最上階のレストラン。
海と、星空と、月の見える、絶景の場所。
服装はスーツとドレスという、ドレスアップスタイル。
それはこのレストランが高級な場所だという証でもある。
そこで出される美味しい料理とお酒の数々。
一番のオススメは魚料理らしいけれど、わたしと湊、そして真珠は魚が食べられないので他のメニューをお願いした。
真理乃さんにもったいないって言われちゃったけど。
綺麗に飾られたデザートに、あたたかい飲み物が振る舞われる。
「ねえ、雫」
「なに?真珠」
「あのピアノ、気にならない?」
「何で?高級料理店にピアノは普通じゃない?」
「でも、透也と連斗が別行動ってあたり、気になる。そういう意味でしょ?真珠」
「そう。やっぱ美菜穂も気になるよね」
“透也君と連斗君はちょっとこちらの用で貸していただくわ”
そう真理乃さんが言ってた。
そのため、この食事の席は透也君と連斗君がいない。
せっかく美菜穂さんもドレスアップしてるのに・・・。
連斗君もったいないことしたなぁ、なんて思ってしまう。
「みなさま、お食事はいかがでしょうか」
きーんと一瞬の機械音を交えたあと、真理乃さんの声がレストラン中に響いた。
マイクを使ってるんだ・・・。
でも、レストランにこんな放送入るんだっけ?
「本日は当レストランにお越し頂きまして誠に有り難うございます。ここで、生演奏の時間を設けさせていただきます」
ざわざわとお客さんたちの声があがる。
今日の演奏予定欄には何の記入もなかったのに、というのが主な理由みたい。
確かに、入り口のところには一週間の生演奏予定を書いたボードが立ってて、今日は空欄になっていたのをわたしも見た。
「本日は特別に、今話題のふたりに来ていただきました」
ふわりとライトアップされたピアノの元に、ふたりの男性が現れる。
紛れもなく、それは透也君と連斗君だった。
だから、食事の席は外してて、真理乃さんの“用”はこれだったんだ・・・!
雫たちも“やっぱりね”とつぶやく。
素敵・・・!ふたりの生演奏が聴けるなんて・・・!
演奏者の正体がわかると、周りのお客さんたちも喜びの声を上げていた。
CD売れてるって言ってたもんね・・・。
「瀬川透也さんと立宮連斗さんのユニット『エアー』。それでは、素敵なひとときをお過ごし下さい」
真理乃さんの紹介のあと、ふたりが一礼する。
パチパチと歓迎の拍手がレストラン中に響いた。
音合わせはしてきたようで、連斗君がヴァイオリンを構えると、目線で合図を交わし、すぐに演奏が始まった。
ヴァイオリンの奏でる甘い旋律。
ピアノが鳴らす軽い音。
ふたつの音が綺麗に重なる。
星空の夜によく似合う、選曲。
透也君の弾くドビュッシーの「月の光」が、今夜はよく似合う夜だった。
5年ぶりに聞く、ふたりの生演奏は、本当に上手くなってて、とてもとても素敵で、思わず泣いてしまいそうだった。
大人になったふたりが、すごく、格好良くて、こことは別世界の人のようだった。
やっぱり、この世界の音楽は素敵ね・・・。
数曲演奏したあと、透也君が真理乃さんにマイクを貸してもらっていた。
「本日はお聞きいただきまして有り難うございました。もう少しだけ、お付き合い願えますでしょうか」
透也君のその声に、レストランにいる人々が割れるような拍手を送った。
それは“喜んで”の意味。
「ありがとうございます。じゃあ、連斗」
そう言うと、連斗君がひとつ頷いて、二段高くなっている演奏ステージを降りた。
どうして?
透也君のピアノだけ・・・ということ?
みんなの視線が連斗君に集中する。
キビキビと一瞬の迷いもなく、わたしの方に向かってきた。
な・・・に・・・?
「歌音」
そう言うと、スッとわたしの前に手をさしのべた。
「歌姫、我々とご一緒しませんか?」
マイクを通して透也君が言う。
にっこりと笑って。
「れ、んと君・・・わたし・・・」
「昔やった曲の楽譜持ってきてるから。一緒にやろう、歌音」
「あ・・・」
昔やった楽譜を持ってきてる・・・?
準備・・・してくれてたの・・・?
これは計画だったの・・・?
こんな、サプライズ・・・用意して・・・。
「行ってきなよ、歌音」
「湊・・・」
「歌音の歌が、ココでどうやって聞こえるのか、聴いてみたい」
「・・・うん」
微笑む湊にぽんと肩を押されて、そっと連斗君の手を取って立ち上がった。
静かなレストラン内を、ふたり分の足音がコツコツ響く。
客席の合間をぬって演奏ステージへと案内された。
「透也君・・・」
「はい、これ、歌音の分の楽譜」
ずいっと差し出されるコピー譜。
ちゃんと、表紙まで付いてる・・・。
パラパラとめくると、懐かしい曲たち。
用意されていたのは3曲だった。
「えーと、本人にもここで歌うのは内緒にしてたんですが、彼女はおれたちの同級生なんです」
透也君からマイクを奪い取った連斗君が言った。
「是非、耳を澄ませてお聴き下さい」
そ、そんなこと言われると、ものすごくやりにくいんですけどっ・・・!
