「おやおや・・・わざわざありがとう、ウィリアム王子。歌音から話は聞いていますよ」
「ご挨拶もなしに訪問・滞在して申し訳ありませんでした、陛下」
「いいんですよ。王子が旅をしてはいけないというわけではないですし、
私に挨拶をしなければいけないという決まりだってないのですから。こうして来てくれただけでも嬉しい」
「恐れ入ります。お二人ともお元気そうでなによりです」
「そうね、ウィル。久しぶりだものね。また、あなたの笛、聴きたいわ」
「すみません、琴音様。今回は持参していなくて・・・」
「またいつか、聴かせて下さいね」
「必ず」
父様と母様のお部屋にふたりでご挨拶に伺った。
正式な場所ではない、ふたりの私室。
だけれど、ウィルの態度は先ほどまでとは違い、王子に戻ってる。
どちらも本当の姿だってわかってるけど・・・さっきまで気さくに、湊と何にも変わらない様子で話していたウィルが、急に『王子様』に見えた。
「今朝歌音に報告をもらったばかりだったんだよ。歌会と婚約発表式の席、用意しておこう」
「ありがとうございます。先ほど、湊にも会ってきたところなのです」
「まぁ、そうだったの。それで歌音が一緒だったのね」
「偶然街で会ったんです」
母様がにこっと笑ってわたしを見た。
朝報告したばかりの人物と一緒に来るなんて、思ってなかったのね。
「滞在期間は残り少ないだろうが、ゆっくりしていっておくれ。そうだ、今日からは王宮に滞在してはどうだ?」
「いいわね、それ!」
「あー・・・ご迷惑ではありませんか」
「とんでもない。むしろ、君の話をもっと聞かせて欲しいからね。どうだろうか」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます」
ウィルがぺこりと軽く一礼する。
そして、視線でわたしにほほえみかけた。
“次は海音のトコロによろしく”とでも言っているかのような視線。
王宮に滞在するのなら、言わないわけにはいかないものね。
「では、父様、母様、この辺で失礼します。練習もありますし、ウィルも荷物があるわよね」
「そうだね。では、陛下、琴音様、また・・・」
「いつでも待っているよ」
「夕食は一緒にとりましょうね」
にこにこと笑いながらふたりが軽く手を振った。
娘しかいないふたりには、ウィルの存在は嬉しいんだろうな・・・。
ふたりに見送られて、部屋を後にする。
「さてと・・・次は海音姉様のところ、でいいんでしょう?」
「さすが、歌音。わかってらっしゃるね」
「わかりやすくて嬉しいわ。王宮の私室は警備が厳しいから案内がないと入れないしね」
「そうなんだ?」
「一応ね。行きましょ」
すいっと泳ぎ出す。
王宮の中はちょっと複雑な作りになっている。
侵入者が出たときに惑わすためでもあり、警備の面をみてのことでもあり、
ただ単に増設していったらこうなった、ということもある。
人間界みたいに自由がきかないわけじゃない海の世界だから、道なんて関係ないし、
いくらでも短縮して移動することは出来るんだけれど、
王宮内はできるだけ建物の外には出られないよう作られているから、廊下を泳いでいくしかない。
住んでいる者や室内警備の者くらいしか、全体図は把握出来ていないんじゃないかとも思うわ。
生まれ育った家だから、わたしたちにとってはなんてことないけれど・・・。
「なるほど、すごい造りだな」
「帰りは海音姉様に案内して頂いてね」
「ははっ。でないと出られそうにないや。入り組んでるっていうか、広いな」
「王宮だもの。ウィルのトコロも広かったし、すごかったわ」
「それはどうも」
父様たちの部屋から離れた姉妹の部屋があるエリアに入る。
警備もさっきまでよりは緩い。
海音姉様の部屋の前で止まった。
「わたしが先に挨拶してくるから、ウィルは待ってて。突然行っても驚くだろうから」
「わかった」
リリンっと部屋の前のベルを鳴らす。
何枚もかかったカーテンで、中は見えないけれど、存在は感じられる。
「はぁい?」
「海音姉様、歌音です。ちょっと、いいですか?」
「あら、どうぞ」
海音姉様の言葉をうけて、カーテンをふわりとめくって中に入った。
落ち着いた雰囲気のお部屋。
海音姉様のお部屋はどことなく、静かな雰囲気がある。
「おはよう、歌音。どうしたの?歌会の練習時間までもうちょっとなのに」
「海音姉様、あの・・・すこしお話が」
「?何かしら」
「会わせたい人がいるんです」
「会わせたい人・・・?」
「・・・その・・・実は、南の海の王子が来ていて」
「南の海・・・ああ、前に歌音が父様たちと行った海ね」
「ええ。海音姉様にお会いしたいとのことでしたので、ご案内したんです。いま、よろしいですか?」
「・・・来ているの?」
「部屋の外に」
「わかったわ。会いましょう」
ふんわりと海音姉様が笑う。
わたしが少し困ったように言ったから、心配してくれたのかしら?
