「あ!いらっしゃい。待ってたわ」

翌日、みんなで車に乗って移動した。
残念ながらあくあは来れなかったんだけど…。
車でおよそ1時間。
高速道路に乗るから、随分遠くに来た気分になる。
そして、着いたところは大きなホテルの駐車場。
車もたくさん駐まっていて、家族連れやカップルなど、人で溢れてる。
そこでわたしたちを迎えてくれたのは雫だった。

「こんにちは、雫」
「こんにちは、歌音。それにみんな」
「よっ」
「あれ?雫ひとり?」
「ええ、まずは、ね。さ、こっちよ。案内するわ」

雫がくるりときびすを返す。
みんなで雫のあとをついていった。

「すごいな・・・この建物」
「ホテルみたいね」
「地上って恐ろしいな・・・こんなにデカイもの建てちゃうなんて信じられない」
「あら、そうでもないでしょう?王宮に比べたら・・・」
「いや、そこを基準にしてもらっても・・・」
「だって、わたしの家だもの」
「歌音たちのレベルにはついていけないって」
「ふふっ」

建築関係の仕事をする湊にとって、この大きなホテルは興味をそそられるものみたいね。
確かに、地上でこれだけの大きさのものを作るのは凄いけど・・・。
人間はすごい機械をたくさん持ってるものね。

「ホテルはあとでね!先にチャペルを見せるから」
「チャペル?」
「教会の事よ、歌音。今日は一組も式を挙げてないっていうから、見学し放題」
「そこでやるの?」
「ええ。水沢グループのやってる式場だから、気にしないで」
「へぇ、すごぉい」
「雫はブライダル系のトップだもんね」
「まぁね。女がやった方が、可愛くできるでしょ?」

ホテルの目の前を通り過ぎて、その脇に建つ白い建物へと向かっていく。
綺麗に手入れされた植木、飾られた花が綺麗に咲いている。
まるで、どこかの庭園みたい。

「さ、入って!」

雫に促されて、真っ白な建物の中へと足を踏み入れる。
中身は・・・豪華なホテルやレストランみたいな感じ。
でも、いたるところに綺麗な装飾があったり、アンティークっぽい家具が置かれていて、まるで映画の中みたい。

「素敵ね・・・!」
「ありがと。紹介するわ、ブライダルコーディネーターの石川さん。まだ2年目の方なんだけど、評判はいいのよ」
「担当させていただきます、石川です。宜しくお願いします」

雫が紹介した石川さんがぺこりと礼儀正しく礼をした。
ふわっとした印象の、かわいらしい女性。

「ご新郎様ご新婦様共に、普段こちらにはいらっしゃらないということで、 社長と打ち合わせなどをさせていただいているのですが・・・」
「ええ、わたしたちこっちにはいないから・・・雫たちにおまかせするわ」
「そもそも、計画はそっちだしな」
「ふふっ。まかせておいて。さあ、石川さん、案内をお願い出来るかしら?」
「かしこまりました。えっと、ご友人の皆様は・・・」
「一緒に、よ。結婚式プロジェクトの仲間なの」
「プロジェクト、ですか」
「ええ。さ、よろしく」
「はい」

きびきびと事を進める雫はキャリアウーマンそのもの。
話を聞く限りでは、大学に通っている頃から、水沢家の事業の方にも手を出していたんだとか・・・。

石川さんの案内で敷地内を見て回った。
花が咲き誇るガーデン、神聖な雰囲気のチャペル、海の見える部屋。
ここは、今人気の“ゲストハウスウエディング”っていう形式のところなんだって。
海が見えるこの場所は、何だかとても親近感があって、嬉しかった。
それに、とても綺麗なところなの。

「なんだか王宮にいるみたいだ」

なんて湊がこっそりつぶやいた。 ここには、海の中ではあり得ない素敵なものがたくさんそろっているけれどね。
咲き誇る花も、緑の木々も、青く輝く海も・・・地上ならではの美しいもの。




「実はね、隣の新しくできたホテルと業務提携したのよ」
「と言うと?」

案内も終わって、元来た道を戻るのかと思いきや、雫が先導したのは庭だった。
そして、そう言った。
業務提携?

