数日後の歌会。

真珠達にもらった姉妹おそろいのネックレスに、誓いの指輪、 透也君たちにもらったブレスレットを着けた。
もう、あの真珠のネックレスはここでは必要ない・・・。
なんだかとても、胸元が軽かった。
たくさんのお客様。
沙羅も湊も、他にもたくさんの友人が来てくれた。
どうやら今日の歌会の席を取るのは大変だろうという 萌音と愛音の予想は当たったらしく、争奪戦だったとかなんとか・・・。


父様の挨拶のあと、いつもの歌を姉妹で歌ってから、歌会は始まった。
いつもの歌も、わたしにとってはココで歌うのは1年半ぶり。
おそろいのステージ衣装も、歌っている最中の目配せも。
なんだかとても懐かしかった。

海音姉様の挨拶が入る。
これが長女に生まれたもののさだめよ、なんていつも言っている。

「歌会へようこそお越し下さいました。姉妹そろっての歌会は2年ぶりになります。 みなさんご存じの通り、歌音が帰って参りました」

ぺこりと礼をする。
わあっという歓声と、“歌音様”と呼んでくれる声がする。
けれど、その言い方がくすぐったくて仕方がない。
王女でない2年間は短くて長かったから。

「ここで歌音のソロの歌をお聴き下さい。 2年間待って下さった方もいらっしゃるでしょう」

そう言うと、すすすっと舞台上から裏へとみんな行ってしまった。
そう、今回はわたしのソロがある。

「みなさま、お久しぶりです。2年間の人間界留学から戻って参りました。 人間界でも、様々な音楽に触れ、そして歌ってきました。 人間界に行ける人魚は限られています。 でも、文化に少し、触れることは出来ます。 素晴らしい音楽がたくさんありました。この世界にはない、素敵な音楽が。 一曲、みなさんに人間界の音楽をお届けしたいと思います」

楽器を海の世界に持ち込むことは出来ない。
人間界の楽器は空気を振動させて音を鳴らすから。それに海の水に耐えられないから。
でも、歌を歌うことはどこでもできる。
わたしの声は、どちらでも聞くことが出来る。
素敵な音楽にたくさんであった。
素敵な歌をたくさん教えてもらった。
今度はこの場所で、素敵な歌をみんなに知ってもらいたい。
人間界にも、たくさん素敵なものがあるんだよ・・・。

「アヴェ・マリア」

連斗君が好きだと言っていた歌。
私も、この歌が大好き・・・。
ねえ、素敵な歌でしょう?



そして、数曲、姉妹そろって演奏した。
こうしてまた姉妹そろって歌えること。
この歌会で歌えること。
とても、幸せだと思った。
ここがわたしの幸せの場所だと思った。
帰ってきて、本当に良かったと・・・。
あのときの決断は、決して間違っていないと・・・。




歌会が終わったあとに、湊と話が出来ないか、 と思っていたけれど、実際はあっというまに来て下さった方に囲まれてしまって、 それどころではなかった。
姉様達は軽く手を振って“お先に”とウインクをして去ってしまった。
一通り対応し終わってふうっと軽く息を付いた。
でも、みんな笑顔で「おかえりなさい」 「また歌が聴けて嬉しい」って言って下さって、本当に嬉しかった。

「歌音」
「っ湊っ・・・」

声をかけられてぱっと客席を見ると、そこには湊の姿があった。
まだ・・・残っていてくれたの・・・?
ずいぶんと時間がかかってしまったのに・・・。
もう帰ってしまったと思ったのに・・・。
すいっとわたしの方に泳いできてくれる。

「まだ、いたの・・・?」
「歌音と話がしたくて。それにしても人気の歌姫は大変だな」
「そんなことないわ。まぁ・・・大変だったのは否定できないけれど・・・。 みんな“おかえりなさい”って言ってくれて嬉しかったし・・・。 湊も、来てくれて有り難う」
「歌、上手くなったな。久しぶりに聴いたけど・・・ほんと、良かった」
「人間界でも歌は歌ってたから」
「アヴェ・マリア。すごい綺麗な曲だな」
「でしょう?大好きな歌なの」
「そっか・・・あのさ」
「わたしね・・・湊に話さなきゃいけないことがあって」

湊の言葉を遮って切り出した。

「え、なに・・・?」
「わたし、人間界でひとり好きになった人がいるって言ったでしょう?」
「ああ・・・」
「その人ね・・・ちょっと昔の湊に似てたんだ」
「・・・俺?」
「うん。だから懐かしかったのかなって・・・ちょっと思ったの。 もちろん、そんな簡単な理由ではぐらかしたりしないけど・・・」
「・・・・・・」
「わたし、まだまだコドモで、好きって気持ちよくわからなくて・・・ 人間界に行って初めて知ったの。だから、行ってよかったって思ってる」
「・・・うん」
「その人ね・・・わたしのこと好きだって言ってくれた」
「なっ・・・」
「でも、わたし、海が好きだから戻ってきたわ。 ちゃんと一年半前にけじめをつけてきたの。 その時にね、ひとつ、決めたことがあるの」
「・・・何を?」
「次に誰かを好きになったら、自分からちゃんと伝えようって」

