「ねえ、歌音さん、ちょっといいかしら?」
「え、あ、なに、真理乃さん」

9月末に行われる文化祭まで2日。
なので、今日も放課後にみんなで残って準備に追われている。
わたしにとって、初めての文化祭。
一体どんな感じなのか、今からとても楽しみ。
うちのクラスでやることになったのが写真館みたいなもの。
教室を半分に区切って、半分を写真館、半分を喫茶室みたいなのにするの。
お店の名前は『夢の国の衣装部屋』なかなかロマンチックな名前よね。
衣装はほとんどが手作り品で、 被服部の子や得意な人がデザインからてがけるんだって。
喫茶で出すクッキーとかも料理部の子たちが手作り。
ヘアメイクもあって、写真はデジタルで即プリントアウト!
なんだかハイテクな感じがする。
人間界って、本当にすごいなぁって思わずにはいられない。
その場のものをカメラで写して、それを紙に印刷できるなんて、 すごいとしか言いようがないもの!
わたしは人間界のお裁縫ができるわけでもないし、 お料理ができるわけでもないし、パソコンだって使いこなせないから、接客係。
今は準備でパンフレットとかチラシを作っているだけなの。

「ちょっと、これ、着てみて下さらない?」

真理乃さんがバサッと服を取り出した。
美術部の真理乃さんだけど、裁縫も得意で、衣装係をやっているの。

「わあっ、衣装出来たの?」
「ええ。だから試着していただけない?」
「え?どうしてわたし?」
「・・・い、いいじゃないっ。歌音さんに似合うと思っただけよっ」

ずいっと衣装をわたしに若干無理矢理手渡した。
真っ白な布とフリルが可愛い。

「わ、真理乃衣装出来たの?」
「ええ」
「真理乃の担当って、天使と悪魔だったよね」
「そうよ。ということで、透也君!」
「へ!?」

突然透也君が呼ばれて、黒板の前で返事をした。

「何ー真理乃」
「ちょっと衣装試着していただけないかしら?」
「へーえ」

とんっと教壇から飛び降りる。

「出来上がったんだ。いっちばんのりじゃん」
「まあね。ほら、歌音さん、着てきてよ」
「え、あ、はい」
「お、歌音は何?」
「天使よ。透也君は悪魔ね」
「はあ!?悪魔!?俺ってそーゆーキャラ?」
「黒髪がとっても素敵よ。ということで、はいっ」
「お、おう・・・」

真理乃さんがぽいっと衣装を投げて、透也君がとっさに受け取った。
黒髪の悪魔さん。
確かにぴったりね。

「ちょーどいいやっ。試着室も出来上がったんだ!使って使って」

真珠がぐいぐいとわたしの腕をひっぱった。
真珠は内装係。
写真館というくらいだもの、衣装を着替える場所が必要なのよね。

「はいっ。じゃあ、楽しみにしてるねっ」
「あ、うん」

しゃっとカーテンを閉めながら真珠が言った。
・・・まぁ、いいわ。
着せ替え人形みたいになるのは慣れてるわ。
だって、人間界に来たときも、夏服を買わなくちゃって連れ出されたときも、 真珠、あくあ、雫に着せ替え人形のように試着室に連れて行かれたもの。
制服から、真理乃さんお手製の衣装に着替える。
ふわふわの白の衣装は恥ずかしいくらいに可愛い。
若干着るときに困ったけれど、なんとか着れた。

「わーっ、透也似合うじゃない!」
「だろー?自分でも悪魔似合いすぎだと思ったぜ」
「全身真っ黒だな、透也」
「連斗みたいなのが着るよか、悪魔っぽいだろ?」
「そうね。連斗じゃおかしいわね」

そんな声が聞こえてきた。
透也君、もう着替え終わったのね。
わたしもシャッとカーテンを開ける。

「あ、歌音さんできた?そしたらコレ付けて」
「え、な、なに?」

試着室前で待ちかまえていた真理乃さんが、くるりとわたしを回した。
せ、背中?

