「さーて!」

翌日、朝食を取り終わってから真珠が意気揚々と言った。

「何?真珠」
「今日は、買い物よ!」
「え、あ、また?」
「と言っても、午後から。午前中は湊さんの歩行訓練ね。歌音も!」
「わたしも?」
「ヒールの靴、慣れてないでしょう?」
「はい・・・」
「午後は透也たち呼んであるから、湊さんの買い物をまかせて、歌音はさんごちゃんのところね」
「さんごさん?あ、もしかして髪?」
「そう。長すぎよー・・・重いでしょ」
「はーい」

真珠の立てた計画の通り、一日目は行動した。
午前中は歩行訓練。
ヒールのある靴はやっぱりやっかい。
前回は一週間だったし、そんなにヒールの靴を履かなかったからよけいに・・・。
湊は午前中ですっかり歩けるようになっていた。
なんだか、わたしの運動神経の悪さを証明するみたいだわ。
“人魚はみんな地上での運動が苦手なのかと思った”なんてみんなに言われちゃうほどに。
でも、何も言い返せないわ。
それを聞いて湊はくすくす笑ってた。

午後は、湊は透也君・連斗君と買い物へ。
わたしは真珠とさんごさんのヘアサロンに行って、髪を切ってもらった。
そして、帰り際に少しだけ、服を買い足す。
前回来たときよりも気温が上がっているこの季節、服が間に合わないって・・・。
“お金は気にしないで。いい?歌音たちはお客様なんだから!”
そう言いなだめられた。
気にせずにはいられないんだけど・・・。



「う、わ!何、このいい男集団!!」

買い物から帰ってきた3人を見て真珠が言った。

「は?帰ってきて一言目がそれ?」
「あはは。いい男集団だってさ。言われたことないなぁ」
「ただいま、真珠、歌音」

人間界の服装に上下身を包んだ湊。
ちょっとしたアクセサリーはどうやら透也君が品定めしたみたい。
とても、素敵だった。
透也君と連斗君と、3人並ぶと、確かに、素敵な3人組だと思わずにはいられない。
雑誌とかに・・・載っていそうな・・・くらいに。

「これは写真をしっかりと撮っておかないともったいないメンツね」
「ハイハイ、で、さ、真珠。今後のスケジュールなんだけど・・・」
「何々?」
「2日後に由里のとこで衣装選び、その3日後に真理乃のとこ・・・でOK?」
「了解、連斗。空けておくわ」
「こっちはもう空けてあるから」
「ねえ、透也君と連斗君はお仕事、何してるの?」
「あれ?言ってなかった?」
「ええ」
「ミュージシャンとでも言っておこうか。クラシックのだけど」
「あ、CD出てるから今度持ってくるよ」
「し、CDも?」
「そうそう。映画の主題曲演奏してるのよ、ふたり。なかなかいい売り上げなんだから」
「へぇ・・・!すごいね」
「今度お聴かせしましょうか、お姫様」
「もう・・・でも、是非、お願いするわ」

くすくすと笑い合う。
お姫様と言われても、昔のようにどきっとしなくなったのは隠し事がなくなったからね。
音楽をまだやっているふたり。
わたしの知っているふたりのままな気がして、嬉しくなる。
だって、透也君と連斗君が演奏してないなんて信じられないもの。






「うわあっ!歌音ちゃん素敵・・・!」

2日後、由里ちゃんのいるウエディングドレスのお店に出向いた。
たくさん並べられた純白のドレス。
綺麗にショーウィンドウに並べられたカラフルなドレス。
キラキラと輝くアクセサリーたち。
まるで、女の子の夢が詰まっているようなお店。
一着、すすめられたドレスを試着した。
ふわっと広がるスカート、大きく開いた肩、きゅっとしたウエスト。

「やーん、ほんと着せ替え人形にしたいわね、歌音ちゃんって」
「由里ちゃん・・・それじゃ真珠達と一緒じゃない・・・」
「え?何、真珠ったら歌音ちゃんのこと着せ替え人形にしてるの?」
「時と場合によりね」
「ズルイわー。ということで、今度はこっち、着てみてよ」
「はぁい」

にっこりと言った由里ちゃんに逆らえずに、また試着室で着替える。
ドレスってひとりじゃ着られないのが欠点ね・・・。

「歌音ちゃん」
「ん?」
「本当に久しぶりだけど…歌音ちゃんが歌音ちゃんのままで安心しちゃった」
「なに、由里ちゃんったら・・・」
「だって、歌音ちゃんって妖精みたいだなぁって思ってたの。どこかに消えちゃうみたいな気がして・・・」
「そんなことないわ」
「だよねっ。またこうやって会えて嬉しいっ」
「わたしもよ」
「それに、湊さん、素敵ね」
「・・・・・・ありがと」

