんなお待ちかねだもの!」
そして、春樹の待つ車に乗り込み、わたしたちは真珠の家に向かった。
2013.07.20.
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