「歌音っ」
「え・・・」
沙羅に挨拶をした帰り道、突然声をかけられた。
振り返ってみると、そこにはすらりとした男の人魚がいた。
どきっとする。
「俺、覚えてない?湊」
「え、あ、湊!?わからなかったっ・・・」
「そんなに変わったかなぁ・・・?俺」
「・・・・・・」
変わったわよ。
とても・・・素敵になった・・・。
前はどこか、透也君と似たところがあったけれど、今はそんなことないわね・・・。
なんだか、わたしだけ時が止まってしまった気分・・・。
たったの二年なのに、置いていかれてしまった気分だわ・・・。
「時間ある?ちょっと話さない?」
「え、あ、ええ。いいわよ」
手軽な岩にふたりで腰掛ける。
本当に・・・湊じゃないみたい・・・。でも面影はある。
何だかその変化のせいか、ドキドキする。
知らない人と話してるみたいよ・・・。
「おかえり、歌音」
「ただいま」
「帰ってきたって聞いたけど、まさか今日会えるとは思わなかった」
「わたしも。また後で家まで行こうって思ってたのよ」
「歌会出るんだってな。さっき紫音さんにチケットもらった」
「え・・・」
紫音姉様に・・・?
紫音姉様と湊のどこにそんな接点が・・・?
「歌音?」
「え、あ、そうなの。歌覚えるのが大変で」
「うっそだー。あの歌音が覚えるのが大変なんてないだろー」
「・・・・・・」
「・・・歌音?大丈夫?」
「あ、ごめんなさい。大丈夫よ」
「ったく、人間界に慣れすぎてボケた?」
「そんなことないわよっ」
「でも、ほんと、帰ってきてくれてよかった。紫音さんもすごい嬉しそうだったし」
ずきっ・・・。
なんでだろう。 どうしてだろう。
湊が紫音姉様の話をしたことなんてなかったから…妙に胸が痛い。
「人間界、どうだった?」
「楽しかったわ。色々・・・たくさん知らなかったことを勉強できたし・・・
少し大人になれた気がする」
「?」
「・・・わたしね・・・人間を好きになったの」
「えっ・・・。それってどういう意味で・・・?」
「・・・どういう意味だと思う?」
「・・・恋愛対象・・・?」
「アタリ。湊にだから話すけど・・・」
「マジかよ・・・」
「・・・でも、わたしは戻ってきたわ。
その人とのことだってもう一年半も前のことなの。今では大切な親友よ」
「・・・・・・」
「そんな顔しないで?わたし、すごく大切な気持ちを勉強してきたんだから・・・。
人間だって人魚だって変わりないわ。みんな一緒。
わたしが出会った人たちは、みんなみんな素敵な人たちだったの」
「そっか・・・よかったな」
「ええ」
そう、とても大事な気持ちを学んできたの。
“好き”っていう気持ち。
この世界の住人からしたら、人間を好きになるなんて、と言われることかも知れない。
でも、わたしが人間界で小さな恋をしたことは確か。
それは否定しないわ・・・。
「歌音・・・あのさ・・・」
「?」
「・・・・・・やっぱいい。歌会、楽しみにしてる」
「ありがとう・・・。わたしの歌、聴きにきてね」
「もちろん。あ、そういえば、一年半くらい前に一回帰ってきたんだって?」
「あ、ええ。一日もいなかったけれど・・・」
「歌会で一曲歌ったって・・・」
「姉様が一曲だけでもって誘って下さったから」
「あのとき行けなかったんだよなぁ・・・全く、タイミング悪いんだから。
あとですっげー話題になったんだぜ?歌音が歌会で歌ったって」
「ごめんなさい。突然だったから・・・歌会の日だってことも知らなくて」
「まぁ、いいけど・・・次のチケットもらえたし。しかもこれ、すごく良い席」
「そうなんだ・・・」
「紫音さんに感謝だな」
「・・・そうね。じゃあ、そろそろ行くわね」
「ごめん、引き留めて。また、歌会で」
「ええ」
すいっと泳ぎ出す。
どうして・・・? どうしてこんな気持ちになるの・・・?
「歌音!」
「な、なに?」
湊に後ろから呼び止められて振り向く。
「言い忘れた!歌音、綺麗になったよ!」
「・・・ありがとう」
「またな!」
くるりと方向転換して思い切り水を蹴った。
どうして、どうしてこんなにドキドキするの。
久しぶりに会った幼なじみってだけじゃない。
ねえ・・・どうして・・・!
「あら、歌音。おかえりなさい」
「紫音姉様!」
「沙羅ちゃんには会えた?」
「ええ・・・あの、紫音姉様」
「ん?」
「湊に・・・次の歌会のチケット・・・」
「あら、湊にも会ったの?ええ、渡したわよ」
「・・・・・・」
「・・・カンチガイさせちゃった?別に、私と湊がどーのってわけじゃないから」
「え・・・」
「湊ね、よく歌会にも来てくれてたの。
それに歌音が帰ってきたんだもの、来て欲しいでしょう?」
「え、ええ・・・でも、どうして・・・」
「私がおせっかいやかなくて誰がするのよ」
「え?」
「海音姉様がそんなことするわけないし、波音も歌音も気がつかない。
萌音と愛音が言ってたみたいにプレミアチケットになる前に、渡しておかなくちゃ」
「・・・・・・」
「歌音が帰ってきて最初の歌会だもの」
「姉様・・・」
「なーにー?私にヤキモチでも焼いたの?」
「そっ、そんなこと・・・」
「あるって顔してる。
ふふっ、だてに16年も姉様してた訳じゃないのよ?
やっぱり二年経っても歌音は歌音ね」
「もう、紫音姉様ったら・・・」
「今日はせっかくのお休みなんだから、ゆっくり休みなさい。明日からまた練習よ」
「はい」
ヤキモチ・・・?
わたしが、紫音姉様に・・・?
自分の部屋に戻ってぽすんとベッドに横になる。
ふわふわのベッドは人間界みたいな布団こそないけれど、とても気持ちいい。
「わたし・・・湊のこと好きなのかなぁ・・・」
でも、都合良すぎない?
まだ帰ってきて3日目。
湊にだって二年ぶりに会ったばかり。
でも・・・湊が楽しそうに紫音姉様の話をしてたのが何だかいやだった。
綺麗だって言われて、すごくドキドキした。
一目惚れっていうのがあるけど・・・似たようなものかしら・・・?
どちらにしろ、惹かれてるのは確かなの・・・。
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