「歌音」
「透也君・・・。ごめんなさい、呼び出して」
「いや、大丈夫だけど・・・」
夕日も見えない、どんよりとした雲がかかる夕方、灯台の展望台に立った。
先に来ていた歌音は手すりにもたれかかって、遠い海を見ていた。
その姿が・・・少し哀しげに見えた。
「歌音からのお呼び出しって事は、返事をくれるの?」
「ええ・・・」
「そっか」
「・・・わたし・・・わたしね・・・わたしね、透也君のことが好き・・・」
思い切ったように歌音が言った。
そして、息をつく間もなく次の言葉を口にした。
「でもっ・・・ごめんなさい!」
「え?」
「わたし、透也君とはつきあえない・・・」
好きだと言っておいて・・・つきあえない・・・?
歌音が唇を少しかみしめて視線をそらした。
こんな顔・・・見たことない・・・。
「・・・どうして?理由は?」
「・・・・・・昔から・・・幼い頃から決めてることがあるの・・・。
わたしね、とってもとっても大好きなものがあって・・・
それを越えるほどの好きじゃなきゃ・・・
それを失ってもいいくらい好きになった人とでなきゃつきわないって決めてるの・・・」
「・・・んだよ・・・それ・・・」
大切なものより好きになった人とじゃなきゃつきあえない?
何なんだよ・・・それ・・・!
好きなら好きでいいじゃないか。
たとえ、一番大切なものより劣るとしても、それはいつか変わるかも知れない。
ってゆーか、そう決めてること自体・・・何か変じゃないか・・・?!
「ごめんなさい・・・透也君のこと好きだけど・・・やっぱり・・・
わたし、大事なものを失いたくないの・・・」
「つきあっていくうちに変わるかもよ?」
「それでもっっっ・・・どうしても・・・ごめんなさい・・・。
それに・・・きっと・・・あれより大切なものなんて・・・そんなに簡単にはできないから・・・。
たとえ今・・・つきあっても・・・きっと『さようなら』を言う日が来るから・・・」
真剣な瞳で、歌音が言う。
好きだけど、どうしても自分のルールには逆らえない・・・と・・・?
それなら、好きじゃないと言えばいい。
つきあえないとだけ言えばいい。
わざわざ好きだと・・・言う必要はない・・・。
その方が、俺だって、歌音だって・・・。
「・・・それなら、嫌いだって言ってくれた方が楽なんだけど・・・」
「嫌いじゃないもの!そんなこと言えない!嘘でだって嫌いだなんて言えないよ・・・。
わかってる、すごくわがままだって。とても、とても、変な理由だって。
でも、素直な気持ちを伝えたかった。わかってほしかった・・・」
「歌音・・・」
「ごめんなさい・・・」
肩を震わせながら歌音がつぶやいた。
声が、震えてる。
こんなに弱い歌音を見たことがない・・・。
いつも笑顔でいる君が泣く姿を見たことがない。
一見、泣き虫のように思えるけれど・・・いつも笑ってた。
それが今は違う。
今にも泣いてしまうんじゃないかと思った。
「・・・好きなのに、ごめんって言うの、辛くない?」
「っ・・・でも・・・わたしが、決めた、こと、だから・・・。
それに・・・透也君の方が・・・きっと・・・」
「・・・・・・歌音が・・・そんなに小さい頃から決めてる事じゃ・・・仕方ないか・・・。
これから・・・まだ俺に望みはある?」
「・・・・・・ごめんなさい」
「そっか・・・。なあ、歌音がそんなに大切なものってなに?」
「・・・海よ」
「海?」
「そう、海・・・。わたしが・・・世界で一番大好きで・・・大切な・・・存在・・・」
「・・・そっか・・・。あーあ、歌音って不思議なやつだなーと思ってたけど、
ますます不思議になった。海か・・・歌音は海の精なのかもな・・・。
いや、人魚って言う方が合ってるかも」
母なる海・・・か・・・。
壮大なものに負けたんだな・・・俺・・・。
それでもやっぱり納得しない。
海が大切?
海が一番好きだと?
わからない。
海と、人とじゃ、訳が違う。
モノを好きなのと、人を好きなのじゃ、意味が違う。
歌音は・・・人も、モノも、同じように好きなのか・・・?
でも・・・俺が、負けを認めるしかない。
たとえ、恋人としてつきあえなくても、友達としてでも、一緒にいたい。
歌って欲しい。
片思いなら・・・隠しててもいいだろう?
気持ちを消さなくても・・・いいだろう?
君を見ているだけなら・・・許されるだろう・・・?
でも・・・それでも・・・一瞬でいい。
歌音が欲しい。
「・・・ねえ、歌音」
「な、に?」
「歌音は俺のこと好きなんでしょ?」
「・・・・・・」
「じゃあさ、10分だけ・・・10分だけで良いから、恋人同士になろう」
「・・・え?」
「10分だけ、歌音を俺にちょうだい」
「・・・いいわ」
「ありがとう」
そっと、抱きしめる。
震える肩が、直に伝わる。
短い返事が、涙をこらえてるんだと伝える。
あんなにも触れたいと思ったのに・・・。
どうして今は切ないんだろう。
「・・・ごめんなさい・・・」
「しっ。今は恋人同士だからごめんはなし」
「・・・はい・・・」
“ごめん”はもう・・・聞きたくない。
「歌音って強いんだな」
「・・・え?」
「泣かないんだ。意外と泣き虫なイメージがあった」
「・・・・・・泣けないのよ・・・」
「え?」
「ううん・・・強がってるだけ・・・」
「そっか・・・。ここで泣いていいよって言われても泣かない?」
「泣かないわ・・・いいえ、泣けないわ・・・」
「歌音ってほんと不思議なやつだなぁ」
「でしょう?だから、やめておいたほうがいいわ、こんな女」
「それでも魅力的なんだよなぁ、歌音は」
「・・・・・・ねえ、これからも友達として付き合っていける?」
「歌音さえよければ・・・」
「わたしのわがままだもの・・・透也君のほうが・・・」
「俺は友達としてでも歌音と一緒にいたいけど?親友って枠はひとつじゃないし。
それに・・・俺、歌音の歌、好きだから。約束も残ってるし」
「・・・・・・透也君って優しすぎるよ・・・」
「おっと・・・そろそろタイムアップか・・・」
「・・・・・・」
「最後にお願い、ひとつきいてくれる?」
「なに?」
「目閉じて」
ひとつだけ。
わがままを叶えさせて。
これで、もう、君に迷惑はかけないから・・・。
小さなくちづけ。
「・・・・・・じゃあ、歌音、ありがとう。また、学校で」
「・・・うん・・・」
そうして、展望台を後にした。
ぽつり、ぽつりと水が降ってきて、ざっと雨が降り出した。
泣きたいのはこっちの方だよ・・・。
まさか、好きだけど、つきあえないと言われるとは思ってなかった。
YESかNO、どちらかだと思っていた。
世の中には・・・色んな人がいる。
考え方だってとらえ方だって、人それぞれ。
頭から否定できる事じゃないのはわかってる。
でも、まさか・・・あんな返事をくれるなんて・・・思いもしなかった。
それでも、歌音を嫌いになんてなれない。
まだ、好きだから。
いつか、忘れるまで・・・友達だと思えるようになるまで・・・このままで・・・。
|