「ねえ、湊。ここに来るまでに、誰か見かけた?」
「?どういう意味?」
「いや、えっと・・・金の髪に紫の瞳で、濃い緑のしっぽの・・・人魚を見なかったかな、と」
「やけに具体的だな・・・今日は見てないけど、昨日は見たよ。印象的だったから覚えてる」
「・・・・・・そう」
「何かあるわけ?」
「うん・・・。海音姉様のお友達、なんだけど・・・」
「海音さんの?」
「ええ・・・。だけど・・・その、ちょっと知り合いで・・・」
「何か訳ありなわけ?」
「・・・王子、なのよ」
「はあ!?」

父様に報告に行く前に、湊に相談しようと思ってウィルの話をしてみた。
どうやらいろいろと見て回っているらしいし・・・目撃情報くらいやっぱりあるわよね・・・。
でも、彼を王子だと知っているのは、わたしと父様と母様だけ・・・。

「南の海の王子なの。名前はウィリアム。普段はウィルって呼ぶんだけど・・・」
「え?つまり、さっきの言い方からすると、海音さんはそのウィリアム王子のことを知らないってことか?」
「ええ・・・お忍びできてて・・・。面識があるのは、わたしと父様たちだけだから、海音姉様は知らないのよ」
「ひゃー・・・相手も知らないのか?」
「いいえ。わたしのことを知ってるから、わたしと会った時点で姉様のことはバレてしまったけれど・・・」
「俺たちが人間界に行っている間はお互い知らなかったと」
「・・・ええ。歌会と婚約発表式の席を用意するって約束をしたから、父様にお話ししなければならないんだけれど・・・大丈夫、よね?」
「大丈夫も何も・・・ないけど・・・。ふたりが恋人だってゆーなら話は別だろうけどな」
「わたしも、それをちょっと・・・心配してて」
「まぁ、それは本人に聞くしかないんだろうけどね・・・とりあえず、王様には報告差し上げた方がいいだろうな。歌会の席を取るなら余計に」
「ええ。じゃあ・・・今から行ってくるわ」
「俺も行くよ。報告が終わったら散歩に行こう」
「・・・ええ」

それから二人で父様にウィルのことの報告と、海音姉様には黙っていて欲しいということをお話しして、歌会の席を用意してもらった。
父様はウィルが来ていることに驚いてはいたけれど、息が詰まって旅がしたくなることもあるだろう、と言って特に何も言われなかった。
海音姉様と身分を知らないままお友達になった、というところにはとても驚いていたわね。
逆に母様はまた楽しそうにくすくすと笑っていた。
ついでに軽く当日のことをお話しして、わたしと湊は城外へと散歩に出た。
この散歩という言葉もだいぶ通用するようになったものだわ。

「人間界から帰ってきたばかりなのに、なんだかドタバタね」
「一週間後に歌会と発表式をしようって計画事態がドタバタなんだって。そうだろ?」
「・・・そうね・・・」
「それに加えてその王子様の件が入ったからそう思うんだろう」
「確かにそうだわ。ああ、これから練習もあるのに」
「楽しみにしてる」
「あ」
「?」

目の前に見える、見覚えのある人物に目を奪われた。
わたしの視線を追って、湊もその人魚を見る。
ふわっとなびく金色の髪、緑のしっぽ。

「・・・もしかして、王子様?」
「たぶん・・・ウィルだと思うけれど・・・」

じっと見ていると、相手も気づいたらしく振り返った。
わたしの姿を確認するとぱっと笑顔になって、手を振ってくれている。
ああ、あの姿はやっぱりウィルだわ。

「行きましょ。ウィルだわ」
「え、あ、ああ」

ついっとウィルのもとに泳ぎ寄る。

「やあ、歌音。また会ったね」
「おはよう、ウィル。今日は海音姉様とは一緒じゃないのね」
「ああ、今日は海音の方が予定つかないって言ってたけど?」
「何かあったかしら・・・」

海音姉様のご用・・・? 歌会の曲決めは今日の夜のはず・・・。
今日の昼練習はわたしのソロだけだったわよね。

「ところで歌音、そちらの方はもしかしてお相手さんかな?」
「え、あ、ええ」
「初めまして、ウィリアム王子。湊です」
「!・・・これは、ご丁寧にありがとう。ウィリアムです。よろしく」

