「沙羅!えな!」
「え、あ、歌音!」
「えっ、歌音!?」

練習が終わった後に、ふらりと泳いでいたら友人の沙羅と恵里菜 (あだ名が『えな』なの)に出会った。

「どうしたの?」
「散歩よ」
「・・・サンポ?」

散歩という言葉はおかしいのかもしれないけれど、散歩、なのかな?

「えっと、ふらっと運動を兼ねて出てきたってこと。人間界では散歩っていうから・・・」
「くすっ。すっかり人間界慣れしちゃったわけね」
「そ、そうじゃなくてっ。語彙数が増えたって言ってよー」
「まぁまぁ。久しぶりね、歌音」
「そうね、えな。ごめんね、挨拶に行く時間なくて・・・」
「いいのよ。沙羅に聞いたし、歌会の席も取れたから」
「ほんと?ありがとう」
「楽しみにしてる。今日は練習は?」
「終わったの。だから、えっと、散歩じゃなくて・・・なんて言うのかしら・・・」
「あはは!歌音ってばっ」
「だって!適当な言い方が思いつかなくて・・・。散歩って楽な言い方よね・・・」
「はいはい。わかったわ。ふらっと用事もなく出てきたことを散歩っていうのね」
「そ、そうね・・・」
「じゃ、これからそう使いましょ。これで困らないわ」
「なるほど。沙羅ってばやるー」
「でしょ?えな」
「ありがとう、沙羅、えな」

ない言葉は作ればいい。
新しい言葉が増えたって通じればいい。
そういうことね?

「ところで歌音。湊には会ったの?」
「湊?え、ええ。少しだけね」
「びっくりしなかった?」
「どうして?」
「だって、湊ってば格好良くなっちゃったから」
「・・・少しね。最初、誰かと思ったけど・・・」
「湊、人気あるんだよー」
「そうそう。一年くらい前から告白する子続出。友達やってるこっちが驚いちゃう」
「年上年下同年齢・・・。年下が圧倒的に多いみたいだけど」
「そ、そうなんだ・・・なんか信じられないな。あの湊が・・・」
「でしょう?」
「でも、湊ぜーんぶ断ってるの。彼女とかいたことないんだから」
「へぇ・・・可愛い子とかいなかったのかな」
「もう、甘いなー、歌音は」
「え?」
「好・き・な・子がいるからに決まってるじゃーん」
「え、あ、ええ!?知らなかった・・・」

そっか・・・湊・・・好きな子いるんだ・・・。
2年も会ってないと・・・やっぱり環境だって、その人自身だって変わるよね・・・。
なんかショックだなぁ・・・。

「なにー、歌音ってば、湊のこと好きだった?」
「え、あ、そんなこ・・・と・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

えなと沙羅が顔を見合わせる。
わたし・・・好き・・・なのかしら・・・。
でも、帰ってきて、まだほんの数日で・・・。
湊にだって一回しか会ってなくて・・・。

「くすっ。やだ、歌音ってば。そんな顔しないでよ」
「別に、歌音が湊のこと好きでもいいと思うよ?いいじゃん。他に好きな子がいたって」
「わ、わたし、湊が好きなんて言ってないわ」
「でも顔に書いてある」
「ええっ」
「歌音と湊は幼なじみなんだし、別に帰ってきてまだ数日、 なんて考えなくてもいいんじゃないの?」
「でも、わたし、そんな風に湊のことみたことなかったんだもの」
「見たことがないなら、見てみればいいんじゃないの?ねぇ、沙羅」
「そーそー。ま、歌音は歌音でよーく考えてみなね」
「う、うん・・・」
「じゃ、あたしそろそろ帰らなきゃいけないから」
「あ、あたしも。歌音、歌会の会場で会おうねっ」
「うん。練習して待ってるわ」

そうして、沙羅とえなと別れた。
・・・湊・・・もてるんだ・・・。
知らなかったな。
でも、わかる気がする。素敵になったものね・・・。
大好きな白い丘まで行って、岩に腰掛けた。
白い砂の広がる丘。
所々にゆれるイソギンチャク。
ついっと横切るカラフルな魚たち。
ここは素敵な場所・・・。


「かーのん」
「えっ」

突然話しかけられて上を向く。

「湊っ」
「何してんの?こんなところで。悩み事?」
「な、なんで悩み事・・・?」
「歌音って昔っから悩み事があったり考え事するときにココにいたから」
「・・・よく覚えてるのね」
「何年の付き合いだと思ってるわけ?」
「そうね」

