〜幕間〜

翌日の夜。
夕食は真理乃の計らいでホテル最上階のお洒落な高級レストランで取ることになった。
服装は全員正装。
男性はスーツ、女性はちょっとしたドレス。
歌音たちがドレスを持っているハズもなく、こちらも用意周到で結婚式などのための貸衣装スペースで貸してくれる事になっていた。
そして、もうひとつ。
真理乃が今回協力する代わりの対価がある。

「透也」
「ああ、連斗」

透也の部屋に連斗が訪ねてきた。
片手に愛用のヴァイオリンケースと楽譜を持っている。

「用意できたか?」
「ああ。歌音たちは?」
「真理乃とレンタルショップ。ドレス貸してくれるんだと」
「なるほど。湊もか?」
「あいつがスーツ買ったか?」
「いや・・・そうだよな」

透也が座っていたベッドに連斗もどかっと座った。 ギシっとベッドがきしむ音がする。

「曲、これでいいよな」
「ああ、バッチリ」

真理乃が出した対価とは、レストランで演奏すること。
高級レストランらしく、生演奏も出来るようになっている。
世界で有名な高級ブランドのグランドピアノが置かれ、演奏スペースが設けられている。
美味しい食事と生演奏、それほどの贅沢はないというのが真理乃の考えだった。
そして、今日は透也と連斗の二人が演奏することが条件だったのだ。
一応、CDも売れていて、アルバムリリース予定の二人組。
突然現れれば話題になること間違いなかった。

「そういえば、歌音、レコーディングOKだってさ」
「ほんとか?よかったー!こんな機会滅多にないもんな!」
「そうそう。ラッキーだよな。レコーディング期間もいることだし」
「じゃあ、曲決めなきゃだな。楽譜持ってきてるんだろ?」
「候補としてな」
「そうだなぁ・・・」

バサッと透也がカバンの中から楽譜の束を出した。
連斗も当たり前のようにそこから手に取りタイトルをパラパラと見ていく。
歌音の歌ったことのある曲ばかりが、そこにはあった。
連斗がささっと素早くふたつの束を取り出す。

「アヴェ・マリアとピエ・イエズ、この二曲はいいんじゃないか?」
「シューベルトのアヴェ・マリア?」
「そう。おれ、これ好きだからさ」
「おまえの趣味かよ。でも、まぁ、これならアレンジして連斗のソロ部分作ってもいけそうだよな・・・いんじゃん?」
「よっしゃ!ピエ・イエズもやろうぜ。歌音の歌うコレ、好きなんだ」
「俺も同意見。じゃ、この二曲は決定で」

楽譜をさっと端に避けた。

「もうひとつは新曲入れようかなって思うんだ。俺たちも譜読みしなきゃいけねーけど」
「新曲?ああ、歌音が歌ったことのない歌ってこと?」
「そう。新鮮だろ?」
「そうだな・・・じゃあ、そっちは保留。それで3曲な」
「ああ」

バサバサと残りの楽譜をまとめて、再び透也がカバンの中へとしまい込んだ。


「昨日・・・」
「何だよ」
「会ってただろ、歌音と」
「・・・・・・見てたのかよ」
「見えたんだよ」

連斗が足を組み直す。
ギシっとひとつ、ベッドが声を上げた。

「おまえさ・・・歌音のこと好きだろ」
「昔の話」
「バカ言え。おれが気づいてないとでも思ったのか?卒業してからも・・・引きずってたじゃないか」
「・・・・・・それは・・・そうだけど・・・」
「いいのか?言うこと言っておかないと後悔するぞ」
「・・・とりあえずは言ってきたさ、昨日」

ぼすんと透也が後ろに倒れ込んだ。
布団が含んでいた空気が透也のことを受け止める。

「歌音とさ、湊って・・・もうつきあって5年なんだって」
「え?」
「帰ってすぐ、だって。歌音から告ったって言ってた」
「・・・・・・」
「あいつらさ、すげー幸せそうだし・・・お似合いだし・・・何より歌音が、すごいいい顔してるんだよ・・・」
「それは、おれも思った。歌音のあんな笑顔・・・おれたち見たことなかったって」
「歌音はちゃんとけじめつけた。なのに俺はずるずる引きずってる。かっこわりーよな・・・」
「・・・未練がましいってのはあるかもな」
「うるせー。でもさ、だから、結婚式、見たいって思ったんだよ」
「はい?」
「結婚式、見れたら、けじめつけられそうだから」
「・・・なるほどね」
「歌音が言ってくれたんだ・・・俺にもきっといい人が見つかるって・・・歌音が湊に逢えたようにって・・・」
「それはそれは・・・相変わらずの歌音だな・・・」
「でも、だから、俺はさっさと切り替えなきゃいけねーって・・・」
「そうだな。おまえ、大学でどれだけ女の子フったことか」
「仕方ねーだろ。彼女持ちは楽でよさそうでしたけど」
「まあね。さて!そろそろ行きますか。音合わせくらいなら場所貸してくれるって言うし」
「ああ」

ふたりがベッドから立ち上がった。

「そうそう、さっきの楽譜も持てよ」
「は?さっきのって、歌音と歌おうってやつか?」
「そう。せっかくだ!鈍感な歌音にも歌ってもらおうぜ」
「・・・何か関係あるか?」
「いーからいーから!歌音の記憶力だったら、覚えてるだろうしね」
「・・・そう、だな。歌わせよう」

透也が用意しておいた楽譜の上に、先ほど避けておいた楽譜を重ねた。


「あ、おれの分コピーしてもらわないと」
「真理乃に頼もうぜ。そのくらいのわがまま、きいてくれるだろ。アイツも何だかんだで歌音のこと気に入ってるし」
「ああ」

椅子にかけてあるジャケットを透也が着込んだ。
ふたりともクラシックを専門とするだけあって、黒のスーツの着こなしはバッチリだった。
そして、最上階にあるレストランへと向かった。