今度のドレスは袖のあるタイプ。
ふわっと広がる袖口が可愛い。
再びみんなの前に連れ出される。

「ほんと、歌音は着せ替え人形にぴったりよね。細いし、何でも着れる」
「真珠ー・・・」
「うん、歌音には袖がない方が似合うわね。そう思わない?透也」
「え?あ、そうだなぁ・・・夏だし、それじゃ暑いんじゃないか?」
「透也はデリカシーがないなぁ。言うのはそこじゃないだろ?」
「お、連斗。やっと来たか。遅刻だぞ」
「ごめんごめん。美菜穂が歌音見たいって言い出すから・・・」

後から合流するという連絡があった連斗君が透也君の後ろから現れた。
隣には美菜穂さんも一緒。

「きゃーっっ!歌音ちゃん久しぶりっ。ドレス素敵ーっ」
「こんにちは、美菜穂さん。久しぶりね」
「こんにちはっ」

ぱたぱたと美菜穂さんがわたしのほうまで駆けてくる。
そして、わたしの前でぴょこんと止まった。

「いいなー、ドレス!歌音ちゃん素敵だなぁ」
「久しぶりね、美菜穂」
「あ、由里ちゃん!久しぶりっ。ねえ、歌音ちゃんのドレス、私も選んでいい?」
「どうぞどうぞ。並んでる中からならどれでも」
「わーいっ。歌音ちゃんって細いから何でも似合いそう〜」
「み、美菜穂さん・・・」

きゃっきゃと美菜穂さんが由里ちゃんと話をした。
やっぱり、女の子はウエディングドレスが好きなのね・・・。
ふわっふわのドレスは意外と重くて、慣れないわたしはほとんど身動きがとれない。
それを良いことに、ふたりは並べてあるドレスを楽しそうに見ている。

「ところで湊は?」
「お呼び?歌音」

シャッと試着室のカーテンを開けて、湊が姿を現した。
真っ白のタキシード。
スラリとしたデザインが、よく、似合ってる。

「どう?」
「うん、似合ってるんじゃないか?」
「素敵よ、湊。真っ白って新鮮ね」
「いいんじゃんない?ねえ、由里・・・っていないし」
「歌音ちゃーん、これ、着て!」
「え、あ、はーい。ごめん、行ってくるね」
「ハイハイ、ごゆっくり」

真珠が若干あきれた声で言った。
美菜穂さんが由里ちゃんと一緒に一着ドレスを持って戻ってきた。
たっぷりとレースが使ってあるふわふわのドレス。

「これ、次の新作なんだって!」
「着てみてくれないかな?お願いっ」
「?」
「うちの上司がこれを試着してくれないかって裏で言ってて・・・」
「・・・わかったわ」

由里ちゃんがちらっと後ろに視線をやった。
…そこに由里ちゃんの上司さんがいるってわけね・・・。
由里ちゃんと一緒に試着室に入る。
そして、ドレスを着替えた。
今度のは、ドレスの後ろがすごく長くて、豪華なイメージ。
それでいて、可愛いくて、綺麗なデザイン。

「やっぱ、歌音ちゃんいいわぁ。写真集でも出して欲しいくらい」
「ゆ、由里ちゃん、おおげさ・・・」
「そんなことないわよ。さ、みんなの意見も聞きましょう」

すすすと由里ちゃんがカーテンを開けた。
導かれるままに試着室の外へと出る。

「わ、わ、わ!すごい可愛いーっ」
「うん、やっぱり肩が出てる方が似合うね」
「歌音って夏が似合うよな」
「そうだな」

とん、と湊のとなりまで案内される。

「・・・いかがかしら?」
「いや、なんていうか・・・綺麗、だな」
「ありがとっ」

人魚の世界では、こんなに着飾ることはあり得ない。
だから、きっと、驚いてるわね。
だって、衣装一つでこんなにも印象が違うんだもの!
わたしだって驚いちゃう。

「やーん、美男美女!お似合いよ」
「由里ちゃん・・・」
「やだ、お客様だからじゃなくて、友達だから言うのよ?」
「確かに、美男美女だよね。あたしでもそう思うわ」
「真珠までっ」
「あはは、歌音が照れてる」
「湊・・・笑ってないでよぉ」
「だって、そのくらい言われ慣れてるだろう?歌音は」
「〜〜〜〜〜〜」
「ほんと、綺麗だな」
「女の子って不思議だよな、ドレスひとつで違うんだから」
「キラキラだよねっ」

