夜。
真珠達とは別行動になった。
部屋が遠いせいもあって、宮殿内をずいぶんと泳がなければいけない。
客室のある場所とわたしたちの住んでいる場所は真逆の方向だから。
広間にさしかかると、見慣れた影を見つけた。
もしかして・・・!

「湊!」
「歌音っ」

ぱっと泳ぐ速度を増して、湊に抱きついた。

「久しぶりねっ、湊っ」
「そうだな、歌音。会いたかった」
「わたしも、会いたかったわ」

ぎゅっと湊も抱きしめてくれる。

「もう帰ってきたの?」
「早めに帰ってこれたんだ。ひと目でも歌音に会えないかなと思って来てみた」
「嬉しいっ」

仕事で遠くまで行っていた湊。
もう一ヶ月近く会えず終いだった。
予定では3日後に帰ってくるって言ってたのに・・・。
わたしも歌会の練習に行事にと忙しかったのだけれど・・・。

「もしかしたら会えないかもと思ったけどね」
「くすっ。部屋まで来てくれれば絶対に会えるじゃない」
「宮殿内の広さを知らない訳じゃないよ。必ず会えるとは限らないさ」
「・・・・・・それもそうね・・・。でも会えたじゃない」
「よかった」

軽くキスを交わす。
わたしと湊が恋人同士なのは公然の事。
父様や母様だけではなく、ほとんどの人魚が知っている。
その方が、こそこそしなくていいから楽だけれど・・・。
そのため、湊は守衛も顔パスで通してくれる。

「そういえば、お客様が来てるんだって?」
「ええ。人間界から3人。どこで聞いたの?」
「え?みんな知ってたけど」
「・・・・・・母様の言うことは正しいわね・・・」
「?」
「いえ、何でもないわ。あとで会って!わたしがお世話になった人たちだから」
「もちろん」

そう言って笑みを交わしたその時。

「かのーん!」

背後からわたしを呼ぶ声が聞こえた。
くるりと振り返る。

「真珠!あくあ、雫も!」
「ちょうど歌音のところに行こうと思ってたの」
「こっちもちょうどみんなの話をしてたところよ」
「えっと・・・?」
「湊、紹介するわ。人間界からのお客様、真珠、あくあ、雫よ」
「初めまして、湊です」

ぺこりと湊が会釈する。
真珠達はちょっぴり目を見開いてそれに応えた。

「・・・歌音の彼氏?」
「ええ」
「・・・驚いた」
「?」
「歌音がそんなにはっきり即答するとは思わなかったから・・・」
「ほんと・・・」
「だって、隠すような関係じゃないもの」
「むしろ、みんな知ってる」
「そっか。王女様の恋人だもんね。そうだよね」
「でもよかった」
「何が?」
「歌音が普通に恋愛してて。透也の事とかあったから・・・ってごめん」
「いいのよ。湊も知ってるし」
「名前は初耳だけど」
「人間界の人の名前言っても仕方ないでしょう?」
「それもそうか」

くすくすと笑いあう。
隠し事はしてないわ。 全部話したから。
過去は過去。決して変えることが出来ないけれど、未来は作っていけるから。
忘れないけど、引きずらないわ。

「それじゃ、歌音。俺は帰るよ」
「うん。ありがとう」
「また明日来る」
「あ、午前は練習だから・・・」
「りょーかい!じゃあ、みなさん、お休みなさい」
「あ、お休みなさい。ごめんなさい、邪魔しちゃって」
「いえいえ、お構いなく」

ひらひらと手を振って、湊は入り口へと泳いでいった。
本当に久しぶりに会えてよかった・・・。
たった数分でも、嬉しい。
やっぱりあなたが大好きよ。

「さて、歌音」
「ん?」
「連行連行っと」
「え、ちょ、なに?」
「ふふふっ、ちゃーんと話、聞かせてよねっ」
「そうそう」
「湊さん、カッコイイねっ」
「な…そーゆーこと?」
「そーゆこと。お知らせもあるしね」
「?」
「さささ、とりあえず、行きましょ行きましょっ」
「真珠達の部屋ね」
「はいはい」
ぐいぐいと背中を押されて泳ぎだした。
どこの世界でも、女の子が恋の話が好きなのは一緒ね・・・。
人の恋愛ごとなんて放っておいてくれればいいと思うときと、 聞いて欲しいと思うとき・・・両方あるからやっかいだわ。
真珠達の部屋でさんざん話をして、話を聞いて。
同年齢の子たちとこうやって話すことがなかったから、なんだかとても楽しかった。
人間界にいるときは、いつもいつも、みんながいたから・・・。
懐かしかった。


「で、お知らせって?」
「あ、言うの忘れてた。あのね!」
「海輝が結婚するの」
「・・・・・・ええっ!?」
「びっくりした?」
「まー、結婚してもおかしくない歳だけど・・・若いよね」
「あ、相手は?」
「朗さん。決まってるじゃなーい」
「よかった・・・」
「でね、歌音に結婚式来て欲しいって」
「わたしに?」
「うん。披露宴・・・って式の後にあるお食事会みたいなものなんだけど、 そこで海輝と一曲歌って欲しいって言ってたよ」
「そうそう。海輝と歌音のデュエットなら素敵よね」
「海輝と一緒に・・・」
「もっとも、式自体は冬休み頃って言ってたから先だけど・・・どうかな?」
「・・・よろこんで。父様達を説得してでも行かなくちゃ!人間界の結婚式って初めて」
「花嫁姿、早く見たいよね〜」
「ウエディングドレス、でしょう? ショーウィンドウとかでしか見なかったけど、すっごく綺麗なドレスよね」
「歌音も似合うと思うよ」
「え?」
「そうだよねーっ。歌音、ウエディングドレス似合いそう! 一回着せて写真でも撮っておくんだったな・・・」
「じゃあ、湊さんと結婚するときは人間界でも式やってよ」
「もう、あくあったら。そんなに簡単な話じゃないわ。 結婚だってするかどうかわからないし」
「どうして?幼なじみで恋人なんでしょ?」
「そうだけど・・・」

簡単な問題じゃないのよ。
わたしたち、王女という立場の者には・・・。

「人間界に湊さんを呼ぶ方がきっと大変よ。王様の許可がいりそうだもんね」
「そっか・・・そうね。でも、人間界でもやってくれたら嬉しいな」
「うん。ありがとう」

こうして一週間が幕を開けた。
真珠達は母様達のセッティングした質問会にひっぱり出され、かなり話題になった。
街に出ればみんな無料でオススメのものをくれるらしく、 手に抱えきれないほどたくさんのものを持って帰ってきたりしていた。

歌会は大好評。
姉様たちの歌も、わたしの歌も、姉妹全員で歌う歌も気に入ってくれたみたい。

“人魚姫が歌上手っていうのはやっぱり間違ってないわね。 人間界のおとぎ話もよくできてるものだわ”

なんて感心していた。
海の世界を気に入ってくれたみたいで嬉しかった。
ね、素敵な世界でしょう・・・?