人魚の涙〜Side TOYA〜

昨日届いた一通のメール。

『こんにちは、歌音です。
突然なんですが、明日時間ありますか?お話ししたいことがあるの。
もし、大丈夫なら、明日の16時、灯台の展望台で待ってます』


歌音からの呼び出しのメール。
ということは・・・告白の返事をくれるのだろうか。
期待はしてない。
けど、諦めてもいない。




初めて歌音を見たとき、あまりにも特徴的な容姿に目を奪われた。
長い長い髪に、澄んだ瞳。
そして、歌音という名前。
俺が好きな曲のひとつもカノンだった。
上品な話し方をする彼女が歌ったら、どんな歌なんだろうかと思った。


初めて歌音の歌声を聴いたとき、天使がいるかと思った。
伴奏をしていたのに、間違えないでいる方が必死。
一瞬、自分がどこを弾いているのかさえわからなくなった。
それほど、歌音の歌声は魅力的で、

一瞬で心惹かれた。

うわべは冷静に見せてたけど、波打つ鼓動はごまかせなかった。


音楽が好きだと言うのに、パッヘルベルのカノンも知らない。
世界中で有名なキラキラ星まで知らない。
ちょっと常識はずれなのに、英語はぺらぺら。
一般家庭で育ったとは思えない口調。
クラスにいる女の子達とは何もかもが違っていた。
笑顔も、微笑みも、時々見せる遠くを見る瞳も、 困った表情も、一瞬のぞかせる哀しげな微笑みも、全部見ていたいと思った。
もっと、歌音に歌って欲しいと思った。
喜ぶ顔が見たくて、難しい曲もめんどくさい曲も弾くのを拒めない。
ちゃんと聴いて欲しくて歌音に会ってから練習する時間が増えた。
上手だって言われるのが、こんなに嬉しいとは思わなかった。

気がついたら好きになっていた。



『連斗と歌音ってつきあってるのかな?』
『昨日の歌、聴いた?すっごく素敵だったの』
『聴いた聴いた!てか聞こえてきた』
『透也は早く帰ってたから、ピアノは連斗だよね。真珠が連斗といるの見たし』
『でも真珠達はあの時間違う場所にいたよ?』
『ってことは放課後にふたりっきり?やーん、なんかありそーっ』
『あのふたりだったらお似合いだよね』

終業式の日の朝、そんな女子の会話がクラス中で持ち上がっていた。
連斗と歌音がつきあってる・・・?
まさか、そんなハズはない。
何も聞いていないし・・・それに、連斗は美菜穂が好きなはずだ。
それだけは知ってる。
連斗本人から聞いたんだから。
でも・・・。
遠くにいる人と、近くにいる人。
惹かれるなら…近くにいる人…。
でも、連斗がそんなヤツじゃないって俺が一番知ってる。
それなのに。
やけにムカムカする。
妙にイライラする。

歌音と、連斗。

確かに、あの二人はタイプが似ている。
見た目だってお似合いだと思う。


・・・・・・もしかしなくても・・・俺・・・妬いてるのか・・・。

らしくないな…。
歌音がどう思ってるかは知らないけど、 連斗にはちゃんと思い人がいるってわかってるのに・・・それなのに連斗に妬くなんて・・・。


放課後、音楽室を貸してもらった。
無性にピアノが弾きたかった。
発表会が近いからというのも嘘ではないけど・・・そんなの関係なく。
ラプソディーはこんな時よく合ってる曲だな・・・。

「わたしの姉が言ってたの。気持ちはちゃんと言葉にしなくちゃ伝わらない、 言わないでわかってもらうだなんて無理。 長く付き合ってたってわからないことは山ほどあるって」

その言葉に、やけに納得した。
言わないで、伝えないで、わかってもらおうだなんて・・・無理だと。
明日からは夏休みになる。
歌音に、会えなくなる。
知って欲しい。
けれど、歌音の歌を聴けなくなるのは・・・怖い。
それでも・・・。


「・・・俺、歌音のこと好きだよ」


好きという気持ちがわからないと言った歌音。
だから、ハッキリしたら教えて欲しいと告げた。
嘘は言っていない。
冗談でもない。

君に触れたいと願うから。

君の歌を独り占めしたいと思ってしまうから。

君の笑顔が見たいと思うから。


だから・・・。