すっとウィルが手を差し出し、湊がその手を取ってきゅっと握手を交わした。

「そっか、彼には話したんだね」
「ええ・・・駄目だったかしら?」
「いや、構わないよ」

にこっと笑ってウィルが言う。
その笑顔につられて、思わず私も笑ってしまう。

「えーと、ここにいるととても目立つから・・・とりあえず、家に来ませんか?」
「え?」
「そうかな、目立つかい?」
「かなり・・・。歌音がいるだけでも目立つのに・・・」
「僕はただの旅行者だよ」
「さっきから女の子たちの視線が痛いんですよ」

湊がちらりと後ろに視線を送る。
そっと盗み見ると、若い女の子たちがなにやらひそひそと頬を染めて話している。
よく見ると、他の場所でも・・・。
湊はわたしの恋人だと知れているから・・・的はウィルということよね・・・。

「なるほど・・・それはそれは失礼しました。では、お呼ばれしようかな」
「狭いところですが」
「狭いのにも慣れましたよ」

くすくすと笑ってウィルが言った。
湊はわたしたち王族の暮らしを知っている。 部屋の広さも、立場も。
だからわざわざ“狭いところ”なんて言うのね。
でも“ただの旅行者”で滞在しているウィルだもの、泊まっている場所は普通のところのはずね。
“狭いのにも慣れた”はそういう意味だわ。
湊を先頭に、ついっと泳ぎ出す。

「ウィル、南の海に比べたらここは寒いんじゃない?」
「最初はちょっとね。でも最近は慣れたよ。それに、そこまで差はないし」
「わたし、あなたの海に行ったときに不思議な感じがしたから」
「体感温度が変わるって不思議だよね」



湊の家は誰もいなかった。
弟の悠斗君も、おじさまもおばさまも。
リビングで一息つく。

「へえ・・・一般家庭、ってこんななんだ」
「わたしたちには新鮮なところよね」
「それはそれは」

コトンとカップをわたしたちの前に置いて、湊はわたしの隣に座った。

「まさか、婚約式典の前に歌音のお相手に会えるとは思わなかったよ」
「こちらこそ、ウィリアム王子に会えるとは思いませんでした」
「あはは、その王子ってやめない?」
「しかし」
「苦手なんだ、外でそうやって呼ばれたりフルネームで呼ばれるの。ウィルでいい」
「・・・わかりました。じゃあ、俺のことも湊で」
「よろしく、湊。歌音と結婚したら王族の仲間入りだろう?仲良くしとかないとね」
「もう、ウィルったら!」
「事実だろう?なあ、湊」
「は、はあ・・・そうですが・・・」

湊が若干たじたじになりながら答える。
年上の、他の海の王子様とこんな風に話すなんてないものね。
ウィルみたいなノリの人もあまり周りにいないから・・・。
強いて言えば、紫音姉様や波音姉様がウィルと似た感じね。

「ねえ、君たちはいつ出会ったの?」
「え?」
「ちょっとキョーミがあって。レンアイケッコンってやつに」

にっと笑ったウィルを見て、わたしと湊は顔を見合わせた。
ウィルってば・・・ちょっとからかってるわね?

「・・・いつ?だったかしら。幼なじみだから・・・」
「たぶん、6歳くらいだったと思うけど」
「わお!じゃあ、おつきあいして長いんだ?」
「いいえ、まだ5年よ」
「・・・えーと、随分長い幼なじみ期間だったんだね・・・?」

ウィルが指を折りながら年数を計算した。
そう、出会ったのは十数年前。
それまでもずっと一緒にいた。
けれど、わたしたちの恋人期間は5年。

「歌音は鈍感ですから」
「じゃあ、片思い期間が長かったのは湊の方ってことか」
「そうです。歌音のお姉様や妹方にも、それに周りの友人にもバレてたのに、当人だけは気づかなくて」
「さすが歌音だ」
「もう、ウィル!」
「あははは!湊も大変だっただろうな」
「まぁ・・・それなりに。いない期間もありましたし」
「いない・・・そうか、歌音は人間界留学に行ってたって言ったよな」
「ええ。2年間、海にはいなかったから。でも、それがなかったら、わたしはこうしてここにいないわ」
「お?意味深だな」
「2年間向こうで色々とお勉強してきたということよ」
「なるほどね・・・じゃあ、帰ってきてからのおつきあいか」
「そうですね」
「ふーん・・・」