そう、決めてた。
もうあの世界で誰も好きにはならない。
恋は青い世界でしようと。
そして、誰かを好きになったら、わたしから気持ちを伝えようって。
それが、わたしが透也君の気持ちに対する答え。
あなたはわたしに気持ちをくれた。
だから、今度は、わたしが・・・。


「わたし、湊が好きよ」

「え・・・?」
「帰ってきてすぐにこんな事言うなんて、 ちょっと都合良すぎるかも知れないけど・・・嘘じゃないわ」
「・・・その人間に似てるからじゃなくて?」
「違うわ。今は全然似てないもの。・・・一目惚れっていうものなのかな。 でも初対面じゃないし・・・よくわからないけど、好きなものは好きなのよ」
「・・・・・・」
「わたしにね、“好きって気持ちはある日突然気がつく”って言ってくれた人がいるの。 きっと、その言葉通りなのね」
「歌音・・・」
「特に何も期待してないわ。わたしの自己満ぞ」

わたしの言葉を遮るように、湊がわたしを抱きしめた。

「・・・俺も、歌音が好きだ」

「湊・・・?」
「気づいてなかったの、歌音くらいだって・・・」
「え?」
「ずっと・・・ずっと前から好きだった・・・歌音のことが」
「み・・・なと・・・」
「歌音が、人間界から帰ってきたら言おうって決めてた。 離れてもずっと・・・好きだった・・・。でもまさか、先を越されるとは思わなかったよ」
「え、あ、わたしだけ気づかなかったって・・・?」
「紫音さんがチケットくれたのだって、俺のこと知ってるからだよ。 波音さんだって、みんな気づかれてた。でも歌音だけ気づかないんだもんな・・・」
「ご、ごめんなさい・・・」
「そんなとこも好きなんだけど。あー、マジでびっくりしたー」
「・・・あり、がと・・・」

好きな人が、好きだと言ってくれる。
それはとてもとても・・・幸せなこと・・・。
好きだと言いながら、ごめんなさいを言ったわたし。
きっと、一生忘れない。
透也君のことを・・・わたしは一生・・・忘れない。

「歌音があんな話するから、望みないと思ってたんだけどさ・・・」
「・・・知っておいて欲しかったの・・・わたし・・・きっと、一生彼を忘れないから・・・」
「・・・そっか・・・」
「こんなわたしで、いい?」
「充分!前に誰を好きだって、それは過去の事だろう?」
「・・・うん」

ぎゅっと湊に抱きつく。
ありがとう・・・。
沙羅たちが言ってた“好きな子”ってわたしだったんだね・・・。
随分鈍感なんだなぁ・・・わたしって。
でも、そんなわたしで良いって言ってくれる。
前に好きな人がいても、忘れないと言っても、それでも良いって言ってくれる。
なんて・・・素敵な人なの・・・。

「・・・ほんと、歌音って泣き虫だよな」
「な、によ・・・わたし、人間界じゃ泣けなかったんだもの・・・」

そっと距離を取る。
湊の顔が少し、ぼやけてみえる。
・・・泣き虫は直らないわね・・・本当に・・・。

「泣けないって?」
「人間界では涙が全部結晶化しちゃうのっっ・・・だから・・・」
「へぇ・・・頑張ったんだ」
「・・・・・・」
「海に戻ってきたんだから泣いてもいいよ」
「お、女の子の泣き顔なんて見ないでよっ」
「今更だなー。長いつきあいじゃん、俺たち」
「〜〜〜〜〜」
「歌音のこと、泣かせないようにするから」
「・・・どうかしら」
「あ」

すいっと湊がわたしの頬をすくった。

「見て、人魚の涙」
「・・・・・・湊にあげるわ」
「・・・どういう意味か知ってて言ってる?」
「これと同じでしょ」

左薬指の指輪を見せた。
そう、人魚の涙を相手にあげることは“あなたが好きです”という意味。
この世界では、とても貴重なものだから。

「湊が好きってことよ」
「なるほどね・・・人間界ではその指輪なわけ」
「ええ。もっとも、これは海の誓いであって、その意味はないわ」
「それはよかった」

こつんと額と額がぶつかる。
そしてやさしい、キスを交わした。



青い空の下、小さな恋をした。

青い海の世界で、ひとつの恋を見つけた。

あの世界に行ったこと、後悔してない。
この世界に戻ってきたこと、とても幸せだと思ってる。
あの人に出会えたこと、あなたに出会えたこと、どちらもとても大切。

「湊・・・随分と気づくのが遅くてごめんなさい。大好きよ」
「・・・俺の方がその気持ち、勝ってるって自信あるな」
「すぐに追いつくわ・・・きっと」
「待ってなんていないからな」
「・・・ええ」

つうっと涙が頬を伝って海に溶けた。
悲しい涙も、痛い涙も、嬉しい涙も・・・全てこの世界では素直に流せる。


人魚の涙は愛の証。



**Fin**


2007.07.20.