「ねえ、明日の予定ってなんかある?」
翌日、真理乃さんに見送られてホテルを後にした。
車に荷物を積みながら、雫が言った。
「?」
「俺らは特にないけど。なぁ、連斗」
「ああ。レコーディングまでオフもらってるし」
「美菜穂さんは?」
「大丈夫よ」
「みんなも?」
「え、あ、ええ」
「じゃあ、寄り道しない?」
にっこりと笑って雫が言った。
寄り道?
「うちの別荘に寄っていかない?ほら、昔、星を見に行った別荘!」
「わあっ、あそこ?」
「でも、どうして?雫」
「今夜は流星群が見れるのよ。どうせなら、いいところで見たいじゃないっ」
「ああ、そういえばニュースでそんなこと言ってたな・・・」
「あれって今夜だっけか」
「いかがかしら。この人数ならギリギリ泊まれるわ」
ふふっと笑いながら雫が言う。
あれ?でも、あの別荘はあの時行った人数でギリギリだったはず・・・。
今日はそれよりも多い・・・。
「そんなに大きかったかしら・・・?」
「歌音がいない間に建て直したのよ。古くなってたから」
「そ、そうなんだ」
「いんじゃね?流星群なんて街中じゃ見れないし」
「そうだな。なかなかロマンチックだしな」
「流星群って、流れ星のことだったっけ?」
「そうよ、歌音。流れ星がたくさん見れること!なかなかないんだから」
「へぇ・・・!」
「流れ星って何だ?」
「見ればわかるわよ、湊さん。じゃ、決定!連絡入れておくわね」
流星群・・・。
人間界にいる間には見れなかったっけ・・・。
日食とか月食とか、素敵で不思議なものが地上にはたくさんあるものね。
流星群・・・楽しみだわ。
空を流れる星が、たくさんなんて、素敵。
その日、雫の案内で全員雫の別荘に着いた。
以前来たときにあった別荘はなくなっていて、代わりにどんと立派な家が建っていた。
確かに、これくらいの人数なら泊まれると言っていただけあるわ・・・。
そして、夜。
みんなで目の前の湖に入って久しぶりの人魚姿を楽しむ。
カラフルなしっぽ。
ピンク、水色、サーモンピンクにアクアブルー。
あくあがいればレモン色が、春樹がいればエメラルド色が加わってきっともっとカラフルになるわね。
わたしたちの世界はとても色鮮やかなのよ。
「・・・なあ、連斗」
「なに?透也」
「俺たちはいつからメルヘン世界の住人になったんだっけ・・・?」
「あはは!それ前にも言ってた」
「だって、さ・・・あれ見たらそう思わずにはいられないというか・・・」
「確かに、非現実的だな」
「・・・・・・は、ははっ。わかってはいたけど、やっぱり目の前にすると逃避したくなるな・・・」
「まぁ、雫や真珠たちまでだからねぇ・・・」
「真珠も雫もかっわいいーーー!いいなぁ、しっぽ!私も欲しーいっ」
「あら、これはこれで大変なんだから、美菜穂はそのまんまでいいよ」
「そうそう、めんどくさいよ?半分人魚なんて」
連斗君と透也君と美菜穂さんの人間組は岸辺でわたしたちのことを見ていた。
メルヘン世界・・・か。
確かに、わたしたち人魚や妖精、天使はメルヘンな世界でしか存在してないと思われてるものね・・・。
この世界の本や絵本、イベントやモチーフなんかでさんざんそれを思い知らされたわ。
“いないと思われている”のはちょっと・・・悲しかったりもした。
でも、素敵に描かれているものもたくさんあって、嬉しかったな。
小さな女の子が、目を輝かせて絵本を見つめているのを何度か見かけたりして、
彼女たちはわたしたちを信じてくれているのかしらと思ったっけ・・・。
「あれ・・・?」
ふいに、ヴァイオリンの音が聞こえてきた。
ぱっと目を向けると、連斗君と透也君がふたりで演奏してる。
な、なんで透也君がヴァイオリン・・・弾いてるの・・・?