ゆっくりとひとつ瞬きをして、ウィルがわたしたち二人を交互に見た。
落ち着いた、大人の表情で。

「そっか・・・色々大変だったんだろうね。王女様との恋愛、人間界留学、一般の恋愛結婚とはワケが違うな」
「そうね・・・遠距離、だったし」
「え?遠距離恋愛?」
「俺の仕事の都合で・・・歌音は歌音で色々行ってましたし」
「ほー・・・君たちふたりには驚いた。なるほどね、お互いがお互いを大事にしてるからこその結果か。いやぁ、素敵なカップルだ」
「あ、ありがとう・・・」
「いいねー・・・恋愛結婚。憧れるね」
「?」

しげしげと言うウィルに湊が首をかしげた。
それが普通なんじゃないですか、とでも言いたげに。

「ウィルはお見合い三昧させられてるんですって。もう海音姉様よりも年上だから」
「な・・・なるほど・・・」
「うちの両親がお見合い結婚だっていうのも関係してるけどね。ほーんと、歌音のお父様が羨ましいよ」
「父様と母様が恋愛結婚だから、何も言わないのよ。海音姉様も紫音姉様も波音姉様も、何にも言われてないわ」
「歌音の父様って恋愛結婚なんだ!へーえ!」
「父様が母様に一目惚れだったんですって。大変だったみたいよ」
「有名な話だよな。王様と琴音様の話は」
「へー・・・いいな、ここの王家は」
「え?」
「なんか、さ、幸せって感じ」
「・・・ウィルのところが不幸せには見えなかったけれど?」
「そういう意味じゃなくて、王家っていうより、家庭って感じでいいなーってね」
「早く言えば一緒に宮殿で過ごせたのに、残念ね」
「歌音・・・俺たちココにいなかったじゃないか」
「・・・そうだったわ。人間界にいたんだものね」
「あはは!相変わらずだなぁ、歌音は!海音とは大違いだ」

けらけらとウィルが声を上げて笑った。
明るい人。 ウィルといると、とても楽しい。
王子様だなんて思えないくらい気さくな人なの。

「あ、ごめんなさい。わたし、そろそろ帰らないと・・・」
「ああ、そっか。歌会の練習だっけ?」
「そう。昼はわたしだけなんだけど・・・。ごめんなさい」
「いいよ、別に」
「あ、ごめん。デートだったんだろう?邪魔しちゃったな」
「邪魔だなんてとんでもないわ。ね、湊」
「もちろん」
「そうか・・・ありがとう。じゃ、僕も行こうかな」
「どこに?」
「宮殿。王様にご挨拶しに、さ」
「・・・海音姉様にはまだお話ししてないのよね?」
「王様にご挨拶してから言うよ」
「・・・そう。わかった。じゃあ、わたしが案内するわ」
「頼むよ。湊、また会えるのを楽しみにしてるよ」
「こちらこそ、ウィル」
「じゃあ、またね湊。そのうち呼び出しがかかると思うから・・・」
「覚悟しておく」

軽く微笑み合って、ウィルと一緒に湊の家を後にした。
お昼前の時間帯だからか、多くの人が街に姿を現している。
わたしと一緒にいるからだろうか、ウィルにちらちらと視線を寄せているのを感じられた。
そりゃ、この容姿なら人目を引くけれど・・・。

「なあ、歌音。なんか見られてない?」
「ウィルは目立つからでしょ・・・・・・わたしも一緒だし」
「なんで歌音が一緒だと見られるんだ?」

そんなの決まってるじゃない。
恋人でもない男の人と親しそうにいるんだもの。
しかも、見たことのない人と。
それも、とびきり素敵な人。
“湊はどうしたんだろう”って見られてるのよ。
でも、そんなの気にしてたら王族としてやっていけないわ。

「・・・自分で考えて」
「ひどいなー歌音」

そう言いながら、ウィルはくすくすと笑った。
本当はわかっているのよね?



2012.01.09.