海音姉様の言葉をうけてから、部屋のカーテンをめくり、ウィルに『どうぞ』と言った。
少し、戸惑ったようにウィルが笑う。
会話、聞こえていたんでしょうね。
「失礼致します」
ウィルが改まったように言って、部屋へと入る。
ウィルの姿を目に止めた姉様が、驚きの表情を浮かべていた。
・・・だよね・・・そうよね・・・。
まさか、って思うよね・・・。
「南の海の第一王子、ウィリアムと申します」
ウィルが正式な場所で交わす、敬礼をする。
海音姉様はこの海の第一王女。
礼を尽くすのは当たり前の相手だから。
「隠していてごめん、海音」
「・・・ウィル?」
「お忍びで来ていたんですって。だから、身分も明かしてなかったようなんですけれど・・・今日から王宮に泊まって頂く事になって」
「王子・・・?」
「うん」
海音姉様がまじまじとウィルのことを見つめる。
正式な訪問じゃないから、正装もしていない。
昨日となにも変わらない姿だけれど、確かに違う。
「・・・私が、王女だと知っていたの?」
「・・・いや、歌音に会うまでは知らなかった。だから・・・その・・・色々と失礼をしてすみません」
「いえ、私こそ・・・」
「ごめんなさい、海音姉様。その・・・ウィルが隠したがっていたから協力したんです。
結果的に海音姉様に嘘をついてしまって・・・すみません」
「いいのよ、歌音。私だって、王女だと明かしていなかったんだもの。旅の方だと思って」
「旅には違いないんだけどね」
ははっとウィルが笑った。
そう・・・旅には違いないのよ・・・。
「では、改めまして」
海音姉様がすっと座っていた椅子から立ち上がる。
ひとつ、ゆっくりとまばたきをした。
知ってる。
それは、『王女』というカオに切り替えるための姉様のクセ。
「第一王女の海音です。妹がお世話になりました、ウィリアム王子」
「お世話になったのはこちらですよ、海音姫」
ふたりがくすっと笑い合う。
なんだか茶番劇のようだと私も思った。
だって、昨日まで気さくに話していた仲なのに・・・ねえ?
「では、姉様、ウィル、わたしは練習があるので失礼致します」
「ええ、歌音、ありがとう」
「またな、歌音」
「ごきげんよう」
ふたりを残して、海音姉様の部屋を後にした。
うん・・・相性は良さそうなふたり・・・よね。
それにしても、海音姉様が驚いている姿、久しぶりに見た気がする。
姉様はいつだって冷静な方だから。
「さ、わたしも行きますか!」
海音姉様のお部屋をちらりと見てから、わたしは練習場所まで向かった。
それから数日、ウィルも一緒に楽しい時を過ごした。
南の海の話を、姉様たちも興味津々で聞いていた。
萌音と愛音なんかは『兄様が出来たみたい』なんて言って、ちゃっかり「ウィル兄様」なんて呼んじゃって。
甘えん坊な末っ子二人の性格は相変わらず。
ウィルもそんな二人を可愛がってる。
時にはウィルが湊を呼んで、二人で話しているところも見かけた。
気さくなウィルはすぐになじめたみたい。
この王宮は娘が6人だから、母様も父様もすごく楽しそうだった。
2012.06.19.
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