「隣のホテルのオーナーとうまーく話がまとまってね。 隣のホテルには式場設備を作らないで、うちで請け負うことになったの。 こちらとしても、ホテルの宿泊付なんてのも出来てさ、ラッキーだったんだ」
「へぇ、やり手だな、雫」
「あら、隣のオーナーの存在、知ってるでしょう?簡単な話よ」
「そうかぁ?」
「ねぇ、そのオーナーって誰なの?雫」
「あ、そっか、歌音は知らないよね。行けばわかるわよ」
「行くってどこに?」
「ホテル。提携したって言ったでしょ?ここから直で行けるようになってるのよ」
「すごい・・・」

庭を抜けると、大きなアーチが現れて、そこから先に浜辺とホテルが見えた。
そして、ひとりの女性が立っているのが見えた。
綺麗なぴしっとしたスーツを着ている。

「あ、迎えに来てくれたのね。真理乃ーっ」
「えっ、真理乃さん!?」

雫が手を振ると、アーチ下の女性も手を振った。
本当に真理乃さんなんだ・・・!
ってことは、このホテルは真理乃さんの・・・!?

「驚いた?歌音」
「え、ええ・・・」
「真理乃のお嬢様言葉は本物だからな」
「ホテルグループの娘なんだよ。知らなかった?」
「し、知らなかったわ・・・。それに、真理乃さんの言葉遣いは・・・その・・・わたし、慣れてたし・・・」
「なるほどね。同級生ふたりが、こーんなお嬢だと楽ってっちゃ楽だよな」
「お嬢なんだから、もっと良い学校行けばよかったのに」
「あら、雫は理事長の孫だもの。当然と言えば当然でしょ?」
「・・・・・・そういえばそうだっけ・・・。水沢グループ恐るべし」

そんな話をしながら真理乃さんのいるところまでたどり着いた。
キリッとした表情や、ふわっとした髪、自信に満ちた笑顔も変わってない。
服装のせいか、とても、美人になったように思う。
もちろん、高校の時も真理乃さんは美人だったけど・・・大人の女性って感じになった。
わたしって子供っぽいんだなって思ってしまう。
だって、“可愛い”と“綺麗”はよく言われるけど、“美人”なんて言われたことがないもの。

「こんにちは、歌音さん。お久しぶり」
「こんにちは、真理乃さん。本当に・・・久しぶり」
「ふふっ。あなた全然変わってないんだもの。すぐにわかったわ」
「え、あ、髪のせいかな?」
「そう。歌音さんといえばロングヘアーよね。それと・・・歌音さんのお相手ね」
「湊です。初めまして」
「初めまして。片岡真理乃です。歌音さんの高校時代のクラスメイトよ」
「少し、話は聞いてます」

きゅっと湊と真理乃さんが握手した。

「さて、行きましょう。部屋を用意しておいたわ。この時期にスイート空けておいたんだから感謝してちょうだい」
「ありがと、真理乃っ」
「ま、いいのよ。スイートルーム、まだ公開してないから」
「え?」
「中の家具がトラブルで間に合わなくて。だから、お試しって感じでよろしく。 4部屋用意してあるから、全員泊まれるんじゃないかしら」
「本当?スイートルームなんて、私初めてっ」

ホテル内に案内されながらそんな話をした。
スイートルームっていうのは、ホテルの中でも豪華な部屋のことなんだって。
そんな部屋を用意してくれるなんて・・・。
真理乃さんのハキハキした声、笑顔、なんだか、とても懐かしくて、嬉しくなった。

「部屋割りは、簡単ね。美菜穂と連斗君、歌音さんと湊さん、 そうなると、雫と真珠ね。あら、透也君がひとりぼっちだけど・・・」
「構わないけど?ひとりでも」
「スイートに一人なんて想定外だけど、まぁいいわ。 ここから先の部屋がそうだから、好きに使って。鍵は雫に渡しておくから」
「はーい」
「あ、薔薇の部屋のキーは歌音さんに渡して」
「了解」

4本の鍵を雫が受け取った。
ホテル特有の、カード型の鍵。
薔薇の部屋・・・?

