そして、歌会の日。
歌会の後に婚約発表をすることになっている。
婚約の儀の手順はさんざんおさらいした。

「いつもと違う事があるっていうだけで、ドキドキしちゃうわ」

控え室で海音姉様に髪を結ってもらう。
歌会には衣装さんやメイクさんなんかはいない。
全て、姉妹でやっている。
もちろん、衣装準備なんかは頼むのだけれど・・・。
この手作り感もひとつのウリ。

「ふふ、そうね。湊とウィルはどこにいるの?」
「父様と同じブースに席を用意するっておっしゃってました」
「父様と一緒に・・・それは湊は緊張するでしょうね」
「だいぶ慣れたと言っても・・・王族と一緒に、は、なかなかないですからね」

くすくすと姉様と笑いあう。
長いわたしの髪を姉様が綺麗に結い上げて、アクセサリーをつける。

「はい、できた」
「ありがとうございます。じゃあ、次は姉様のをわたしが」
「ありがと」

場所を交代して、今度はわたしが姉様の髪をブラシで梳いていく。
綺麗な青い髪を手に取るたび、少しどきどきする。
大好きな姉様の、大好きな青い髪は、昔から少し憧れ。
姉様は髪もしっぽも瞳の色も、みんな、この海の色と似ている。
名前を裏切らない「海」の色。
大好きな色。

「でも、少しさみしいわ」
「え?」
「歌音が結婚してしまうなんて・・・大事な妹を取られた気分よ」
「そんな・・・何も変わりませんわ」
「いいえ、“何も”なんてことは絶対にないわ。 あなたがここに住んでいることも、王族であることも、私の妹であることも変わらないけれど、絶対に何か違ってくるわ」
「姉様・・・」
「あなたたちの結婚を反対してるわけじゃないし、湊なら大丈夫って私も思ってるけれど・・・やっぱりさみしいわ」
「ほんとよねー!その意見、賛成だわ、姉様っ」
「あたしもあたしも!」

後ろにいた波音姉様と紫音姉様が会話に食いついてきた。
すでに髪飾りを付け終え、衣装も身にまとっている。
ついっと姉様の横まで移動して、鏡ごしにわたしを見た。

「お祝い事だし、反対してるわけじゃないし、湊ならって思ってるのに、さみしいったらないわ!」
「会えなくなる訳じゃないのにねっ」
「紫音姉様、波音姉様・・・」
「ふふっ。そういえば、人間界留学に行くときも同じような事を言ったわね」

海音姉様が小さく笑った。
それにつられるかのように、紫音姉様と波音姉様もくすくすと笑う。
そんな姉様達の変わらない態度が嬉しくて、わたしもつい笑みがこぼれた。
姉様の髪に綺麗な真珠の髪飾りをつける。
青い髪に白い真珠が良く映えて、キラキラ輝いた。

「はい、姉様、出来上がりました」
「ありがとう、歌音」
「姉様方、もうすぐ時間になりますよっ」
「急いだ方がよろしいかと・・・」
「あ、萌音、愛音、ありがと」

萌音と愛音にせかされて、姉様方とくすりと笑みを交わした。
衣装を身につけ、アクセサリーをつけて、曲順を確認し合ったらOK!
それぞれの持ち場についた。
今日の一曲目は思い出深いあの曲。
人間界留学が決まった日、最初に歌った、6人で初めて披露した曲。
萌音、愛音から歌い出し、私が最後に登場する。
あの頃より大人になったわたしたちが揃って歌う歌・・・。
音楽が聞こえて、照明が暗くなる。
萌音と愛音の歌声が聞こえ始める。
今日は父様のお話は最後に、と決められている。
姉様たちの歌声が合流したところで、わたしも泳ぎだした。
ステージで合流して、目配せして笑い合う。
この瞬間がいつも好き。
奏でられる音楽、響きわたる歌声、キラキラと身につけているアクセサリーが照明の光を反射して輝く。
ほの暗い客席から、みんなの笑顔が見える、この場所が好き。
中央の父様たちがいるブースに、湊とウィルを見つけて微笑む。
ねえ、ちゃんと届いてる・・・?