連斗君を見ても、透也君を見ても、ふたりともニッと笑みを浮かべている。
は、計ったわね・・・!?
いいわ、わたしだって、だてに王女をやってきたわけじゃないもの。
舞台の上に立つことくらい慣れっこよ。
・・・・・・いえ、立つことは慣れていないけれど・・・。
「歌音の記憶力だったら、大丈夫だよな?」
「まかせて。大丈夫だと思うわ」
「ちょっとアレンジ入ってるから、楽譜見てよろしく」
「はい」
そう言うと、連斗君はヴァイオリンを構えた。
透也君と音合わせをして、穏やかに始まる音楽。
シューベルトのアヴェ・マリア。
海の世界でも、よく歌会で歌っている曲。
大好きな曲。
二曲目は、ピエ・イエズ。
三人でやろうって言った初めての曲。
高い高音と、ピアノの穏やかな低音、ヴァイオリンの重なる音。
神を讃える歌は、まるで、音楽を讃えるかのような美しい旋律。
三曲目はアメイジング・グレイス。
この歌も宗教曲だけれど、少し種類が違う。
わたしがここにいた最後の年、この歌がテレビで話題になって、やろうって話した曲。
英語で歌われる歌詞は、人類の歴史のようだった。
わたしが歌うには、ちょっと・・・申し訳ないかななんて思ったっけ・・・。
演奏が終わると、たくさんの拍手を頂いた。
それが素直に嬉しかった。
けれど、それ以上に、ふたりとまた一緒に演奏することが出来たのが、本当に嬉しかった。
「サンキュー、歌音」
「もう、驚いたわ」
「あはは。のわりにはしっかりしてたじゃん」
「人前に出るのが仕事みたいなものですから」
「なるほどね」
演奏後、控え室へと一緒に連れて行かれた。
あれから客席に戻るのはちょっと難しいということで。
レストランの裏には演奏者用にちゃんと一室用意してあって、さすがだなぁと思った。
だって、ピアノが置いてあるのよ。
完全防音ってやつみたい。
「それにしても・・・歌音、上手くなったな」
「え?」
「声質は変わらないけど、大人っぽくなったし」
「そう、かな」
「うん。すげー良いと思う」
「・・・ありがとう。歌はずっと、歌っていたから・・・」
「これはレコーディングが楽しみだな」
「ああ」
ふたりと一緒に演奏できること。
それだけで、ここに来て良かったと思える。
人間界は素敵な音に溢れてる。
「歌音」
「湊!」
少しすると、みんなが楽屋へと来てくれた。
「どうだった?」
「すげーよかった。透也と連斗の演奏も。綺麗な音だな、ソレ」
「え?ああ、ヴァイオリンだよ。透也が弾いてたのはピアノ」
「なるほど、これが・・・。歌音がよく話してたな。確かにいい音だ」
「でしょう?」
「やっぱり、ここで聴くと少し違うんだな。楽器のせいか・・・空気のせいか・・・。でも、人気の歌姫はやっぱりそのままだな」
「もう、わざわざ“人気の”なんて付けないでよ」
「あはは」
「でも事実だったわよねー。ねぇ、雫」
「そうよねー真珠」
「もう、みんなまでっ」
「そうか、俺たち姫様を目の前にしてるわけか・・・」
「と、透也君まで〜」
「あはは、冗談冗談!」
「久しぶりに聴いたけど、やっぱり3人の演奏、良いね。大好きよ」
「美菜穂さん」
「悔しいなぁ。私にも何か出来れば仲間に入れたのにっ」
「美菜穂には音楽はちょっと・・・」
「わかってるわよーだっ。どうせ音楽の成績は万年普通よっ楽譜も読めないわよっ」
ぷいっと美菜穂さんが連斗君に背を向けた。
そんな様子を透也君がくすくす笑いながら見ている。
美菜穂さんは音楽得意じゃないって言ってたものね。
「透也君、連斗君、歌音さん、今日はありがと」
「真理乃さん!あ、ごめんなさい、わたし・・・」
「いーのいーの。っていうか予定の内だから気にしないで」
「え?」
「さ!パティシエが素敵な演奏のお礼にってデザート作ってくれたのよ。もちろん、みんなの分もあるわよ。お茶にしましょ」
「はーいっ」
真理乃さんオススメのパティシエの作るデザートはとても美味しかった。
ピアノとヴァイオリンをイメージしたデザートなんだって。
とっても素敵な夜をありがとう、真理乃さん。
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