「スイートルームが一階にあるって、珍しいな」
「うちはプライベートビーチだからよ。海の見える部屋がやっぱりいいでしょ?」
「確かに、海が見えるスイートルームなんて、かなり有名になりそう」
「しかもベランダ付だから、外に出られるのよ」
「豪華だなぁ」
「ふふふ。感想、お待ちしてるわ。じゃあ、一時間後にまたロビーで会いましょう。昼食を兼ねてプランの打ち合わせ予定よね?」
「ええ。了解」
「それじゃ、また」

そう言うと、真理乃さんはホテルロビーの方へと消えていった。
雫が部屋の鍵を全員に配る。
わたしには薔薇のマークのついた鍵をくれた。
それで、薔薇の部屋なのかしら。

「その前に、荷物よねぇ。車に置きっぱなしじゃない」
「そうだったそうだった」
「取ってこよう」

全員で一度車に戻って荷物を取ってきてから、それぞれ鍵の示す部屋へと入った。
そこはスイートルームという名前だけあって、 とても広くて、とても綺麗で、ベッドもソファもテーブルも、全てが高級感溢れるものだった。

「わーっ、ひろーい!綺麗!可愛いっ」
「・・・・・・」

はしゃぐわたしを見て、湊が言葉を失った。

「な、なに?」
「いや・・・これより広い部屋を自室に持ってるヤツがいう台詞じゃないと・・・」
「え?そ、そう?」
「歌音の部屋はこの二倍はあるし、豪華だと思うけど」
「・・・・・・それはそうだけど。でも、人間界ではってことよ」
「まぁ、そうだな。人間界数日目の俺にだって、この部屋が高級なものだってくらいわかるよ」
「本当、綺麗ね、どれもこれも。それに海が見えるなんて最高!」
「波音がうるさくて眠れないって人、いそうだよな。俺たちなんて波音ってものに慣れてないから余計じゃない?」
「湊ったら・・・確かにそうだけれど・・・。でも、きっと、こういうの贅沢っていうんだと思うわ」
「そうだな」

ぽすんとベッドに寝ころんでみる。
ふわふわの布団に、綺麗なベッドカバー。
ふかふかの枕が4つ。
大きな大きなベッド。

「ふふっ。ふかふかっ。気持ちいいっ」
「おお、確かに。でもベッド一つか・・・」
「いいじゃない、一緒に寝れば。わたしたち小さい頃からよく“お泊まり会”って称して一緒に眠った仲でしょ」
「別に、歌音がいいならいいけど」

湊がベッドの端に腰掛けて言った。
座るとふわりと沈むほどのベッド。

「なぁ、歌音」
「ん?」
「透也・・・さ」
「え?」
さっと起きあがる。
透也君・・・?

「いいヤツだな」
「あ、うん・・・」
「俺が、歌音の・・・恋人でも、何の隔てもなく付き合ってくれてさ」
「透也君は、わたしの恋人だからって湊を差別するような人じゃないよ」
「うん。いいヤツだよなーって・・・思ったんだよ」
「色々、話したんだ?」
「あー・・・まぁな。色々と」
「あ、何それ、意味深っ」
「歌音はいーの、知らなくて」
「えー?」
「男同士の話」
「・・・そう。でも、よかった」
「何が?」
「湊が、透也君達と仲良くなれて」
「?」
「だって、ほら、その・・・来た日とか、湊、透也君のこと気にしてたみたいだし・・・」
「そりゃ、歌音の初恋の相手だから気にならないはずないだろ」
「そう・・・だけど・・・」
「俺だって、別に気にしない。歌音が人間界で知り合った“素敵な人たち”なんだろ?」
「ええ」
「だから、ここに来れてよかった。海を上から見るなんてまだ不思議だし、 自分が人間の姿をしてるのも不思議だけど・・・俺ってラッキーなやつじゃん」
「ラッキー?何が?」
「だってさ、考えてみろよ。人間界留学のいくつもある試験を受けなくても、 歌音の恋人ってだけで人間界に来られるんだぜ?ラッキーだろ」
「湊は人間界に来ること・・・嫌じゃなかった?」
「歌音が見てきた世界を見れるんだから、嫌じゃない。まぁ、自ら行こうって気になったことはなかったけど・・・」
「湊は留学申請、出してなかったものね」
「ああ」

湊は人間界留学の申請をしていない。
人間界に来たいと望んでいたわけではない。
なのに。
わたしのせいで無理矢理みたいな形で連れてきてしまって…本当は不安だった。
ここを気に入ってもらえなかったら。
人間という存在が嫌だったら。
わたしの友達に会うのが嫌だったら・・・。
けれど、湊は全部受け入れてくれた。
本当に・・・優しい人・・・。


午後は真理乃さんを加えてみんなで式について話し合った。
と、言っても、仕切るのは雫と真理乃さん。
それに透也君、連斗君、真珠、あくあの4人。
わたしと湊は聞いていることしか出来なかった。
だって、この世界の結婚式の裏側を、わたしたちは知らないんだもの。