全ての演目が終わり、ステージが拍手に包まれる。
父様がすいっと席から泳いできて、ステージ中央で止まった。
ある意味、わたしにとってはここからが本番。
急にドキドキして息が苦しくなってくる。
こっそりと、深呼吸して気持ちを落ち着かせようとしたけど、そんなの無意味だった。

「今日は“人魚姫の歌会”へお越し頂き、ありがとう。楽しんで貰えただろうか。今回は、ここでひとつ、大切な発表をさせて貰おうと思う」

父様の言葉に、会場がざわつく。
まだ客席にいる湊と、目があった。
大丈夫、と言うかのように、口の端に笑みを浮かべる湊を見たら、自然と頬が緩む。
そうね…大丈夫。

「この度、4番目の娘・歌音と、恋人の湊の正式な婚約が決まりました」

わああっと歓声にも似た声があがる。
すいっと父様が湊に手を差し出すと、それを合図に湊がステージに泳ぎ寄る。
そして、わたしの正面まできて、わたしの手を取った。
思わず、ぎゅっと手を握りしめる。
湊も一瞬、握る手に力を込める。
そんな中、姉様たちはさっと舞台から袖へと移動していた。
ステージには慣れっこ。
だけど、こういうことになると話は別ね・・・。
はずかしい・・・!

「さすがに、観客がいると恥ずかしいな」
「ほんとに」

わたしの顔を見て、湊がささやいた。
絶対、今、わたし、赤い頬をしているわよね・・・!
何度も打ち合わせをして、リハーサルのようなことまでして、ちゃんと準備してきたのに…やっぱり誰もいない客席と、満席の客席では大違いだわ。

「ここに、婚約の儀を交わしてもらおう。今日起こしの皆には、その立ち会い人となってほしい。歌音、湊」
「はい」

王家に伝わる、婚約の儀。
とても簡単なものだけれど、こうして大勢の前で示すことに意味がある。
儀式自体が大切なわけではないの。
係の者がうやうやしく、小さな箱を運んできて父様に手渡した。
父様がわたしたちの前で、その箱を開ける。
入っているのは、小さな粒の付いたブレスレットが二つ。
そう、“人魚の涙”
“人魚の涙”は“愛の証”とされるもの。
お互いのものをブレスレットに加工して、交換する。
それが『婚約の儀』。
わたしのブレスレットはまるで花のような加工がされている。
中心に“人魚の涙”が添えられている。
きっと、わたしの持ち帰った人間界の写真からデザインしてくれたのね・・・。
湊はもっとシンプルな、細い金属で装飾を施してあった。
このブレスレットも、今後正式な場所での大切なものになる。
だから、見栄えもそれなりに出来ているの。

「さあ」

父様に促されて、箱からブレスレットをひとつ取り出す。
そして、湊の左手につけた。
同じように、湊がブレスレットを取り出すと、わたしの左手にブレスレットをつける。
そして、ちゅ、と軽く手の甲に口づけた。

「っ・・・」

そんなの、儀式に入ってなかったじゃない・・・!
ふいうちされた・・・っ。
きっとすごく驚いた顔をしていたのだろう。
湊が笑いながら、くしゃっとわたしの頭をなでた。

「もう・・・」

たったそれだけのことで全て許せてしまうなんて、少し悔しいわ。
観客席から、歌会の時とは違う、祝福の拍手が届く。

「歌音、湊、ふたりの婚約をここに正式に認めるものとする」

湊と手を繋いで、父様に一礼する。
くるりと向き直り、客席にも深く一礼した。

「なお、結婚式の日取りについては改めて掲示することとする。どうか、ふたりに祝福を」

父様がそう言うと、拍手に混じって“おめでとう!”や“お幸せに”といった声が聞こえてきた。
わたしたちはもう随分長い間『恋人』だった。
それゆえ、もう周知の関係。
それほど驚かれることもないし、どんな反応が返ってくるのだろうと思ってた。
こうして、“おめでとう”をもらえると、嬉しいわね。
普段、ステージに引っ張り上げられることがない湊は、少し落ち着かない様子でぎゅっとわたしの手を握った。



翌日、ウィルを送り出した。
結婚式には招待状を送ると約束して。
『その時はお祝いに一曲吹くよ』
と、約束してくれた。


2012.12.20.