結婚式。
それは、人間界の女の子ならば誰だって一度は憧れるもの。
綺麗なドレスを身にまとった花嫁さんは、とても素敵。
そう、真珠達が母様に言っていたわね・・・。
確かに、わかる気がするわ。
だって、なんだか、特別な衣装を着ている気がするの。
純白で、ふわふわで、ちょっと豪華で、それでいて可愛くて・・・。
いつもと違うわたしになった気がする。

「まぁ、とても素敵なおふたりですね」

見知らぬ声に全員がぱっと振り返った。
そこにはスラリとした女性が立っていた。

「失礼いたしました。私、本社で広報を担当している中山と申します。 実は、影ながら拝見させていただいておりまして・・・ひとつ、お願いを聞いていただけないでしょうか?」
「え?あ、え?」
「・・・・・・」

突如、礼儀正しく、そして笑顔でやってきた中山さん・・・に全員がぽかんと口を開けてしまった。

「ご新婦様、お写真を撮らせていただけないでしょうか?」

ご、しんぷ、さま?
だ、れのこと・・・?
そんな名前の人はいない・・・。

「歌音、あなたの事よ」
「え、あ、え?」
「結婚する女性の方をそう呼ぶの」

真珠がこそっとわたしに囁いた。
そうなんだ・・・なるほど・・・。
勉強不足だったわ・・・。

「写真、と言いますと?」
「率直に申し上げますと、モデルをしていただきたいのです」

「モデル!?」

周りにいた人たちの方が声を上げた。

「今度の新作のパンフレットを作るときに載せるだけのものです。 公にさらすようなモデルではないのです。今度の新作のドレスたちに、 ご新婦様がイメージにぴったりで・・・。いかがでしょうか? 報酬の方はきちんと支払わせていただきますし・・・お式の際には新作のドレスを無料でお貸しいたします」

中山さんはにっこりと笑顔を崩さずに言った。
キャリアウーマンって感じのオーラがあって、YESとしか言わせないような力を感じる。
モデルと言われても・・・わたしは限られた時間しかここにいられないし・・・。

「あの、とても光栄なんですが・・・わたし、時間があまりないので・・・その、数日しか・・・こっちにいないんです」
「もし、引き受けてくださるのでしたら、明日にでも手配します。いかがでしょうか?」
「えと・・・」

ちらっと真珠の方を見る。
真珠も連斗君たちとひそひそと話をしている。
スケジュール管理をしてくれているのは、連斗君だもんね・・・。
ドレスが無料っていうのは、とっても素敵だと思うの。
だって、お金がかからないでしょう?
報酬をもらえるのなら、少しは結婚式費用にしてもらえるし・・・。
思わず、きゅっと湊の袖をつかんだ。

「どうするの?歌音」
「えと・・・」
「いいんじゃない?歌音。素敵じゃない」
「え、あ、真珠・・・」
「私、歌音ちゃんのドレス姿たくさん見てみたいなぁ」
「美菜穂さん…」
「明日にでも出来るんなら、移動にも問題ないよ」
「せっかくだから、やっていけば?」
「まぁ、心強いお言葉が。いかがですか?」
「・・・・・・」

みんなが、そう言ってくれるのならば、きっと・・・大丈夫ってこと。
むしろ、やりなよっていう言葉に聞こえる。

「俺も歌音のドレス姿、見たいな」
「湊・・・。じゃあ・・・明日、なら・・・」
「ありがとうございます!思わぬところで良い人材を見つけてしまったわっ。えっと、お名前を教えて頂けませんか?」
「水城歌音です」
「水城様ですね。では、詳細をお伝えしますのでお着替えになって下さい。山本さん、奥までご案内よろしくね」
「はい」

そう、中山さんはウキウキした声で言うと、携帯電話をさっそうと取り出しながら店内奥へと消えていった。

「・・・ごめんねぇ、歌音ちゃん・・・。今日、本社から人が来る日で・・・」
「いいのよ。ねぇ、みんな」
「ドレス代助かっちゃった」
「歌音ちゃんのドレス姿は本気で見る価値アリだと思うよ」
「あのナカヤマって人も目が良いよなぁ」
「客をモデルにするなんて、聞いたことないぜ」

くすくすと笑いながらみんなが言った。
確かに、ドレス代は助かるという事実があるけれど・・・!
モデルなんて、やったことないし・・・そんなに褒め倒しても何も出ないわよっ。
それとも、ドレス効果で綺麗に見えるのかしら・・・?



次の日、モデルという名の着せ替え人形のごとく、様々なドレスを着て、たくさんの写真を撮られた。
付き添いは湊と、その日休みだったあくあ。
それに連斗君が来てくれた。
たくさんのドレス。
綺麗なヴェールにアクセサリー。
そこはまるで、夢の国のようにキラキラなものが揃ってた。
時には、湊も一緒に写った。
本物のカップルはオーラが違うね、なんて言われたりしながら・・・。