「はい、これ背負って・・・よしっ」
「これって・・・」
「天使の翼よ。ウチの会社で使ったヤツ、もらってきちゃったの」
「へぇ・・・」
「さ、早く出て出てっ」

ぐいっと手を引っ張られて、試着室を出る。

「お、天使様のご登場」
「歌音ちゃんかわいいーっ」
「さすが歌音。天使似合ってるよ」
「真理乃もいいセンスしてんじゃん」
「それはどーも」
「透也君も、悪魔、似合ってるわ」
「だろ?しっかし・・・悪魔が似合ってるって、微妙に嬉しくないな・・・」
「あははは。悪魔だからな」

真っ黒な衣装に身を包んだ透也君は、本当に似合っていた。
確かに、連斗君には似合わないかな・・・って思う。

「ちょーどいーやっ、透也、歌音、コッチ来いよ!」
「え?」
「スタジオ班も出来上がりっ!」
「撮影も設置OKよ」
「お、整ってきたなー。ほら、行こうぜ、歌音」
「え、あ、うんっ」

スタジオ班が作った撮影用ブースまで移動する。
背景は布に描かれていて、その衣装に合わせて布を交換する仕組みになっている。
ただの真っ白とかの背景よりはマシという意見から、こうなった。
確かに、リアル感はないけれど、美術部が意見を出したり、 写真を参考にしていたようで、それなりに気分が出るようになってる。
すごいなぁ・・・人魚の世界にも文化祭、あればいいのに・・・。

「ちょうどいい!メニュー撮影しちゃおーよ」

雫がパチンと指を鳴らしながら言った。
メニュー撮影?

「衣装を選んでもらうときの参考写真よ。 試着を兼ねて出来るんだからいいじゃない。明日じゃドタバタしちゃうしさっ」
「あ、そっか!それいいな」
「きーまりっ」
「演劇部から衣装借りてきたよーっ」
「ナーイスタイミング!」
「衣装班ももうちょっとで全部完成だし、いいんじゃないかしら?」
「っということで、撮影撮影っと。歌音、透也、よっろしくー」
「はい」
「へいへい。仕方ないなぁ」
「くすっ。実行委員じゃ断れないものね?」
「そうそう。変な役回りだよなー」
「でも、本当に似合ってると思うわ、悪魔衣装」
「どうも。歌音こそ、似合いすぎだって、天使衣装。 羽根まで用意してあるんだから、真理乃も準備いいよなー」
「これ、素敵よね」

天使の翼は思った以上に軽くて、可愛いの。
よく、街中で見かけるモチーフみたい。
実際の天使より、翼はかなり小さいけれど・・・でも、彼女たちみたいな素敵な羽根。

「あーん、ちょっと待って!歌音ちゃんの髪、いじらせてっ」
「え?」
「ヘアメイク係ですもの。やってもいいでしょ?ね、雫っ」
「もちろん。かっわいくしちゃって」
「雫っ」
「歌音は黙ってやってもらえばいーの。じゃ、よろしく」
「ありがと。透也はちょっと待っててね」
「はいはい」

ヘアメイク係の3人に囲まれて、髪をいじられる。
くるくるに巻かれた髪、綺麗な髪飾り、 ただでさえクセのある毛先もコテをあてられてさらにふわふわしている。

「よし、完成!」
「可愛いーっ。こーゆーアレンジの似合う人いじるの大好きーっ」
「ロングヘアーって何でも出来ていいよね」
「ありがとう。こんなのやってもらったことないわ」
「ふふふ。ささ、天使さんは写真撮ってもらってきて!」
「はい」
「よし、出来たね。じゃ、ひとりずついきまーす。歌音、よろしくっ」
「はいっ」

「次、透也だからね」
「わかってるって」

ひとりずつの写真と、モチーフとして、ということでペアでも写真を撮った。