「歌音!」
「姉様方!」

練習が終わったあと、姉様たちがホールにそろってきた。
今日はわたしのソロの部分しか練習はなかったはずだけれど・・・。
な、な、なにかあったかしら・・・?

「お疲れ様、歌音」
「いえ、海音姉様。あの、何かご用ですか?」
「もちろんよ。ちょっと練習しない?」
「・・・?」
「歌音ったら、忘れた?次の歌会はあたしたちだけの歌があるでしょう?」
「あ・・・」
「もーう、記憶力はいいのに、変なとこ忘れるんだから・・・ ねぇ、波音、なんとか言ってやってよ」
「仕方ないですわ、紫音姉様。 歌音は人間界のお客様のことで頭がいっぱいだったみたいですもの」
「そういえば、お客様は今日いらっしゃるのではなかった?」
「もう来ていますわ、海音姉様。愛音と萌音が案内役をしてくれているんです」
「そうだったの」
「なら、お昼には会えるわね。 じゃあ、さっさと練習しちゃいましょうよ、海音姉様!」
「くすっ。そうね」

真珠たちがこの世界に来るのを楽しみにしていたのはわたしだけじゃない。
姉様たちも、萌音も愛音もとっても楽しみにしていた。
生きているうちに人間と話を出来る機会なんて滅多にない、と。
正確には人魚と人間のハーフだけれど・・・彼女たちは人間として地上で生きている。
そんな彼女たちに話を聞けるなんて、確かに貴重な機会ね。
今夜は寝かせてもらえないかもしれなくてよ・・・真珠、雫、あくあ・・・。



「あ!姉様方!お帰りなさい!」
「お疲れ様です〜」

姉様たちとそろって食堂に向かうと、すでに愛音と萌音が戻ってきていた。

「歌音!」
「うわーっ・・・美女揃い・・・」
「綺麗な方たちね・・・」

真珠たちが姉様たちに視線を向けて言った。
・・・確かに、落ち着いていて微笑みの素敵な海音姉様、 美女と周りからも言われる紫音姉様、 すらっとして明るい笑顔の波音姉様・・・わたしの姉様たちはみんな素敵。

「ごめんなさい、お待たせして。姉様、ご紹介します。 人間界からいらっしゃった真珠、雫、あくあですわ」
「は、初めまして。真珠です」
「あくあです」
「雫です。宜しくお願いします」
「ご丁寧にどうも。長女の海音です」
「初めまして、次女の紫音です」
「お客様なのにお待たせしてごめんなさいね、三女の波音よ」

みんなが姉様方に見入っている。
・・・なにか・・・特別なオーラを感じるのかしら・・・?
確かに、姉様方は素敵だけれど・・・。

「萌音、愛音、案内役ありがとう」
「いいえ!歌音姉様。とっても楽しかったです!」
「人間界のこと、たくさん聞けちゃいました」
「そう。それならよかった」
「さぁ、こんなところにいるのも何ですし、食事にしましょう。みんな席について」
「はい」

やっぱり指揮をとるのは海音姉様。
みんなすっと動き出す。

「あの・・・食べられないものとかあったら正直に言ってね?」
「・・・そうね。どんなものがあるのかちょっと楽しみだけど・・・」
「人間界とは違うものね」
「異世界の食べ物を食べるってすっごくドキドキするね!」
「ほ、ほんとに遠慮しないで言ってね?何か考えるから・・・」
「はいはい。それは食べてみてからにしましょ」

食べることは生きること。
それは人間界も海の世界も変わらない。
けれど、食文化が違う。
食べられない世界にはいられないものね・・・。


「ん!美味しい!」
「すごーいっ、火がないのにどうやって作るんだろう・・・」
「不思議な食感っ」

3人がこの世界で初めての食事を口にして言った。
た、食べられないということはないみたい・・・ね。
よかった。

「お口には合いまして?」
「ええ、とっても!」
「よかったわ」

海音姉様がにっこりと答える。
わたしたち姉妹以外の人にも優しいのは変わらない。

「ところで、海の世界はどうだった?」
「萌音ちゃんと愛音ちゃんの案内があってよかったわ」
「道がないのは迷う心配がなくていいけど、 とんでもないところに行きそうだもんね」
「人間界とは何もかも違って、すごく新鮮だったし・・・ 思っていたよりもずっとずっと綺麗な世界ね!」
「それにしても、ここの“王女様たち”はとても人気なのね」
「ん??」

何で突然そんな話に?
萌音と愛音がなにか・・・したの?