「二重奏か。珍しい、ふたりでやるなんて」
「美菜穂さん・・・ね、透也君って・・・」
「ああ、透也、確か副科ヴァイオリン取ってたから、連斗ほどじゃないけどそれなりに出来るみたいよ」
「副、科?」
「うーん・・・専門の他にもうひとつ楽器が出来るの。音大ならではの制度ね。連斗はピアノやってたし」
「へぇ・・・そう、なんだ・・・」
「いいねー、男二人が星空の下でヴァイオリン二重奏!絵になるわぁ」
「広告に使えそうな絵ね。それにしても、ほんと、音楽バカ」
「雫、それ褒め言葉なの?」
「一応そのつもりよ、真珠」
満天の星空の下でヴァイオリンを奏でるふたりは、本当にすごく素敵だった。
思わず見入ってしまう、聴き入ってしまう。
まるで、テレビの中の映像みたい・・・。
人間界って、キラキラで綺麗なものがたくさんあって、素敵ね・・・。
「綺麗な曲だな」
「ええ。とっても」
「いいよな・・・あいつら」
「?」
「なんか、すげー羨ましい」
「湊がそんなこと言うなんて、珍しいね」
「まあな・・・。なんて言うか・・・純粋に羨ましいって思えるんだよ」
「そう・・・」
“羨ましい”か・・・。
ふたりが信頼し合ってるのは見ていても聴いていてもわかるし、素敵だなぁって思うけれど・・・羨ましいって思ったことはないな。
きっと、わたしじゃ感じられない何かがあるのね。
ふたりの小さな演奏会に、拍手を送る。
「ねえ、連斗君。今のなんて曲?」
「アヴェ・ヴェルム・コルプス。モーツァルト作曲」
「もとは合唱曲なんだけどね。ヴァイオリンでもなかなかイケるだろ?」
「とっても素敵だった。モーツァルトって天才ね」
「何を今更。モーツァルトが天才なのは世界中が知ってるさ」
軽くハッと嘲笑って透也君が言った。
その様子を見て連斗君がひじでつつく。
「今度歌う?歌音。ソロ版の楽譜持ってくるよ」
「わあ、いいの?」
「もちろん。じゃあ、レコーディングの時に」
にっこりと連斗君が笑った。
こういうとこ、やっぱり変わってないなぁ・・・。
いつも、優しいの。
「レコーディングって何のこと?透也」
「え?ああ、真珠たちには話してないっけ。数日後にアルバムのレコーディングがあってさ」
「ボーナストラックに歌音に歌ってもらうことにしたんだ」
「ええええええ!!??」
「聞いてない聞いてないっっっ」
透也君と連斗君の言葉にみんなが驚きの声を次々に上げた。
「へぇ・・・そうだったんだ」
「ごめん、湊。話しそびれて・・・」
「いいよ、別に。レコーディングってこと自体よくわかってないけど」
「CDに録音する作業のことよ。3曲くらいらしいから」
「なるほど…CDってあれだろ?音の情報が入ってる、こう、丸いヤツ」
「そっか、湊さんCD触ったことなかったっけ」
「まぁね。歌音が話してたから知ってるけど」
「帰ったら見せるね。ね、連斗、発売はいつ?」
「だぶん結婚式の時くらいに発売すると思う。歌音のギャラの代わりにCDくれって言えば式で配れると思うよ」
「え?ギャラ?・・・ってなぁに?」
「お金のこと。いい案だろ?歌音にこっちのお金上げても仕方ないし」
「ただでもいいんだけれど・・・そうねっ。せっかくだし、それがいいな」
CDをみんなに配って、それで、ありがとうって言えるわね。
わたしの歌声、ちょっとでも覚えていてもらえるわね・・・。
いつもわたしはココにいられない。
きっと、これから、もっと来れなくなる。
少しでも・・・覚えていて欲しいなって思うの。
わたしがココにいたこと。
時間は止めておけない。
さかのぼることも出来ない。
どんなにあがいても、時間は待ってくれない。
音楽は流れていってしまうもの。
それが、音楽という芸術。
でも、ここには録音技術がある。
生演奏ではないけれど、ずっと、あとでも聞いてもらえる。
ここにわたしがいなくても、耳に届く。
たくさんの人に・・・。
それって、すごく、素敵なものね・・・。
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