「はいっ!歌音。おーみーやーげっ」
「え、あ、ありがと・・・」

2年前、初めてであったあの岩場。
今日で人間界の生活とはさようなら。
わたしは海の世界へと帰る。

そして、みんながなにやら分厚い本のようなものをわたしに差し出した。

「えっと、何?これ」
「アルバムよ。写真。水の中でも大丈夫なようにラミネートと プラスチックで加工してあるから」
「いつまでもつかわからないけど・・・思い出と、 人間界を知ってもらう材料に」
「水の中で見れるかどうかはチェックしてあるから大丈夫だと思うけど・・・」
「ありがとうっ・・・嬉しいっ・・・これで姉様達に話せるわ」
「ふふっ。あとこっちはアクセサリー。 劣化しちゃうかも知れないけど・・・姉妹おそろいで使って」
「ちゃんと6つあるの?」
「そう。歌会でつけてよ。ね」
「・・・ええ。本当に・・・嬉しいわ」

ぎゅっとアルバムを抱きしめる。
わたしが二年間ここにいたという証ね・・・!

「歌音ちゃん、またいつでも来てね。部屋はあのままにしておくから」
「楽しみにしてるよ。水族館のみんなもきっと」
「長い間ありがとうございました、俊彦さん、真奈さん」
「歌音、忘れないでよ?満月の夜、ここで会う約束」
「もちろん。みんなの方が忘れちゃうんじゃない?」
「あら、・・・・・・でも満月っていうのは忘れそうね・・・」
「じゃあみんなで月年齢カレンダー買ってチェックしなくっちゃ。ね」
「くすくす。楽しみにしてるわ」
「夏休みには一週間くらい遊びに来てよね」
「ええ。わたしも、みんなが海の世界に来れる方法がないか調べてみるわ」
「でも・・・混血だもの。無理じゃないかしら」
「わからないわ。こうして純人魚が人間界で過ごせるんだもの。 混血の人魚だって何か方法があるかもしれないもの」
「歌音・・・」
「わたしね、みんなにも見て欲しいの。わたしの大好きな世界を。海の世界を」
「・・・うん、そうね。楽しみにしてる」

くすっと笑い合う。
わたしがこの人間界に来れたんだもの。
みんなだって来れる方法があるかもしれない。
みんなにも見て欲しい。
わたしの大切で大好きな世界を。
わたしが何よりも好きだと思う世界を。

「じゃあ・・・わたし、そろそろ行くわね。きっと下でも待ってると思うから」
「ええ」
「歌音、またね」
「満月の夜に会いましょ」
「はいっ」

くるりと方向転換をして、もう一度みんなに手を振ってから、海へと潜った。
下へ下へと泳ぐ。
アルバムの重さで速さがついてるみたい。
それとも、早く姉様達に会いたいと願うわたしの希望のせいかしら。


「あっ!かのーーーんっ」

しばらくして、迎えに来てくれていたみんなの姿が見えてきた。
姉様たち、それに萌音に愛音、父様と母様もいる。
すいっと泳いでいって、みんなの前で止まる。
1年半前に会ったきり会っていなかった、わたしの大切な家族。
大きくなった萌音と愛音。
姉様達もより美しくなられた。
なつかしい・・・。

「ただいま帰りました」
「おかえりなさいっ歌音っ」
「おかえりなさい」
「姉様っお待ちしてましたーっ」
「お帰りなさい、姉様っ」
「やだー!歌音ってば大人びちゃってっ」

ぎゅうっと姉様や妹に抱きしめられる。
わたしの大好きな自慢の姉妹・・・。

「おかえりなさい、歌音」
「留学、お疲れ様」
「父様、母様・・・」
「ところで歌音、何を持ってるの?」
「え、ああ、お土産とプレゼントです。紫音姉様がわたしに言いましたでしょう?」
「あら、覚えてたの?」
「と言ってもここまで持ってこられるものなんて、わずかですから・・・」
「本?」
「アルバムです。写真を加工して下さったんです。 人間界を少しでも知る資料になればと・・・。姉様達には別にありますから」
「まあ、嬉しい。とりあえず、戻りましょう。ここにいても仕方がないわ」
「そうね、海音が正しいわ」
「さ、行こうか。歌音はこれから忙しくなるぞ」
「はい、覚悟していますわ」

すいっとみんなで泳ぎ出す。
城へと向かって・・・。

この世界に帰ってきてやらなければならいこと。
それはレポート提出。
人間界留学は遊びじゃない。
人間界の情報を知る貴重な機会でもある。
行ってきたわたしが、人間界をこの海の世界に伝えるのは重要な役目。
そう、この写真も、きっと、話題になるわね・・・。


「そうそう、大変よー歌音」
「な、何がですか?波音姉様」
「十日後には歌会なのよ。歌音も出るでしょ?」
「練習が大変って意味よ」
「海音姉様・・・」
「姉様が帰ってきたって知ったらきっとチケットは争奪戦ね」
「プレミアチケットものよねっ」
「で、出なくちゃダメですよね・・・」
「あたりまえじゃない。 歌音の帰りを楽しみにしてたのは私たち家族だけじゃないのよー。 湊とか沙羅ちゃんとか」
「わ、懐かしい名前っ」
「ちゃんと会いに行ってあげなさいね」
「はいっ」

わたしの帰りを楽しみにしていてくれた人がいる。
それだけで嬉しくなる。
練習は大変そうだけれど、頑張れちゃう。
やっぱりこの世界が大好きだって思う。

「あ、父様」
「ん?何だ、歌音」
「あの、混血の人魚がこの世界に来る事って可能ですか?」
「・・・何故だ?」
「わたしがお世話になった人たちに、この世界を知ってもらいたいんです。 彼女たちは混血ですがちゃんと人魚の姿ですし・・・何か方法があればと・・・」
「ふむ・・・考えたことがなかったな・・・。色々と聞いてみよう」
「歌音が二年もお世話になった方達なら、私たちも会ってみたいわね」
「そうだな」

この輝かしい世界を見せてあげたい。
海の底の華やかな世界を知って欲しい。
わたしたち人魚の生活を・・・。