「あら、どうして?真珠さん」
「萌音ちゃんと愛音ちゃんと一緒にいたからだと思いますが、 たくさんの方に声をかけられましたし・・・」
「お二人がとても人気だとわかりましたし・・・」
「姉妹でやってらっしゃる“歌会” はとても素敵だから是非見てから帰った方がいいと勧められましたわ」
「そうだったの」
「ごめんなさいね、注目を集めさせて・・・」
「人間界から来たって知られたくなかったんじゃない?」
「・・・そんなことないです」
「この世界では、人間界の存在が認められていますから・・・。私たち混血のことも・・・」
「少しでも、人間界に興味を持ってくれる人がいて、ちょっと嬉しかったですし」
「そう・・・」

この世界では確かに人間界の存在が認められている。
でも、中には人間が嫌いな人魚もいる。 魚を食べて、船を沈めて、海を戦場にする人間のことを好きにはなれないという 人魚もいる・・・。
けれど、人間界に興味を持つ人魚だってたくさんいる。
留学の申請審査に何十人もの人魚が立候補した。
水没した船に探検に行くチームもある。
わたしの人間界での話を、レポートを、興味を持って見聞きしてくれた人もいるの・・・。
そんな彼らに真珠たちがどう受け入れられるかわからなくて、黙っていた。
人間界からのお客様なんて初めてだから、王宮のみの秘密にしていたの・・・。
でも、これで一気に広まるわね・・・。

「真珠さん達は講演会とかに出る気あるかしら?」

「え?」

突然の後ろからの声にぱっと全員が振り返る。
そこには母様がにっこりと笑っていた。

「か、母様・・・!」
「琴音様!」

琴音というのは母様のお名前。
だから、わたしたち娘はみんな母様から一文字頂いて『音』という字がついている。

「講演会?」
「ええ。せっかく人間界からいらしていただいてるんだもの。 人間界出身の方にお話を伺える貴重な機会だわ。 街に出たのなら、真珠さんたちが来ているのはあっという間に広まることですし・・・ どうかしら」
「あのあの、お話しできることなんて・・・!」
「へ、平凡な人間で・・・!」
「歌音が報告した以上のことなんてきっとないですよ・・・?」
「あら、平凡な人間に会えるだけでも人魚にしてみたら価値がありそうだわ。 ね、母様」
「そうねー、平凡な人間なんて存在はここでは貴重よね。そう思わない?波音」
「紫音姉様・・・それって意地悪ですか?」
「あら、失礼ね。人間に会える機会なんてないって言ってるだけよ。 もっとも、姿形は人間じゃないけれど」
「た、確かにそうですが・・・」
「ほ、ほんっとうに、特に何もなくてっ」
「あくあ、諦めた方がいいわ」
「歌音・・・」
「姉様や母様に勝てる方なんていないもの」
「歌音・・・諦める要因はそこ・・・?」
「雫は勝てると思って?」
「う…」
「人間界に嫌悪を抱いていない人たちと・・・なら・・・いいかも。お話するだけなら・・・」
「・・・講演会というよりは、質問会・・・なら・・・」
「そうね・・・」
「あら、じゃあOKね?ありがとう」

姉様に勝つよりも、母様に勝つのは大変。
もっとも、勝ったことなど一度もない。
人間界留学だって、あっさり認めてくださった母様・・・。
母様はとてもお綺麗で、仕草もお声も素敵で、優しい瞳の方だけれど・・・。
そう、中身は紫音姉様と同じくらい・・・おちゃめな方・・・。