そっと湊がとなりに座る。
なぜだか急に鼓動が早くなる。
さっきあんな話するから・・・!
妙に意識しちゃうじゃない。

「俺じゃ聞けないこと?」
「・・・そんなに悩んでるってわけじゃないのよ。へーき」
「そう・・・ならいいけど・・・」
「湊、モテるんですってね」
「は!?」
「さっき、沙羅とえなに会って話したの。 湊がモテるって聞いてびっくりしちゃったわ」
「あー・・・モテるっつーのか・・・?」
「告白しに来る女の子がたくさんいるんでしょ?」
「たくさん、なんて数じゃないと思うけど・・・。無敵素敵の王女様方に比べたらとてもとても」
「あ、それってわたしも入ってる?」
「もちろん」
「もーう・・・そんなこと言ってー」
「あはは。王女様はみんなの王女様だもんな」
「王女様扱いするのやめて」
「はいはい。昔から歌音はそうだったよな」
「2年間一般人の生活をしたから余計にそうなのかもしれないわね。くすぐったい」
「くすくす。何をおっしゃいますか。16年もそんな生活してたのに」
「だからやめてって。からかってるの?」
「元気でた?」

・・・わたしの気持ちを上げるために・・・わざわざそんなこと言ってたの・・・?
昔から特別扱いするのはやめてと言っているのを知っていて・・・。
それで…?

「・・・おかげさまで。ねぇ、湊、好きな子いるんだって?」
「なっ・・・!ったく・・・それも沙羅とえなが?」
「うん。そうやって全部断ってるって」
「・・・まぁ・・・な・・・」
「それとも、ただの断る口実?」
「いや。真実」

そっか・・・真実・・・なんだ・・・。
ずきずきと心の奥が痛んだ気がした。

「まぁ、いいじゃん。そんな話はおいといてっ」
「・・・・・・」
「歌音、そろそろ帰らないと夕食の時間になるよ?海音さんたちに怒られない?」
「え、あ、もうそんな時間?」
「うん。だから歌音がいるのめずらしいなーと思ったんだけど・・・」
「そっか。うん、帰らなきゃ姉様にしかられちゃうわね。ありがと、湊」
「いえいえ」
「また、歌会の会場で会いましょう」
「ああ」

ついっと湊の横から泳ぎ出す。

紫音姉様にヤキモチを妬いたわたし。
モテるって聞いて、なんだかショックだったわたし。
隣にいるだけなのにドキドキして、
好きな子がいるって知ってズキズキして・・・。
でも、横顔は見ていたいと思った。

わたし・・・いつから湊のこと・・・好きになったの・・・?

今までそんな風に見ていなかったから?
友達だと思っていたから?
好きだという気持ちがわからなかったから?

気がついてしまえばとても簡単な気持ち・・・。

真理乃さんが言ってた。
好きって気持ちは気がつけばとても簡単だって・・・。
気がつかなかっただけなの・・・かな・・・。



「あ!歌音っ。どこ行ってたのよーっ」
「波音姉様。ちょっと散歩に・・・」
「サンポ?」
「えっと、ちょっと出かけてきただけですわ」
「もう夕食の時間になるわよ、歌音」
「海音姉様!」
「探しちゃったんだから」
「紫音姉様!ご心配おかけしてすみません・・・」
「ま、いいわ」
「あの、姉様・・・」
「ん?」
「姉様たちには恋人っていらっしゃらないんですか?」

わたしの言葉に姉様方がぴたっと止まった。
あれ・・・?
わたし・・・言っちゃいけないことだったかな…?
でもでも、恋愛禁止なんて規則はないし・・・海音姉様はもう21ですし・・・。

「歌音」
「あ、はい」
「姉様にかなしーこと聞かないの」
「え?」

紫音姉様がぽんぽんとわたしの肩を叩いた。

「ふふっ。残念ながらそーゆー人はいないってことよ。ねぇ、紫音」
「ほんとに」
「あははー。悲しい姉妹ね」
「さ、食堂に行きましょ。愛音と萌音が待ってるわ」

姉様方にはそういう方はいらっしゃらない・・・ということね・・・。
2年経てば、何か変化があるのかなと思って聞いてみたけれど、 姉様は姉様のままなのね。
なんだか少し、安心した自分がいる。

「恋愛しちゃいけないっていうキマリはないのよねー」
「そうね。母様だって歌い手だったのだから」
「まぁ、まだ縁がないだけですよ、海音姉様」
「ということで歌音」
「え、あ、はい」
「歌音はご自由に」
「ど、どういう意味ですか?紫音姉様・・・」
「やーねー、この子ったら!わかってるくせにっ」
「えー、何ですか、紫音姉様」
「知りたい?波音」
「あら、私も知りたいわ紫音」
「それがですねー」
「あああああ!もう、紫音姉様ってばっっ」
「くすくす。姉様、波音、歌音がいない時にお話ししましょう」
「ふふっ、そうね」

紫音姉様ってばっ・・・。
でも、知ってる。
紫音姉様は意地悪な人じゃないってこと。
いつだって、わたしに優しいもの。

「湊のこと。あたしたちに遠慮なんてしなくていいんだからね?」

紫音姉様がわたしの耳元でささやいた。